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第三章 俺とおとめげーむの攻略対象達
35 リオルート ②
しおりを挟む「……え?」
予想外のフローレス嬢の言葉に、レイラ様は思わず聞き返した。
おっと、これはまさかの展開だ。
「えっと、ちょっと待って。リオじゃなくて私……レイラが毒を盛ろうとするの?」
レイラ様は少し戸惑いながらも、フローレス嬢に訊ねた。
「うん。でもその計画にリオは気が付いて阻止しようとするの。ただ、普通に止めるだけじゃ自分の気が済まないと思った彼は他人を使って、逆にレイラを毒殺しようとするの。レイラがヒロインを毒殺する計画の証拠も掴めていたから、ヒロインを毒殺しようとしたけど自分自身が誤って毒を飲んで死んでしまったと……と見せかけて、ね」
「……それで、そのままレイラ様は毒殺されて、そんな人だとヒロインは知らずに、彼と結ばれて終わりというわけですか?」
「そうですね……ヒロインはその事実を知ること無くめでたし、めでたしです」
うーん。前世での『おとめげーむ』というやつはとんでもない事をするなぁ。貴族のご令嬢に毒を盛ろうとするだなんて……そんなリスクの高い嵌め方を彼は本当にするのだろうか。
「プレイヤーからすると、ちょーっと後味悪い感じですよねぇ。まぁ、一部のメンヘラ、ヤンデレ系の女子には人気でしたよ、腹黒サイコパスなリオルート。あ、あとMな人とか?」
あ、うん。ちょっとよく分かんないですね。
俺は心の中でそう思ったが、とりあえず「なるほど」と答えておいた。
「とにかくです!レイラにとってリオ・マードゥンは危険な存在なんです!だから、おふたりともくれぐれも気を付けて下さい」
******
「ちょっと……ノア?……ノアってば!!」
フローレス嬢の話を頭の中で回想していたが、レイラ様の声で俺はハッと我に返った。
「あ……すみません。お嬢様」
「……大丈夫?馬車酔でもしたの?」
レイラ様はそう言って心配そうに俺の顔を覗き込んだ。俺は慌てて首を横に振り、口を開いた。
「いいえ!大丈夫です。昨日のフローレス嬢の話を思い出していただけですよ」
「本当?それなら、いいんだけども……」
レイラ様はそう言ったものの、まだ少し心配そうに俺の顔を伺っている。しまったな、余計な心配をさせてしまった。少し話を変えてみよう。
「あ、そういえばですが……フローレス嬢はどうやってマルセイル領に来るのですか?てっきり一緒に行くのかと思っていましたが」
俺がそう訊ねると、レイラ様は徐々に口角を上げてにんまりと笑った。
「ふふーん♪実はね、アリスはルウ様の馬車で一緒に来るわ。私が事前にルウ様にお願いしていたの。そのことを伝えたら、アリスも驚いて感激していたわ」
なるほど。確かにそれは興奮気味に感激しているフローレス嬢の顔が目に浮かぶ。
「流石、お嬢様。ナイスです、お嬢様」
「んっふっふっふっふ~、でしょでしょう?なんだか、恋のキューピットになった気分だわ」
レイラ様はそう言って、ふふっと声に出しながら満足気に笑った。そして、自分の両拳をグッと胸の前で握り締めた。
「よし。せっかくみんなで遠出するんだもんね。ちゃんと応援しなきゃね!マードゥン様に怖がってる場合じゃないわ!だいたい、私が毒を盛ろうとしなかったら大丈夫なのよね。うん、頑張るのよ!私ー!」
レイラ様は自分にそう言い聞かせながら、握り締めていた片方の拳を上へと突き出した。俺はレイラ様のそんな姿に思わず、ため息混じりの笑みを溢した。
「……まったく、貴方って人は」
「え。な、何よ」
「いえ、何でもございません」
俺はそう言ってレイラ様から視線を外すと、レイラ様は不思議そうに首を傾げた。
本当に……お人好しというか、なんというか。さっきまで半べそをかいて、あんなにも駄々をこねていたというのに。結局すぐ人の事ばかり考えたり、誰かの心配ばかりするんだから、このお方は。
俺はそんな事を思いながら、再びレイラ様の方へと視線を戻した。すると、レイラ様はまだ物言いだけな表情を浮かべながらこちらを見つめていた。
「お嬢様」
俺はそんなレイラ様に対して声を掛けた。そして、そのまま目を閉じて自分の額をレイラ様の額に、コツンッと合わせてレイラ様の右手をギュッと握った。
「っ!??ノ、ノア!?ほ、本当にどうしたの!?」
レイラ様はそう言って取り乱しながら、一気に頬を紅く染めた。レイラ様の手からじんわりと熱が伝わってくる。
「……俺が……」
「へ?」
「……俺が、貴方をお守りします。必ず」
そう言って、俺は握っていた手にほんの少しだけ力を込めた。
大丈夫。俺が必ずレイラ様をお守りする。俺の大切な人を、絶対に死なせたりはしない。
しかし、そう思う反面実は少し怖くもあった。確かにレイラ様が毒を盛ろうとしなければ防げる事かもしれない。しかし、自分よりも格上の貴族のご令嬢に毒を盛ろうだなんて考える危ない奴だ。できる事なら関わってほしくない。他の攻略対象もだ。この先もしかしたらレイラ様の命を狙うかもしれない。今、感じているこのぬくもりがこの先消えてしまうかもしれない。
本当に俺がこのお方の側で、この先もずっと守る事ができるんだろうか。そんな風に心のどこかで考えてしまう。
そう思うと、レイラ様の手を握っていた自分の手が少しだけ震えた。
「ノア……?」
そんな俺に対して、レイラ様は呟くように俺の名前を呼んだ。俺はその声を聞いてレイラ様からパッと離れた。レイラ様から離れると、俺はにっこりと笑顔を作り口を開いた。
「なので、レイラ様はフローレス嬢の恋のキューピットに専念してくださいね」
レイラ様には気付かれたくない。俺の自信がなくて情けない部分を。悟られたくない。俺の恐怖と不安を。
レイラ様はそんな俺に対して何か言い掛けたが、すぐに口をつぐみ俺と同じように、にっこりと笑って「そうね、そうさせてもらうわ」とだけ告げた。
そんな話をしている内に俺達の馬車はマードゥン子爵家の別荘地へと到着した。俺はいつも通り、先に下りて馬車の方へと振り返り、右手をレイラ様に差し出した。
「お嬢様、足元にお気をつけ下さいませ」
「ええ。ありがとう、ノア」
「……本当に仲がいいのですね」
レイラ様がゆっくり馬車から降りると、俺の背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。後ろを振り返ると、にっこりと微笑んでいるマードゥン様と数人の執事やメイド達が出迎えていた。
「マードゥン様……本日は別荘にお招きして頂いて感謝致しますわ」
「いえ、こちらこそ遥々お越し頂き感謝致します。おふたりとも、ようこそいらっしゃいました。先程ルウ君とフローレス嬢も到着しまして、先に屋敷の中で待っています。おふたりもご案内致しますね」
マードゥン様はレイラ様に微笑んだまま、そう答えた。使用人ではなく、マードゥン様直々のご案内か。俺がそんな事を考えていると、不意に彼と目が合った。目が合うとその愛くるしい見た目で、にっこりと俺に笑い掛けた。その笑顔が怖いんだが……俺はそう思いながらも、負けじと笑顔を返した。
「さぁ、こちらへどうぞ」
マードゥン様は右手を広げながらそう告げた。
「い、行くわよ。ノア」
「はい、お嬢様」
そうして、俺とレイラ様は別荘の中へと足を踏み入れた。
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