最も死に近い悪女になりました(完)

えだ

文字の大きさ
34 / 123

33話

しおりを挟む

 3人に魔女と猫のことを伝えるべきかどうか、すごく悩んだ。ピアノの練習ができないほど、考え込んだ。

 この不安と恐怖を共有したい。
でも、実際みんな“猫”にやられてしまった。リセット魔法が効く相手なら事前に向こうの行動を伝えて優位に動けるけど、リセット魔法が効かないなら伝えたって不安を煽るだけ。

 猫が殺しに来た理由、魔女が止めに来た理由。

 分からないけど、みんながリセット魔法の存在を知らない今、全てを伝えられるわけでもない。

 そもそもリセット魔法の存在を知ったら、バートン卿なんて特に“自分が皇女を殺しかけた”という事実を想像してしまうんじゃないかな。
 ノエルだって自分が散々暴れた後のリセットだったことを察してしまうかもしれない。

 室内には今、バートン卿がいた。静かに考え込む私を時折ちらちらと覗き込んでいた。

 

「‥‥バートン卿。魔女はどうして私の中に入ったのでしょうか」

 考えても考えても、答えはうまく導けなかった。

「‥‥‥‥皇女様という立場を踏まえて楽しみたかったのではないでしょうか」

 確かに魔女も私から出ていくときに『皇女として遊べるなんて最高の10年だった』と言っていた。

 でも、なんでだろう。何かが引っかかる。

「‥‥‥お酒や色事を楽しみたかったのなら‥私の体を10歳の頃から乗っ取る必要なんてあったのでしょうか」

 バートン卿と目が合った。彼もまた、私の言葉を聞いてまじまじと考え込んだ。

 いくら魔女とはいえ、私の体がある程度成長するまではお酒や色事に手を出してこなかった。
 その頃の魔女は皇女としての品格を著しく下げて、周囲の人々を傷付け続けていたけど‥それは何年もの間私の中に居続けたいほどにことだったのかな。

「‥‥皇女様は‥魔女の姿を見たことはありますか」

「‥あります。本当の年齢は分かりませんが、幼女のような姿をしていました」

 私がそう告げると、バートン卿は眉を顰めた。

「幼な子が魔女狩りの対象になる事例は今までありませんでした。‥ということは、魔女狩りを恐れて皇女様の体に入り込んだわけではないということですね」

「‥‥そうですね」

 本当に“皇女”という立場を楽しむ為だけだったのかな。
なんか、違和感があるというか‥釈然としない。

「体を解放された後‥‥魔女が皇女様に会いにきたことはありましたか」

 バートン卿の表情は真剣だった。

「‥‥ありました」

 本当、つい先ほどの話‥。猫に襲われ、それを止めに来た。解放したあとの私のことなんて放っておけばいいのに‥‥、あ。

 考えの末に漏れ出した今の「あ」は実際に口から出ていたらしい。バートン卿は私の様子を見て小さく頷いた。
 恐らくバートン卿と私が導き出した答えは同じ。

「‥‥魔女は、恐らくまだ皇女様を手放していません」

 背中に一筋、冷や汗がたらりと落ちていった。
私の体で遊び尽くして満足したから出ていった、というわけじゃない。
 10年間も掛けて私の品位を落とすところまで落とし、そのうえで未だに私の存在に執着してる‥?

 カタカタと震え出した体は自分でも制御できなかった。寒くて寒くて、仕方がない。

「私、なんで、そんな‥恨まれて‥」

 すぐに殺すことなく、敢えて10年間も掛けたその執念が怖くて仕方がない。

「‥‥‥魔女が皇女様を狙ったのは、貴女が皇族であるからかもしれません。‥皇女様に対する恨みではなく、皇族に対する恨みなのでは。10歳だった貴女がそれ程までの恨みを買うとは思えません」

「‥‥皇族に‥?」

「一番考え易いのは、“魔女狩り”をはじめたことに対する恨みかと‥‥。今のところそれが一番濃厚かと思います」

 バートン卿の額からもたらりと冷や汗が流れてた。
大きな置き時計がボーン、ボーン、と音を鳴らしたけど、そんな音にさえ怯えてしまう情け無い私がいた。

 怖い。遊び感覚で10年間を奪われたと思っていた方がよほど生きた心地がしていた。

 私、一体このあと魔女に何をされるんだろう。

 ‥もしまた体を乗っ取られたら、その時はバートン卿たちに私の体を斬ってもらって終わらせて欲しい。
 だけど魔女が魔法で抵抗してしまうかもしれない。それなら‥

「‥‥‥バートン卿、いますぐ私のこと‥殺してください」

「‥‥え」

「‥怖いんです。10年間、不幸な時間を過ごしていたと思ってました。‥でも、これ以上の不幸が待ち受けてるのかもしれない‥。そんなの耐えられません」

 指がカタカタと震えて、声も揺れに揺れていた。思考は途切れて「怖い」という思いだけがぐるぐると繰り返される。

 地獄だ。

 一体、私が何をしたの‥

「こ、皇女様!落ち着いてください!」

 パニック状態に陥り、無理にバートン卿の剣を取ろうとする私をバートン卿は必死に止めていた。
 息が苦しいし、涙のせいでまともに前が見えやしない。

 だって断言できるもの。絶対、死んでしまった方が楽だと。

 どれほど暴れたのかわからない。扉が開かれて焦った顔のテッドとノエルが現れたときには、私はバートン卿に強く抱きしめられて体の自由を失っていた。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

蔑ろにされましたが実は聖女でした ー できない、やめておけ、あなたには無理という言葉は全て覆させていただきます! ー

みーしゃ
ファンタジー
生まれつきMPが1しかないカテリーナは、義母や義妹たちからイジメられ、ないがしろにされた生活を送っていた。しかし、本をきっかけに女神への信仰と勉強を始め、イケメンで優秀な兄の力も借りて、宮廷大学への入学を目指す。 魔法が使えなくても、何かできる事はあるはず。 人生を変え、自分にできることを探すため、カテリーナの挑戦が始まる。 そして、カテリーナの行動により、周囲の認識は彼女を聖女へと変えていくのだった。 物語は、後期ビザンツ帝国時代に似た、魔物や魔法が存在する異世界です。だんだんと逆ハーレムな展開になっていきます。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

処理中です...