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本編
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ここ最近、誰かに見られている。
あぁ、なんか視線がイタイ。
大体の察しはついているものの、やはり誰かに見られているというものはいささか不快とまでは言わないが、気持ちが落ち着かないし、どこか気もそぞろであるのは間違いない。
佑はとりあえず、今目の前のことに集中するという最も簡単な方法でこの違和感を断ち切ろうと、全神経を仕事に集中させた。
「そう、ここの部分はもっと丁寧に」
「すみません」
「別に謝る必要などない。間違えてもいいから、今は積極的に色々考えることが大事だ」
今、自分の目の前には今年度入社したばかりの新入社員がいる。
直属の研修係ではないものの、新人達がこぞって佑に教えを乞うてる場面をよく見かける。それは新入社員に限らず後輩達も皆同じなのだが。
社内ではこの光景を、未神詣と言っているのを耳にする。周りからしてみたら、未神主任は大変そうだと良く言われることもあるが、当の本人は全く気になどしておらず、基本的には来るもの惜しまないスタイルだ。
「また気兼ねなく、声をかけてもらって構わないから」
新人くんも「はい。ありがとうございます」と笑顔で佑のデスクを去っていった。
気がつくと先ほどまで感じていた視線はどこかへ消えて去っていた。
おかげさまで、その視線の主との一件を佑は忘れることができなくなっていた。仕事の合間、ふとした瞬間にどうしても思い出してしまう。
元はと言えば自分の責任なのだが……。
そもそも、あの場でことに及んでしまった自分にも非がある。同じ会社の同僚だというのに完全ではないにしろ一線を超えてしまったことに、今さら後悔の念が拭えない。
「自分で蒔いた種だろ」
自分で始末しろとでも言いたげに、自分自身に言い聞かせた。
それから数日経ったある日。
エレベーターに乗っていた佑は、乗り込んできた屋島と遭遇した。幸か不幸か、この狭い密室の空間に他のやつは誰もいなかった。
「お前、俺のことを見過ぎだ」
ぶっきらぼうに佑が云う。やはり、他の社員に対しては決して取らない態度で。
「バレてましたか」
「バレてましたじゃねぇ。あんな露骨に見られたら、誰だって気付く」
「ねぇ未神先輩。今度、ご飯行きません?」
佑の目を見つめ、少し挑発的な態度で屋島は佑を誘った。
「これっきりって言ったろ。会社でも、無駄に話しかけてくんな」
俺の反応など全く気にしていないとでもいうような態度で、屋島は「ちぇっ」っと短く吐き捨てた。
そのタイミングで指定していた階に丁度たどり着き、屋島はエレベーターを出ていく。
名残惜しそうに佑の目線の先を屋島の指先が掠め、サラッと前髪に触れた。
ふわっと香ってきたのは香水ではない、衣類の擦れから香る、屋島自身の匂い……。
あの時の記憶が脳裏に浮かぶ。
ドアが閉まる直前、扉の隙間から聞こえてきた屋島の声がねっとりと佑の脳裏にこびりついて離れなかった。
ーーー「諦めませんよ」
これ以上近づいたらダメだと頭ではわかっているのに、佑の心は先ほどの屋島の態度で否応なく、ほんの少しだけだけど揺れ動いていくのだった。
それからというもの、屋島は来る日も来る日も社内で佑を見つけては飽きもせずにご飯に誘い続けている。一ヶ月もすれば感情も麻痺してくるのか、段々と行ってもいいかもなと、佑は思い始めていた。
仕事もひと段落していて、珍しく定時に会社を出ることが出来た、その日。
駅にたどり着き改札を入ろうと思ったタイミングで、外回りから帰ってきた屋島に会った。
こちらに手を振りながら近づいてくる優男。
「あっ、未神先輩。お疲れ様です。珍しく、今日は早いですね」
「今帰りか、お疲れ。ちょうど仕事が落ち着いているからな」
今は冬の商戦前、仕事もひと段落できる時期だった。
「んじゃ、週末飲みに行きませんか」
本当に懲りないやつだな。
ここまで諦めの悪いやつもみたことがない。本当に笑ってしまうくらいに、俺の顔を見るたびにその言葉を口にする、優男め。
「お前本当にすごいな。ある意味感心するよ」
その日の俺は、早く帰れたことも相まって少しだけ気分が良かったのかもしれない。だから、考えるより先に口に出していた。
「いいよ。飯、行くか」
「ですよね…………。えっ! 未神先輩! えっ、今なんて言いました」
言われた本人は何が何だかわかっていないらしい。いつものように断られると思っていたのだろう。屋島の顔は動揺と高揚が入り混じった、なんとも不思議な表情をしている。
「飯、行ってもいいぞって」
やっと理解ができたとばかりに屋島は目を輝かせて何度も頷く。その様子はまるで、大型犬が尻尾を振って主人を出迎えているようでとても愛らしかった。
この一ヶ月間で屋島のことを可愛いと思えてしまう自分が、なんとも憎らしくなる。ただでさえ、顔がいいのにそんな感情まで引き出されたら、本気で後戻りなんてできなくなるのではないか。
「嬉しいです! あぁ、やっと先輩とっ! どこ行きましょうか。先輩、何食べたいですか?」
「わかったから落ち着け。イタリアンは? 好きか?」
「いいですね。イタリアン! 僕が店選んでもいいですか?」
屋島は少し照れながら、提案をしてきた。
俺がいつも行く店でもいいかと思ったが、屋島が選びたいというのであれば特に問題ない。店選びは任せることにした。
「あぁ、いいぞ。金曜日でいいか?」
「はい! 大丈夫です」
そう言ってから屋島は、鞄を持っていなかった佑の右手を取り両手で優しく包み込んだ。
「楽しみにしています」
目を合わせてくる屋島の顔はとても嬉しそうで、なんだかこっちまで笑顔になってしまう。そして握られた手から伝わる温もりが心に沁み渡り、だから俺も言ってしまった。
「あぁ、俺も楽しみにしている」
期待せずにはいられない。でも、それと同じくらいの不安を覚える。
なぜなら、あの時となんだかとても似ていると思ってしまったから。
あぁ、なんか視線がイタイ。
大体の察しはついているものの、やはり誰かに見られているというものはいささか不快とまでは言わないが、気持ちが落ち着かないし、どこか気もそぞろであるのは間違いない。
佑はとりあえず、今目の前のことに集中するという最も簡単な方法でこの違和感を断ち切ろうと、全神経を仕事に集中させた。
「そう、ここの部分はもっと丁寧に」
「すみません」
「別に謝る必要などない。間違えてもいいから、今は積極的に色々考えることが大事だ」
今、自分の目の前には今年度入社したばかりの新入社員がいる。
直属の研修係ではないものの、新人達がこぞって佑に教えを乞うてる場面をよく見かける。それは新入社員に限らず後輩達も皆同じなのだが。
社内ではこの光景を、未神詣と言っているのを耳にする。周りからしてみたら、未神主任は大変そうだと良く言われることもあるが、当の本人は全く気になどしておらず、基本的には来るもの惜しまないスタイルだ。
「また気兼ねなく、声をかけてもらって構わないから」
新人くんも「はい。ありがとうございます」と笑顔で佑のデスクを去っていった。
気がつくと先ほどまで感じていた視線はどこかへ消えて去っていた。
おかげさまで、その視線の主との一件を佑は忘れることができなくなっていた。仕事の合間、ふとした瞬間にどうしても思い出してしまう。
元はと言えば自分の責任なのだが……。
そもそも、あの場でことに及んでしまった自分にも非がある。同じ会社の同僚だというのに完全ではないにしろ一線を超えてしまったことに、今さら後悔の念が拭えない。
「自分で蒔いた種だろ」
自分で始末しろとでも言いたげに、自分自身に言い聞かせた。
それから数日経ったある日。
エレベーターに乗っていた佑は、乗り込んできた屋島と遭遇した。幸か不幸か、この狭い密室の空間に他のやつは誰もいなかった。
「お前、俺のことを見過ぎだ」
ぶっきらぼうに佑が云う。やはり、他の社員に対しては決して取らない態度で。
「バレてましたか」
「バレてましたじゃねぇ。あんな露骨に見られたら、誰だって気付く」
「ねぇ未神先輩。今度、ご飯行きません?」
佑の目を見つめ、少し挑発的な態度で屋島は佑を誘った。
「これっきりって言ったろ。会社でも、無駄に話しかけてくんな」
俺の反応など全く気にしていないとでもいうような態度で、屋島は「ちぇっ」っと短く吐き捨てた。
そのタイミングで指定していた階に丁度たどり着き、屋島はエレベーターを出ていく。
名残惜しそうに佑の目線の先を屋島の指先が掠め、サラッと前髪に触れた。
ふわっと香ってきたのは香水ではない、衣類の擦れから香る、屋島自身の匂い……。
あの時の記憶が脳裏に浮かぶ。
ドアが閉まる直前、扉の隙間から聞こえてきた屋島の声がねっとりと佑の脳裏にこびりついて離れなかった。
ーーー「諦めませんよ」
これ以上近づいたらダメだと頭ではわかっているのに、佑の心は先ほどの屋島の態度で否応なく、ほんの少しだけだけど揺れ動いていくのだった。
それからというもの、屋島は来る日も来る日も社内で佑を見つけては飽きもせずにご飯に誘い続けている。一ヶ月もすれば感情も麻痺してくるのか、段々と行ってもいいかもなと、佑は思い始めていた。
仕事もひと段落していて、珍しく定時に会社を出ることが出来た、その日。
駅にたどり着き改札を入ろうと思ったタイミングで、外回りから帰ってきた屋島に会った。
こちらに手を振りながら近づいてくる優男。
「あっ、未神先輩。お疲れ様です。珍しく、今日は早いですね」
「今帰りか、お疲れ。ちょうど仕事が落ち着いているからな」
今は冬の商戦前、仕事もひと段落できる時期だった。
「んじゃ、週末飲みに行きませんか」
本当に懲りないやつだな。
ここまで諦めの悪いやつもみたことがない。本当に笑ってしまうくらいに、俺の顔を見るたびにその言葉を口にする、優男め。
「お前本当にすごいな。ある意味感心するよ」
その日の俺は、早く帰れたことも相まって少しだけ気分が良かったのかもしれない。だから、考えるより先に口に出していた。
「いいよ。飯、行くか」
「ですよね…………。えっ! 未神先輩! えっ、今なんて言いました」
言われた本人は何が何だかわかっていないらしい。いつものように断られると思っていたのだろう。屋島の顔は動揺と高揚が入り混じった、なんとも不思議な表情をしている。
「飯、行ってもいいぞって」
やっと理解ができたとばかりに屋島は目を輝かせて何度も頷く。その様子はまるで、大型犬が尻尾を振って主人を出迎えているようでとても愛らしかった。
この一ヶ月間で屋島のことを可愛いと思えてしまう自分が、なんとも憎らしくなる。ただでさえ、顔がいいのにそんな感情まで引き出されたら、本気で後戻りなんてできなくなるのではないか。
「嬉しいです! あぁ、やっと先輩とっ! どこ行きましょうか。先輩、何食べたいですか?」
「わかったから落ち着け。イタリアンは? 好きか?」
「いいですね。イタリアン! 僕が店選んでもいいですか?」
屋島は少し照れながら、提案をしてきた。
俺がいつも行く店でもいいかと思ったが、屋島が選びたいというのであれば特に問題ない。店選びは任せることにした。
「あぁ、いいぞ。金曜日でいいか?」
「はい! 大丈夫です」
そう言ってから屋島は、鞄を持っていなかった佑の右手を取り両手で優しく包み込んだ。
「楽しみにしています」
目を合わせてくる屋島の顔はとても嬉しそうで、なんだかこっちまで笑顔になってしまう。そして握られた手から伝わる温もりが心に沁み渡り、だから俺も言ってしまった。
「あぁ、俺も楽しみにしている」
期待せずにはいられない。でも、それと同じくらいの不安を覚える。
なぜなら、あの時となんだかとても似ていると思ってしまったから。
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