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26話
しおりを挟むまだリセット回数に余裕はあるけれど、せっかく暗殺者も捕らえて演奏も成功したのに‥。
どうしたものかしら、と唸る私は突然のノック音に肩をびくっと震わせた。
ドラージュ公爵がパーティーの合間を縫ってやってきたのかもしれない。そう思ってソファから立ち上がって待ち構えていると、控室に現れたのはなんと娘のルイーズ嬢だった。
眩しさすら感じるルイーズ嬢の赤毛は数年前と変わらずに美しいまま。ふさふさの羽がついた扇子で口元を隠す彼女は、その切長の妖艶な瞳を愉快そうに細めていた。
「本日は私のバースデーパーティーを盛り上げる為にわざわざお越し頂きありがとうございます。素晴らしいピアノ演奏でしたわ!!」
「あ、いえ‥こちらこそお呼び頂きありがとうございます」
「とりあえずお掛けになって?少々込み入った話がしたいのです」
込み入った話‥?まさか暗殺者絡みの話かな。
そういう話はてっきり公爵とする物だと思っていたんだけど‥。
とりあえずソファに腰を掛けて、ルイーズ嬢の出方を伺うことにした。
ルイーズ嬢には過去に魔女が唾を吐き掛けてしまったことがある。もちろん公爵だって私を許すはずがないけど、ルイーズ嬢ご本人の前でこの仮面を剥がすことは避けたいんだけど‥
「‥‥まずはおめでとうと言うべきかしら?」
「‥‥‥‥え?」
ルイーズ嬢は突然何を言い出したのだろう。彼女の言葉の意味が何ひとつ理解できない。
「貴女、皇女様でしょう?」
「‥‥‥‥‥‥え?」
声色も、愉快そうな表情も、何ひとつ変化のないルイーズ嬢。冗談で突然こんなことを言い出すわけもない。
「‥他国のゲスト‥ということのようでしたけど、他国からわざわざ呼んでおきながら今日あの場で暗殺を狙われたなんて不可解ですわ。ドラージュ家の屋敷に辿り着くまでにいくらでも暗殺する機会なんてあるでしょうし。サプライズゲストの存在は他に漏れていなかった筈ですから、そもそもそのゲストを呼んだ王宮の誰かが貴女を消そうとしたのかと。王宮が消したいと思うピアノ上手と言えば皇女様しか思い浮かびませんわ。まぁこれは私の想像でしかありません。もし貴女が本当に他国の方で、貴女の自国の方に狙われていたという可能性もないわけではありませんが‥やはりそれならば、この屋敷に来るまでにいくらでも殺しようがあるかと。わざわざ私のバースデーパーティーを血生臭いものにするなんて、下手すれば外交問題に関わることですし」
‥‥長い!そうだったわ‥。ルイーズ嬢、時々猛烈に話が長くなることがあるのよね。
「‥‥‥‥‥あの、おめでとうとはどういう意味でしょうか」
一旦私の正体についての明言は避けておこう‥。私が皇女だと仮定して、何故“おめでとう”なのか。
「私に唾を吐き掛けたあの日のこと、覚えてらっしゃらない?」
「っ‥」
あの時は、途中から魔女の悪行を見ていられなくなった。心の中でずっと泣き叫んでた。だって、ルイーズ嬢は私の大切なお友達だったから。
魔女に向かって吠えた彼女が気に入らず、魔女はルイーズ嬢をとことん貶して唾を吐き掛けた。私は“もうやめて”と何回叫んでいたか分からない。幼いながらに頭がパニックになっていた。だから細かいことはあまり覚えていなくて‥。
‥そういえば、ルイーズ嬢はどうしてあの時魔女に噛み付く様な態度を取ったんだっけ‥。
「あの日、『皇女様を返しなさい』と言ったら私は唾を掛けられたの。貴女の中にいた誰かにね。その証拠に『死の間際にお返しするわ』と。‥覚えていないというより、操られていた間の記憶はないのかしら?」
「‥‥そ、んな‥」
言葉がうまく出てこなかった。ルイーズ嬢はずっと気付いていたの‥?
「‥‥人を操るなんて魔女の所業ですわ。お父様と共に陛下に訴えに行ったけれど、陛下はそれを認めようとしませんでした。散々魔女狩りで帝国民が殺された時代があった以上、魔女に取り憑かれていると認めれば皇女様を狩らなくてはならない。無実の母や娘を殺されてきた帝国民たちが、実際に魔女の毒牙にかかった皇女様だけを例外として生かすわけがないのです」
「‥‥‥‥魔女から解放されたのが分かったから、“おめでとう”だったのですか?」
この場には魔女に取り憑かれていたことを知るバートン卿とノエルの他に、事実を知らなかったテッドもいる。たぶんテッドは今頃、心底驚いているんじゃないかな。
「ええ。だいたい魔女があんな風にピアノを奏でられるわけがありませんし、佇まいや纏うオーラからして全然別物ですもの。やっと皇女様がご自身を取り戻せて本当によかったですわ。まぁ“死の間際”というところがネックですけども」
「‥ルイーズ嬢‥‥」
「皇女様の為に何かできないかと、世に回る魔女の噂を情報操作して減らしたり、アンチ皇女様派のデモを陰ながら鎮圧させたりと‥私にできることはそのくらいでしたわ。魔女の底知れぬ力の前に、それ以上なす術がなかったんですの。魔女退治ができないかと調べましたがそれも特に実らず‥。何よりも、近づきすぎたり派手に動きすぎると私まで魔女に操られてしまう、とお父様から行動制限も掛けられていまして‥。とても歯痒くもどかしい年月が続きましたわ」
何もできずにごめんなさいとルイーズ嬢は眉を下げたけど、私はぶんぶんと首を横に振った。
魔女の力を前に、なにもなす術がなかったのは私も同じ。人智を超えた力は、人をなんとも無力でちっぽけなものに変えてしまう。
その力によって私は全てを失ったけど、そうではなかった。
ルイーズ嬢は‥本当の私の姿を信じ続けてくれていた。それだけで私は今、どれほど救われたか分からない。
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