最も死に近い悪女になりました(完)

えだ

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31話

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 絞められていた首を解放されると、私の体は地面に崩れ落ちた。咽せながらも生きていることを確かめるように荒い呼吸を繰り返し、床に突っ伏しながらも目の前で対立する2人を視界に入れた。
 
 ‥10年前に体を乗っ取られたあの時、魔女は少女の姿をしていた。その姿はきっと魔女の本来の姿ではないと思う。

 ーーでも今私の目の前にいる魔女は、あの時と同じ。

 青白い肌、一本に編み込まれた灰色の髪、虚無感が漂う仄暗い瞳。

 少女の姿と言えど、決して見た目にふさわしい年齢には見えない。抱えている闇の深さを感じて震えてしまいそうになる。

 でも、声だけはどこか幼くあどけない。このアンバランスな存在がまた目の前に現れるなんて思ってもみなかった。

「猫。あんた、私に殺されたいのか」

 私の体を解放した時の明るい声色とは違う、怒りが滲み出た声。
 黒猫の覆面は見た目通り“猫”と呼ばれているのね‥。魔女の口ぶり的に、この“猫”は魔女の手下か何か。

 でもこれで謎がひとつ解けた‥。
きっとこの“猫”が魔女と繋がっているから、この人はリセット魔法を無視して例外とも言える行動が取れたんだ。

「‥‥っ、はっ‥、はぁ‥」

 魔女に‥助けられたの??この現状を理解することができないままだけど、固まっていた体がようやく動き出してくれた。
 呼吸を繰り返すたびに、“助かった”という安堵と“何が起きたの”という恐怖が脳内を埋め尽くしていく。

 “猫”はひと言も発しないまま床に片膝を付けた。

「‥‥」

「‥‥はぁ。次は許さないからね」

 魔女のその言葉に“猫”は小さく頷いた。
普段は従順な“猫”が、魔女の指示なく勝手に私を殺そうとした。きっと今の状況はそんなところ。

 じゃあ、何故“猫”は私を殺そうとしたの?そしてどうして魔女は私をわざわざ“助けにきた”の?

 猫は私を殺した方が都合がよくて、魔女は私に死なれると都合が悪い‥?

 そうじゃなきゃわざわざ私を助けにくる理由なんて‥

「はい、考えるのはそこまでにしなよ皇女サマ」

 語尾にハートが付いていてもおかしくないような、魔女の明るい声が響いた。

「‥っ‥‥。‥‥あ、あの‥その人はどうして私を‥殺そうと‥」

 もしも魔女と再会したらと想像したこともあった。度重なる死の危険を何度も乗り越えたら、面白がった魔女がふいに顔を出したりするかもしれないと思うこともあった。
 再会したって私が魔女に勝てるわけがないけど、それでもこの10年間の恨み辛みはぶつけてやりたいと思ってた。

 でも実際再会して口から飛び出したのはそんな台詞。

 魔女はニヤッと口角を上げた。もしも魔女を不機嫌にさせたら、また悪戯に体を乗っ取られたり、はたまた一瞬で殺されるかもしれない。

「あんたは知らなくていいんだよ。あんたが失った10年間を取り戻せるように、私がこうして助けにきてあげたの。それだけよ」

「‥っ」

 恐怖からか、もう声は出てくれなかった。
言ってやりたかった言葉は沢山あった筈だけど、魔女の気分次第で私はまた地獄を見ることになるかもしれない。そう思ったら早くこの場が終わることを願うことしかできなくなった。

「‥‥フフ。安心してね。リセットしたらまた平和な日常に戻るから。“猫”は暴れないようにちゃんと躾けておくわ」

 魔女は座り込んだままの私に近づき、私の手を取った。凍死しそうな程に冷たい魔女の指先が、懐かしむようにしながら私の指を弄っている。

 乗っ取られてからの10年間の間、魔女の姿は一度も見なかった。ーー私の体に入り込んでいたのだから当然かもしれないけど。
 魔女が魔女自身の声で私に語りかけてきたのは体を解放されたあの日のみ。

 だからこうして、互いに息が掛かるほどの近距離で見つめ合うことも、ましてや触れ合うことも初めてのこと。

 骨ばるほどに細く幼い指は、私の中指と親指をチョンチョンと突いた。

「ほら、早く鳴らしなさいよ」

 そう言って魔女は笑う。

「‥は、はい‥‥」

 何をされるかわからない恐怖。太刀打ちできない強大な敵。どれほど彼女を憎んでいても、今の私にできるのはおとなしく言うことを聞くことのみ。

 ーーーパチン。

 怯えながら指を鳴らすと、本日4度目の朝が幕を開けた。
リセット魔法を3回使い果たしたのは、今日が初めてかもしれない。

 もしもまた“猫”が突然現れたら‥。“猫”が魔女の言うことを聞くのをやめたら‥。

 リセットで逃げることができない

 ここ最近は心のどこかで「この魔法があれば何があっても大丈夫」だと思っていた。うまく使えばいくら暗殺を狙われても大丈夫な気がしてた。


 カタカタと震えだす体をなんとか抑え込む。息は荒くなり、指先は先程の魔女の冷たさを思い出して更に冷えた。

「怖い‥」

 泣きたい、逃げたい、怖い‥。

 何故突然“猫”がきたのか。何故魔女は私を助けたのか。
ーーー猫は一体何者か。

「ーーーーー皇女様?お、お顔が真っ青ですよ!!大丈夫ですか?!」

 たぶん私はいつまでも震えていたのだと思う。
サリーが部屋に入ってきたのも気付かないまま、いつまでもベッドの上から動けずにいた。

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