最も死に近い悪女になりました(完)

えだ

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68話

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 食事を終えたあとにお父様の元へと向かった。
お父様の部屋に訪れるなんて10年以上無かったこと。多忙な合間を縫ってのことだから時間の制約はあるけど、こうして自分の足でお父様に会いに行けるなんて、まるで子供の頃に戻ったみたい。

 お父様の部屋は入ってすぐに政務室になっていて、その奥に寝室が続いてる。王宮の中でぞろぞろと護衛達を引き連れて歩くわけにもいかないから、バートン卿にだけ付き添ってもらった。

 扉の前に控えていた近衛兵が私に気付くと、近衛兵は少し顔を引き攣らせたあとに「少々お待ちください」と言ってお父様の部屋に入っていった。

 僅かに開いた隙間から聞いたことのないようなお父様の怒鳴り声が聞こえて、一瞬で心が冷え切った。

 ーー何かあったのかしら‥?温厚なお父様が取り乱すなんて余程の事があった筈だわ‥。あとから出直すべきね‥。

 とりあえず近衛兵が戻ってくるのを待っていると、近衛兵は青ざめたまま「どうぞお入りください」と言って扉を大きく開けた。

 ーーーえ?!いいの‥?

 バートン卿も私と同じように目を丸めていた。とりあえずこの流れで断るわけにもいかないから、私は内心怯えたままお父様の部屋に入っていった。


「お父様‥失礼致します」

 そう声を上げて部屋に入ると、そこにいたのはお父様とロジェとクラウス卿だった。
 クラウス卿と言い合ってたの‥?お取り込み中だったのに本当に入ってよかったのかしら‥。

「これはこれは皇女様。ご無沙汰ぶりですね」

 王宮に来てから窓から遠目でクラウス卿を見ることはあっても、実際にこうして対面するのは子供の頃以来だった。
 王宮の中でも私とクラウス卿が顔を合わせないように配慮してくれていたんだと思う。それなのに今私をこの場で招き入れるということは、お父様が取り乱していた理由は私にある‥?

「お久しぶりです、クラウス卿」

 とりあえずクラウス卿に挨拶を済ませてからお父様に視線を送ると、お父様は口を真一文字に結んだまま俯いていた。ロジェは眉間に皺を寄せてあからさまにムッとしている。

「あの‥何があったのですか‥‥」

 恐る恐る聞いてみるものの、お父様は口を開いても声が出てこなかったようだった。ロジェが代わりにぽつりぽつりと言葉を落とした。聞いたこともないような、怒りを含んだ声だった。

「‥‥クラウス卿が、姉上の正体が魔女なのだとかしているのです。魔女に長年‥体を乗っ取られて、挙げ句の果てには姉上自身が魔女にされたのだと」

「‥‥‥‥‥‥‥え‥‥?」


 ーーー確かにお父様の雰囲気がいつもと違う時点で嫌な予感はあった。だけどそれでもどこか「そんなわけはない」と思っていた。まさかこんなところでバレるとは微塵も思っていなかったのだ。


「あまりにも馬鹿馬鹿しい話をしてくるので、父上と共に呆れ返っていたところだったんです」

「‥‥」

 どうしてクラウス卿がそんなことを知っているの?
クラウス卿と目が合うと、彼は心底楽しそうににんまりと微笑んだ。

「本当のことですよね、皇女様。この国にはつい最近まで実際に魔女が存在していたのだし、何が起こっても何らおかしなことではありませんから。そんなに否定したいのであれば今ここで魔女殺しの秘薬を飲んでください」

 ごくり、と息を呑む。
魔女殺しの秘薬‥。その薬を飲めば私は間違いなく死ぬでしょう。クラウス卿がどこでそんな情報を手に入れたかなんて分からないけど、リセットをして朝からやり直したってこの状況を回避できるとは思えない。

 お父様がちらりと私を見た。

 ーーー何故すぐに否定しない?

 哀愁さえ感じるお父様の瞳は、そう言っているような気がした。

 少なくとも今この場で認めてしまえば、クラウス卿の働きで即刻処刑されてしまう筈だわ。‥だけど魔女の母を野放しにしたまま易々と死ぬことはできない。

「‥‥私が魔女、ですか‥。愚弄するのもいい加減にしてください、クラウス卿」

「ははっ、では、今すぐに!!魔女殺しの秘薬を飲んでください!!!」

 魔女殺しの秘薬は魔女の母に使いたい。だけどクラウス卿は魔女の母の存在を知らないし、知られてしまったら“この世にまだ魔女はいるのだ”と騒ぎになってしまいそう。

「‥‥ロジェ、秘薬を持ってきなさい」

 お父様は低い声で確かにそう言った。

「ーーえ?!」

 ロジェが肩をビクッと震わせて異様に驚いた反応を見せると、お父様がまた口を開いた。

「お前が持ち出したことは分かっていた。口には出さんでいたが‥。‥‥‥秘薬はひとつだけではない。他に予備がある。だから今持ってきなさい。これでサマンサの疑いが晴れるのなら喜んで差し出してやろう」

「お気付きだったのですね‥。というか、複数個あったのですか‥。そうですか。‥‥わかりました。今お持ちします」

 ロジェはそう言って頭を下げて足早に部屋から出て行った。


 ーーーどうしよう。リセットを掛けて予めロジェに本当のことを打ち明けて協力してもらう‥?いや、でもロジェを“共犯”にしてしまうなんて嫌‥。

 喉から飛び出してしまいそうなほど、心臓が煩かった。焦っている時はとことん思考が回らなくなるもので、ロジェが帰ってくるまでの数分間、私は何も策を練ることができなかった。

 バートン卿もお父様とクラウス卿の視線がある中で下手に動くこともできず、私と同様何もできずにいた。

 ロジェが戻ってきて、紫色の小瓶を手渡された。

「クラウス卿、姉上がこれを飲み切ったら頭を床につけて詫びて下さいね」

 ロジェがキッとクラウス卿を睨みつけながらそんなことを言う。

 ーーあぁ、どうしよう‥。もうリセットするしかないのかしら‥‥。

「サマンサ‥。どうした。早く飲みなさい」

「‥‥は、はい」

「ほら、飲めないのではないですか?皇女様!」

「っ‥」

 この沈黙が答えになってしまう。小瓶を見ながら瞳を揺らしていた私は、リセットをするしかないと指と指を合わせた。

 ーーーその時、突然バタンと大きな音を立てて窓が開け放たれた。

「きゃっ」

 バサバサバサと辺りの書類が風に捲られ、厚手のカーテンが大きく波打っている。

「‥な?!」

 お父様もさすがに驚きの声を上げた。
揺れ動くカーテンからポンっと跳ねて姿を表したのは、幼女の姿をした魔女の母だった。

「‥‥‥‥‥ど、うして、貴女がここに‥‥」

 突然喉が焼けついてしまったみたいに、うまく声を出すことができない。

「また会ったわね、皇女様」

 魔女の母はそう言って、嬉しそうににんまりと笑った。

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