死者が蔓延る美しい世界で

えだ

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第四話 遭遇

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 私は葛藤していた。
寄岡市の中心部とはいえ、ここは寄岡駅から徒歩10分程ある場所。

 同じビル内のガラスの向こうでさえ瞬く間に感染が広がったのだから、ここから更に凄まじいスピードでゾンビは増えていくのだろう。

 ひっきりなしに聞こえるサイレンの音が街中のパニックをいやに彩っている。



 ーーーーーキキーーーッ!!ドン!!!!!!ガシャン!!!!


 ビルが面してる大通りで事故が起きたようだ。そこから、ガシャンガシャンと音が続く。玉突きだ。

 交通が麻痺したら警察だって自衛隊だってすぐには駆けつけられない。

 ーーーいま外に出たら死ぬかもしれないけど‥ビルの中で助けを待っていても、きっと事態はすぐには収まらない。

 妊娠中の日奈子をこんな環境の中でひとりにしておけないし‥‥


 心臓がドンドン、と強く胸を打つ。痛くて、苦しくて、怖い。


「ふぅ‥‥‥」


 目をつぶって数回深呼吸を繰り返したあと、エレベーター乗り場の奥にある非常口に向かった。この非常口はカードキーをかざすことでビルの裏側の路地に出ることができる。

 大通りに面した表側があの有様だ。一本裏の路地にもゾンビはいるだろう。


 一か八かの賭けだけど‥



「‥‥私も行きます」


 非常口に向かって歩いていると後ろから声がした。先程の女性だ。女性が手に持っているスマホのクリアケースには、幼い女の子の写真が入れられている。

 優しげな印象の目尻は、この女性にそっくりだ。



「‥行きましょう。どっち方向ですか?」

薬前町やくぜんちょうです!」

「私も薬前です!」


 私たちの他にも数名、非常口に行くか迷っている人たちがいる。
『家に帰りたい』『大切な人を迎えに行きたい』そんな思いと、『でも死ぬかもしれない』という葛藤で動けずにいるようだ。

 何人もの人が酷い死に方をし、体中から骨が飛び出ているような状況ですぐに蘇ったのを目の前で見たのだから足が動かないのは当然だった。


 非常口からでたら私も死んでしまうかもしれない。だから、無責任に他の人に声を掛けることは出来ない。


 ピ、ピー、という電子音が響いてロックが解除された。重い扉を数センチだけ開けて外の様子を伺う。

 視界の中に3人‥いや、3体のゾンビがいる。

 
 どのゾンビとも距離がある。駅の方からゾンビが流れてきて増えているのであれば、駅と反対方面にあるアパートの方向にはゾンビはまだ少ないはずだ。


 振り返って女性と顔を見合わせて頷く。「行くよ」の合図だ。


 サッと扉を開けて南に向かって走り出した。カジュアルなスニーカーを履いていてよかった、と思う。

 一方で、女性はオフィスカジュアルな格好で靴はヒール付きのものだった。走る度にカンカンという音が響く。


 すると、少し距離のあるところで背を向けていたはずのゾンビがくるりとこちらに振り返った。


「こ、こっち見た」


 非常口から出て北側、駅方面にいたゾンビもこちらを捉えて明らかに私たちに向かって前進をし始めている。

 カンカンカンカン、という音に釣られるかのように裏の路地にいるゾンビがまた一体、また一体、と私たちの方に体を向けるのだ。


「音だ、音です、たぶん!その靴!!」

「あっ」


 女性はすぐにヒールの靴を脱いだ。それを両手に持ち、またすぐに走り出す。


 ゾンビは走れるわけではないようだ。つまり、囲まれたり、私たちの足が止まらない限りは逃げ切れーーー


「ーーーひっ!!!」


 隣のビルを越えた時、酒屋の曲がり角から突如ゾンビが姿を表した。咄嗟に体を逸らしてゾンビから距離をとる。

 が、私のすぐ後ろを走っていた女性はそうもいかなかった。恐らく、腰が抜けたのだ。膝がカクンと曲がって、前に転がって手をついた。


「ぎゃあ!!」


 ばっと顔を上げた女性はすぐ目の前にいるゾンビを視界に入れるや否や怯えた声を出した。


 呼吸が苦しい。12月の風は肺の中をこれでもかというほどに冷やしている。


「い、いや、やめて、やめてっ!!」


 女性の悲痛な叫び声が響くのと同時、私はビール瓶を強く握り締めたのだった。




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