暗殺 志士たちの群像

西村重紀

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第二章 大老暗殺

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 鉄之介は行商人に変装し、四国へ渡る船に乗り込んだ。
 阿波国の港に入り、四国に上陸する。
 阿波・淡路二国を治める徳島藩蜂須賀家二十五万七千石は、太閤豊臣秀吉の天下統一に尽力したあの蜂須賀小六正勝の嫡男家政を藩祖として、その子至鎮を初代藩主として立藩した外様大名であった。だがしかし、幕末期の藩主である斉裕は、十一代将軍徳川家斉の実子であったため、その性質は親藩大名と等しいと考えてよい。
 そのため常に幕吏の目が光っている。鉄之介は、井伊直弼の懐刀である長野主膳が放った追手の目から逃れるため、四国八十八ヶ所霊場を巡礼するお遍路に姿を変え、土佐へ向かうことにした。
 白衣に遍路笠を被り、足下は脚絆、そして金剛杖を手に、
「我ながら上手く化けたものだ」
 一人感心しながら四国の山道を鉄之介は歩いた。
 その懐には国許の水戸で写した戊午の密勅の写しがある。

 土佐藩を治める山内家は、関ケ原の合戦で東軍徳川方に付き、勝利に貢献した山内一豊を藩祖として立藩した外様大名である。
 現在の藩主は豊範である。しかし、藩の実権を握っていたのは、前藩主の豊信(容堂)だった。
 容堂は、福井藩主松平慶永、宇和島藩主伊達宗城、薩摩藩主島津斉彬らとともに幕末の四賢侯と称される人物である。
 容堂ら四人は島津斉彬を中心に一橋派を作り、積極的に幕政にも関わりを持とうとした。将軍継嗣問題では、紀州徳川慶福を推す大老井伊直弼を中心とする南紀派と真っ向から対立する。結果、安政の大獄によって処罰を受ける破目となり、豊範に藩主の座を譲り隠居謹慎となった。 
 土佐藩内も水戸藩同様に二つに割れ、藩論は紛糾していた。保守的な門閥勢力と尊皇攘夷を唱える土佐勤王党が対立状態にあった。
 中でも藩主時代の容堂に認められ参政となって藩政改革を主導する立場になった吉田東洋は、私塾『小林塾』を開き、後藤象二郎や乾退助、福岡孝弟、岩崎弥太郎らを育てた。
 のちに彼らは新おこぜ組と呼ばれる一大勢力を土佐藩内に結成した。
 一方、土佐藩内の尊王攘夷派は、武市半平太(隋山)が中心となって文久元年(一八六一)に土佐勤王党を結成する。その構成員は郷士層を中心とする下士たちであるが、中には上士とされる身分の者もいた。
 先の新おこぜ組と同様この土佐勤王党もまた幕末期における土佐藩の動向に大きな影響を与えることになった。

 阿波国を抜け土佐国に入った水戸藩士関鉄之介は、祖母の病状を見舞うため一時土佐国に戻っていた武市半平太に面会を試みた。その足を高知へ向けた。
 高知城下の武市邸を、鉄之介はお遍路の格好のまま訪れた。
 土佐に戻った武市半平太の許には多くの志士たちが集った。屋敷の外からでも、彼が語る声が聞こえるほどであった。
 鉄之介は門を潜り、玄関へ向かった。
 深呼吸してから鉄之介は口を開いた。
「ご免っ」
 無反応だ。
 もう一度、
「ご免」
 と声を掛けてみる。
 やはり無反応だった。
「ご免っ。何方かおられませぬか」
 今度はよく通る声で呼び掛けた。
 すると、みすぼらしい形をした若者が現れた。
「おんしは誰や。知らん顔や」
「某、水戸藩士の関鉄之介と申す者でござる。武市殿がこちらにおられると耳にし、お伺い致した次第でござる」
「水戸のお方だと、ちっくと待っとーせ。武市先生に聞いて来るき」
「忝い」
 鉄之介はその若者に頭を下げた。
 玄関先で暫く待っていると、奥から凛とした侍が現れた。身形は先ほどの若者と比べると、よほどよい物を身に着けている。
「私が武市半平太でござる。ご貴殿は関鉄之介殿と申されるそうやな」
 と名乗った半平太の後ろで、先ほどの若者が不安気な眼差しを向けて立っていた。他にも数名の若者が鉄之介を凝視している。
「お初にお目に掛る。某、水戸藩北郡務方の関鉄之介と申しまする」
「その水戸徳川家のご家中のお方が、こがな四国の片田舎へ態々お越し下さった訳をお聞かせ頂きたい」
「武市先生。此奴、げに水戸藩士やろうか」
 先ほど応対に現れた若者が怪訝そうに眉を顰めた。その目は完全に鉄之介を疑っていた。
 すると半平太は首だけで振り返り、
「関殿に失礼やろ。控えや以蔵っ」
「済みません先生」
「無礼を許いとーせ関殿。この者は当藩の足軽で岡田以蔵と申す者でござる」
 半平太は鉄之介に詫びを入れ、再び振り向くと、
「お主らは奥で控えちょり」
 顎をしゃくりながら指示した。
 すると以蔵の他数名の若者はバツ悪そうに頭を掻き、其々鉄之介に詫びてから奥へ引っ込んだ。
 玄関先から鉄之介は半平太に案内され、奥の八畳の座敷に通された。
「邪魔者は消えた故、そろそろ本題をお伺い致したい」
 真顔で半平太が言った。
 鉄之介は一瞬躊躇するが、意を決して懐に手を入れた。
「武市殿、これを見て頂きたい」
 黄色い油紙に包んだ文を取り出した。
「こりゃ一体」
 半平太は目を凝らすと、訝しげに首を傾げる。
 鉄之介は咳払いした。
「畏れ多くも当藩に下賜された密勅でござる」
「密勅っ!?」
 半平太が上擦った声を上げた。
「ではこれが噂に聞いちょった水戸藩に下賜された密勅でござるか」
 半平太は目を白黒させながら訊ねた。
 奥に引っ込むように言われた以蔵たちも、密勅という言葉を聞き、事の重大性に騒ぎ出した。
「京におわす天子様が、水戸斉昭公に下された密勅でござるかっ!?」
「天子様は夷狄がお嫌いだと聞いちょる。その夷狄と勝手に約定を結んだ姦賊井伊掃部を討てと仰せでござるかっ!?」
「静かにせいや。皆、ほたえなさんな」
 半平太は振り向き、以蔵たち血気盛んな若者たちを制する。
 鉄之介は身震いしてから鼻で息を吸い吐いた。
「斉昭公は国許での永蟄居、一橋慶喜様は隠居謹慎。当藩執政の安島帯刀殿は、無念にもお腹を召され、京都お留守居役の鵜飼殿は斬首、そのご子息は獄門となった。我ら水戸の者は決してこの屈辱を忘れません」
「そうじゃ、姦賊井伊掃部許すまじっ!」
 以蔵は刀の柄に指を掛け、今直ぐにも抜刀するような勢いで唸った。
「滅多なことを言うてはならん。先ずは藩内を一つに纏めることが肝要じゃ」
 半平太は意外と冷静な意見を述べた。
 一瞬、鉄之介の頬が強張った。
「とは申せ、我ら土佐の者も、井伊掃部に対してはよう思うちょりません。先の殿は隠居謹慎を申し渡された。見ての通り一橋派の者は皆南紀派によって一蹴され、怨みを抱いちょりまする」
「機が熟した折は、我ら水戸の者にご助成頂くことをお約束して下さるか」
 鉄之介は半平太に熱く迫った。
「時期が来たら必ず起ちましょう」
 半平太は鉄之介の手を握り締めた。
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