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56話
しおりを挟む人はとことん混乱して思考が爆発すると、何ひとつ問題が解決していなくても不思議と吹っ切れる時がある。
実際には、ただ考えることを放棄しただけの現実逃避。
あのあとリセットを行ってから今日まで、私はケロッと明るく過ごしてきた。それこそレオンに対しても、何事もなかったように笑顔を見せている。レオンもまた、柔らかな笑顔を見せているだけ。
ーー謎の逃避行のお誘いから数日、いま私は公爵邸にいた。一緒にいるのはいつもの護衛3人組。
公爵の趣味なのか、壁一面に様々な動物の頭部の剥製が飾られていて思わずギョッとしてしまう。頭ひとつ分ほど下に沈み込む柔らかなソファに腰を落としながら、私は辺りを見渡すのに必死だった。
鹿に‥熊、狼‥?あれは何かしら‥虎?あっちには鷲や牛まで‥‥。
「ははっ、いいでしょう?この部屋は私の好きな物を詰め込んでいるのです」
開かれた扉から公爵が現れた。相変わらず獅子のような迫力ある見た目と、地を這う唸り声のような低い声。
「ドラージュ公爵‥!お久しぶりです」
パッと立ち上がってお辞儀をして挨拶をする。
公爵はこの間の手紙を見て一体どう思ったかな。
「‥元気そうですな!皇女様」
公爵はニカッと豪快に笑ったあと、椅子に座るよう促してきた。またもや頭ひとつ分ほど沈ませながらソファに座り込む。
公爵は元々皇室の血縁者。先先代の皇弟の血筋らしくて、私とルイーズ嬢も遠い親戚ということになる。とはいえ魔女との確執もあり、世間的にはドラージュ公爵と現皇室はあまり仲の良い間柄とは言えない関係なのだけど‥。
でも公爵とルイーズ嬢は魔女について過去にお父様に訴えてくださっていたりもしていたから、世間が思うほど距離があるわけではないのだと思う。
「‥‥首謀者の件なのですが‥」
「あぁ、まぁあの女ならやりかねんとは思ってましたがね。ただここまで愚かだったとは驚きましたが‥貴族が身内を討つことは、まま有ることですからな」
振り返ってみれば、私はお義母様のことをよく知らなかったのだと思う。操られる前の幼い頃、お義母様とはあまり関わる機会もなかった。王宮には皇女宮があったから、私はそこで多くの時間を過ごしていた。
そこにはよく乳母やメイドたちと共にロジェが遊びにきてくれたり、お父様が顔を出してくれたりしていたけど、お義母様が皇女宮に来ることはなかった。
お義母様と私に血の繋がりはないし、住んでいる宮も違うから、お義母様が私を可愛がる必要なんて全くない。
だから私はたまに窓の外にお義母様を見つけては、一方的に“お義母様は今日も綺麗だわ”と思っていただけだった。
‥‥そんな関係でしかなかったのに、まさか暗殺を企てられるなんて。
ロジェが言っていたことは本当なのかしら。
「‥‥まだお義母様が犯人だという証拠は‥‥」
「それが、捕らえていた暗殺者が吐いたんですわ。皇后の名前を出して鎌をかけてみたら簡単に」
「え‥」
「‥皇后がお前を逃すために動いているぞ、と声を掛けた途端泣きながら『皇后様‥!』とまるで聖母に祈るかのように感謝しておりましたわ」
「‥‥そう、ですか‥」
皇后という名を聞いて、鎌をかけられているとも知らずに反応してしまったのね‥。
「それからはもうとんとん拍子で‥。私も皇后側の人間だからと言えばスルスルと情報が流れ出てきました。あんな口の軽い男を雇うなんて間抜けにも程がありますね。まぁ、それまでの拷問が効いたのかもしれませんが」
そう言って公爵はまたニカッと笑った。満面の笑顔を浮かべる裏で拷問をしていたのかと思うとゾッとする。
きっと飴と鞭の絶妙なバランスのようなものがあるんだと思う。脆くなった精神に、皇后というワードがよく染みたのかもしれない。
やっぱり私にはできないことだったわ‥。公爵と協力してよかった‥。
「先日皇子様にも使者を送りましたのでね、もう既に皇帝陛下のお耳にも入っているのではないかと」
「‥‥‥一体、どうなるのでしょうか‥」
また命を狙われるのは嫌だけど、お義母様は皇后という高貴な立場にいるお方。
「わかっておられるくせに」
公爵はそう言ってニヤリと笑った。
「‥‥‥っ、北の塔‥でしょうか」
ーー北の塔とは、罪を犯した皇族が幽閉される場所。高く聳えるその塔は王宮のすぐ側にある、暗い森に囲まれた仄暗い場所にある。素行の悪かった私でさえ入ることのなかった場所。
「未遂とはいえ皇女様の暗殺を企てたのです。それも、我が屋敷で。最も、場合によっては死罪も免れませんが‥プライドの高い皇后からすれば北の塔への幽閉も死罪のようなものでしょう」
「‥‥」
「何故そんなお顔をされているのですか?言っておきますが、貴女様が許されても、私を含めた他の者たちが許さないでしょう。それに皇后からすれば貴女からの情けほど虚しくなるものもありますまい。‥‥元より、犯人を見つけるということはこういうことです。覚悟を決めてください」
いつのまにか眉間に皺が寄っていたみたい。
公爵の言う通りだわ。これは子供の喧嘩じゃない。周りを巻き込んだ悪意のある行為。
「‥‥はい。分かりました」
私が頷くと、公爵はまたニカッと笑った。
帰りの馬車の中、小さく細い息を吐いた。外の景色を眺めながら、お義母様のことを思い浮かべてみた。
少なくとも私は、お義母様に対して嫌な感情を抱いていなかった。一方的に嫌われていたんだ。それも、命を奪おうと思うほど‥。
散々命の危険を感じてきたけど、どれもこれも魔女が蒔いた種が原因だった。でも今回の件に関しては、魔女に取り憑かれていた私ではなく、そもそも素の私に対する憎悪だったんだと思う。
皇族だから、いつどんな形で命を狙われてもおかしくない。正直自分の心はもっと傷付くかと思っていたけど、ちょっとやそっとのことでは動じなくなったみたい。
ゆっくり目を閉じて、数秒。
お義母様のことを考えるのはそれで終わりにした。
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