死者が蔓延る美しい世界で

えだ

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第三話 ガラス

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 このビルには沢山の企業が入っている。特に出退勤の時間帯はエレベーターが混雑しているけれど、今はいつもよりかは少ない。

 3階までは商業施設となっており、オフィスはそれより上階にある。オフィス用のエレベーターは3基あり、それがとにかく忙しなく稼働しているのだ。

 乗り合わせた多くの人がスマホで新たな情報を得ようとしたり、誰かとメッセージでやりとりをしているようだった。

 エレベーターの中で、定年間際くらいに見える年配の男性と20代と思しき若い男性が会話している。

「残ってる連中はまったく持って危機感がないな」

「仰る通りです!」

「どんどん拡がってるっていうじゃないか。こんな人口密度の多い場所にいてどうする」

「早く逃げるべきですよね!」


 ーーーチン。


 平常時と同じ音を立ててエレベーターの扉が開いた。だが、乗り合わせた人々はいつも通りではなく、皆どことなく焦りの色を隠しきれていない。扉の開けるボタンを押して譲り合うような和やかな雰囲気はなく、勢いよく押し出されるようにしながら降りて行った。

 エレベーターの最奥にいた私は1人、そのあとに降りる。


 そして、降りてから息を呑んだのだ。




 このビルは1階から3階までは商業施設。オフィス用のエレベーターがあるこの一角はカードキーがないと入れないので、私たちがいま降り立った場所はガラス張りで区切られている。

 そのガラスに、大量の血飛沫が飛んでいるのだ。



 「いやぁ!!!!」「ぎゃああああああ!!!!!!」「うわあ!!!!」と、状況を理解した人が順に叫び声をあげていく。

 一階にあるのはコンビニと、フレンチのレストランと、ドラッグストア、ファーストフード店。それらを利用していたであろう人たちが、ガラス張りの向こうで逃げ惑っている。

 頑丈なガラスで守られたこちら側に助けを求める人々が、必死の形相でガラス戸を叩きながら叫んでいた。

「開けて!!!開けてぇぇぇ!!!!!!!」
「開けろおおおおおお!!!!開けろよ!!!早く!!!!!!!」


 その後ろから、後頭部をがくんと後ろに垂らした血塗れの人達がゆっくりと確実に距離を詰めている。そこだけではない。右にも左にも後ろにも。誘われるようにしてどんどん集まっているように見える。


「あ、あ、開けるなよ!!開けたら終わりだっ!!!」


 先程エレベーターで乗り合わせた年配の男性が一際大きな声を出した。


「で、でも‥」


 中年の女性が扉の方に手を伸ばしながらも尻込みしている。


「そこを開けたら化け物達が流れ込んでくるだろ!!!!」


 そう言ってる間に、ガラスを叩いていた人たちの叫び声が途絶えていく。生々しく、死んでいったのだ。


 ーーゾンビだ‥‥本当に、ゾンビだ‥‥


 私はこの時頭が真っ白になっていた。たぶん、動画で見ている映像をどこか信じきれていなかったのだと思う。明らかに動けないはずの、はずの人間が、体中の骨という骨、筋肉、内臓を剥き出しにしながら歩いているのだ。


 ガラス張りの中で、何人もの人が嘔吐していた。


 助けてと連呼していた人たちの血が、内臓が、肉片が、ガラスに押し付けられていく。



 貪られているのだ。人が、生きたまま。





「はぁ、はぁ、‥‥‥ゆうな‥‥む、迎えに‥」


 すぐ隣で嘔吐していた女性が口元を拭って、震える拳を握りしめていた。


「‥‥‥お子さんですか‥?」


 私もまた、込み上げてきた胃の内容物を飲み込んで、なんとか言葉を落とす。こんなにも恐怖で歯が震えているのは初めてだ。


「そう‥娘‥‥娘です‥‥迎えに行かないと」


 女性の瞳はグラグラと揺れていた。眉も口元も硬直している。この光景を見てもなお、自身の子どもを迎えに行く決意を新たにしているようだ。


「ああ!!クソ!!クソが!!」

「も、もうだめだ、終わりだ‥‥なんだよこれ‥‥」


 年配の男性は怒りと焦りを露わにし、若い男性は腰が抜けたのかへたへたと座り込みながら絶望している。

 多くの人は恐怖に震え、叫びながらエレベーターに後戻りだ。この阿鼻叫喚の地獄から一刻も早く離れたいとエレベーターのボタンを連打していた。

 だが、この惨状を知らない人々がまたエレベーターから降りてくる。勢いよく降りる人たちを掻き分けて、今度は絶望した人々が乗り込んでいく。

 その繰り返しをしているうちに、ガラスの向こう側からは悲鳴が聞こえなくなった。反対に、ゾンビの数は桁違いに増えていたのだった。


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