紬ぐ想いの場

翠華

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第三章(前半) 名前

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あれから、二週間が過ぎた。
 課題とバイトに追われる日々で、季節が少しだけ変わっていた。
 あの日見かけた“彼”のことも、もう頭の片隅にもなかった――はずだった。

 午後、講義が早く終わって、瑠衣とカフェ・リーフで休憩することになった。

 「混んでるね」
 瑠衣がそう言って、店内を見渡す。
 私は何気なく視線を巡らせて、カウンター奥のテーブルに目を止めた。

 ――そこに、彼がいた。

 淡いグレーのシャツ。
 カップの取っ手に添えた指先で、ゆっくりとそれを回す仕草。
 まるで考えごとをしているようで、
 けれどその指の動きには焦りも癖もなく、ただ静かに落ち着いていた。

 誰かと話しながら笑っている。
 声は、思っていたよりも穏やかで、少し低い。

 目が合ったわけじゃない。
 ただ、視線を外す理由も見つからなかった。

 「湊、それ先に出しとけって」
 向かいの席にいた友人がそう言って笑う。

 ――湊。

 それが彼の名前なんだと気づく。

 「ねぇ、あの人」
 瑠衣が私の袖を軽く引いた。
 「ほら、あのイケメンじゃない? この前言ってた大学の」

 「あ、ほんとだ……」
 口ではそう返したけど、
 自分の声が少し遅れて出たような気がした。

 瑠衣はただニヤニヤしながら私の反応を見ている。

 私はもう一度、湊の方へ目を向けた。

 ――湊。
 頭の中でその名前を繰り返してみたけれど、
 特に何かを思うわけでもなかった。

 ただ、ほんの少しだけ、
 “また会ったな”と思った。
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