暗殺 志士たちの群像

西村重紀

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第三章 龍馬暗殺

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 春嶽の紹介状を携え、二人は勝安房守の役宅へ足を運んだ。他にも龍馬と同郷の土佐藩郷士、門田為之助、近藤長次郎が同行した。
 勝は通称を麟太郎といい、官途名が安房守であり、諱が義邦である。だが、その号に海舟の方が有名で、今日(こんにち)でもその名の方が世間一般に知られている。ここでは以降、海舟で統一することにする。
 海舟は、十代の頃から島田虎之助の許で剣術と禅を学び、直心影流剣術の免許皆伝の腕を持つ人物だった。因みに海舟の血縁上の又従兄に島田虎之助の師匠に当たる男谷信友がいる。
 尊王攘夷かぶれの土佐脱藩浪士三名が、小千葉道場の主千葉重太郎を伴い自分を訪ねて来たと聞いて、海舟は聊か不安を覚えた。
 一人ならまだしも相手は四人おり、その中の一人が今を時めく北辰一刀の使い手千葉重太郎であると知って、直心影流剣術の免許皆伝の腕を持つ海舟も流石に焦った。
 いつでも逃げ出せるように、家人に命じて裏の勝手口の戸は開けたままにしておいた。
 政事総裁松平春嶽の紹介状を持参した者を無碍に扱う訳にはいかず、海舟は龍馬たちを客間に通した。
 一人は月代をきれいに剃り上げ、羽織袴の姿の男だった。この男が小千葉道場の主千葉重太郎だ。
 残りの三人は、羽織も纏わず継ぎ接ぎだらけの袴の薄汚れた格好だった。冬だというのに、汗臭い。この三人が土佐藩を脱藩した浪士に違いない。
 三人とも皆月代を剃っておらず総髪だった。特に高身長の男は癖毛が酷かった。
 その癖毛の男が海舟の双眸を見据え口を開いた。
「お初にお目に掛りますきに。某は土佐脱藩浪士の坂本龍馬と申します」
「おいらが勝麟太郎だ。海軍奉行並とか安房守とか大層なこと言っているが、おいらの曾祖父は、越後の百姓の出の検校だ。まあ、肩肘張らずに気楽にやってくれよ」
 海舟は平静を装い、江戸弁の早口で言った。
「勝先生に一つお訪ねしたいことがあるんじゃ」
 先ほど龍馬と名乗った長身の男ではなく、その右隣、重太郎の背後に立つ男が問うて来た。
「お前さんは何ていう名だ」
「近藤長次郎ゆうきに」
「で、何だい近藤さんよ」
「先生は尊王攘夷らあは馬鹿げちゅーと常々仰っちょられると聞いちょります。桜田門外で先の大老井伊様を討った水戸の賊徒は大馬鹿者だとも言うちょられたそうやけんど、憂国の志を持つ者を馬鹿者呼ばわりするがは合点がいかん」
「おっ、そのことかい近藤さんよ」
 と言い、海舟が理由を説明しようとした瞬間、突然龍馬と名乗ったあの高身長の青年が、
「勝先生。ありゃもしかして地球儀ゆう代物ではござらんかっ!?」
 海舟の背後の机の上に置いてある球体を指差して訊ねたのであった。
 すると海舟は、首だけで振り向き、自分の後ろのその球体を見た。
「ああ、あれは確かに地球儀だ」
「間近で見ても構わんか、勝先生」
「ああ、どうぞ」
 海舟は小さく頷いた。
「先生、土佐は何処やか、もしかしてここが土佐やか」
 龍馬は当時大英帝国の植民地だった南半球のオーストラリア大陸を指差し訊ねる。
 海舟は、唇の端に微笑を浮かべかぶりを振った。
「違う、それは英吉利の属国の濠太剌利という大陸だ」
「英吉利の属国……?」
 訝しがる龍馬を余所に、海舟は地球儀を回転させ、ヨーロッパ大陸の西の果てに浮かぶ島国を指差した。
「これが英吉利の本国だよ」
「こがなちっぽけな島国が英吉利本国かえ、で、日本は何処やか、土佐は何処やか」
 龍馬はやや興奮気味に海舟に問い掛けた。その目は少年のように輝き澄んでいた。
 海舟は龍馬たちが見守る前で地球儀を半回転させ、極東の島国を指差した。
「ここがおいらたちの日本だ。江戸が、大体この辺りで、天子様がおられる京の都がこの辺りかな。でもってお前さんたちの土佐がここだ」
 と言い、海舟は先ほどのオーストラリア大陸に似た小さな島を指差した。
「嘘じゃ、出鱈目なことを言うなっ!」
 長次郎が顔を紅潮させ唸った。
「嘘じゃねえよ近藤さん。日本は英吉利と同じくらいちっぽけな島国だ。その日本と変わらない島国が、今じゃこの世界を牛耳ってやがる。お隣の清国だって英吉利との戦に敗れ、国中が無茶苦茶になっちまった」
 海舟は異人がやるように大げさに両手を広げながら言った。
「勝先生、日本はどうなるのですろうか」
 龍馬が不安げな眼差しを向け問い掛けた。
「そうだな、ここままじゃ清国のように英吉利に喰われちまうかも知れねえな」
「やっぱり、夷狄は追い払うしかないやないか」
 憤慨した長次郎が興奮しながら言う。
「叩き斬るしかないっ」
 重太郎も長次郎に同調する。
「重太郎先生まで何を言うがかえ」
「うん、龍馬さん、お前さん……」
「皆、攘夷、攘夷と馬鹿の一つ覚えみたいに言うが、げにこれでよいのですろうか」
「龍馬、おんしっ!?」
 長次郎と為之助が声を揃えて龍馬を凝視する。しかし龍馬は意に介さないといった表情で、二人から視線を逸らし海舟を見やった。
「勝先生、どいたら英吉利に勝つことが出来るか、教えとーせ」
「海軍だ。海軍を作り強化するしか他に方法はねえな。そのためおいらは海軍奉行並って大層なお役を引き受けたって訳さっ」
「海軍やか、先生……」
「ああ」
 海舟は頷いた。
「先生、わしを弟子にしとーせ」
「おいっ、龍馬、おんしっ!?」
 突然のことに長次郎と為之助は驚き、唖然となった。オドオドとして、龍馬と海舟の顔を交互に見やった。
「お前さんをおいらの弟子にっ!?」
「はい、先生。わしに海軍のことや蒸気船のことやらを教えとーせ」
 龍馬は海舟に頭を下げ、弟子入りを懇願した。
「龍馬、おんし何を言うがか」
「長次郎と為之助、おまんらもわしと一緒に勝先生の弟子になったらどうじゃ」
 自分勝手な龍馬は他人を巻き込んでいく。
「おいおい、坂本君。おいらまだお前さんを弟子にするって決めていねぜ」
「わしゃ先生の弟子になると決めたぜよ」
 龍馬は押し掛け女房のように、勝海舟に弟子入りした。海舟の人となりに触れると、龍馬は目から鱗が落ちたように開国派へ転じたのである。この出会いが運命を決定付けることになった。
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