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67話
しおりを挟むーーお義母様を解放してもらってこの件を収めたいという趣旨を、バートン卿からお父様に伝えてもらった。
バートン卿曰くお父様の返答は、「あとで来なさい」だそうだ。お父様としてはずっと私を庇っていたのに、その私が簡単に放り投げるようなことを言っているのだから、まぁ当然の返答と言えばそうね‥。怒っているかしら?
「‥‥あとで、ですか‥。いつ行けばいいのでしょう」
「夕食後に時間ができると仰ってましたよ」
「夕食後ですか、わかりました」
私の個人部屋は大部屋の最奥にあって、その大部屋には護衛たちが控えてる。バートン卿はこの件を伝えに来てくれていたから、いまこの部屋にいるのは私とバートン卿の2人だった。
「‥‥この件が済んだら、本当にもう王宮には来ないつもりなのですか?」
バートン卿の掠れた低い声は、私の本心を探るように静かに響いていた。
「‥‥そりゃお父様とロジェとは今後も何度も顔を合わせたいですよ、もちろん。‥‥‥でもそんなこと、もう願ってはいけないじゃないですか。本当は今ここにいるのも良くないことです」
魔女になってしまったことを隠して王宮に匿って貰っているなんて、本当は許されないはず。
ーーーテッドのお母さんの話を聞いてるから、魔女=罪だとは思っていない。でも、そもそも私には魔女の母の影がある。
いつ魔女の母が再び私を使おうとするか。‥皇室への復讐が目的ならば、本来こうして王宮にいることさえ危険に決まってる。
家族とはずっと一緒にいたい。だけど、ここにはいられない。
「‥‥‥魔女の母はどこまで人々を苦しめるのでしょうね」
バートン卿は窓の外を見ていた。薄暗くなり始めていた空に、欠けた月が顔を出している。
「‥バートン卿は皇族ではないのに、魔女の母の犠牲になるなんて‥‥。早く吸血鬼の呪いが解ければ良いのですが」
「本物の愛を知らなければ呪いは解けないのですよ。‥本物の愛なんて、そうそう見つかるものでもないでしょうに」
バートン卿は自嘲気味に笑っていた。窓から入り込む生温い風が、バートン卿の美しい長い髪をサラリと揺らす。
バートン卿は長身の色男で、きっと世の女性たちの多くが彼の虜になるはず。それでも月に一度の変貌があればバートン卿は相手の女性を見つける気にもなれないでしょう。
ーーー私がもしも今後死んだら‥。
バートン卿は月に一度、あの地獄のような飢えと渇きに一生苦しみ続けるのかな。
「‥‥本物の愛を見つけることと、魔女の母を脅して呪いを解くこと、どちらが簡単なのでしょう」
そう言って首を傾げてみると、バートン卿は小さく笑った。
「‥‥脅しなんて効かないと思いますよ。でも本物の愛を見つけるよりそちらの方が簡単そうですね」
「ふふっ、そうですよね」
私は間違いなくお父様とロジェを愛している。
だけどもしも2人がいなかったら‥。私は自分が置かれているこの環境の中で、誰かを愛せるとは思えない。きっとバートン卿も同じ。こんな状況で誰かと愛を育むことは死ぬよりも難しいこと。
「‥‥‥皇女様がもしも今後抗えない死に直面したときには、私も共に逝きます」
「‥‥‥あの‥確かに私が死んだら吸血相手がいなくて辛いかもしれませんが、いつかは本物の愛が見つかる可能性があるかもしれませんし‥」
ふわ、と強めの風が吹き込んできた。バートン卿は窓を閉めながら振り返って微笑んだ。
バートン卿は今まで見てきた中で一番優しくて穏やかな表情をしていた。
「‥‥私もずっと考えていたのです。‥魔女や吸血鬼のことを差し引いて、自分の未来のことを」
「‥‥未来、ですか?」
「はい。‥‥ですが、何も思い浮かばないのです。誰かと結ばれて愛を知りたいとも、思わないのです。私はただ皇女様をお守りしたい、その気持ちだけで生きてるんです」
「バートン卿‥」
扉の奥の方で何やら物音が聞こえると、バートン卿はまた優しげに口角を上げた。
「あちらの部屋に夕食が運ばれてきたようですね」
「あ‥、はい。行きましょうか‥」
バートン卿は魔女の母に強い恨みを抱いてる。その魔女の母から同じように被害を受けた私に対して、強い同情心のようなものを持っているのかもしれない。
あまりにも淑やかに命を語っていたけれど、きっとバートン卿は本気なんでしょうね。私が死んだら本気で‥‥。
扉を開けると、ノエルが楽しげに笑っていた。
「皇女様!ご飯がきたよ!テッドったらめっちゃお腹鳴っててさ」
「言わないでいいですよそんなこと!!」
ーー正直私には明るい未来なんて無いと思ってる。魔女だとバレて処刑されたり、魔女の母にいいようにされて殺されたり、いつ死んでもおかしくないような命だと思う。
‥ノエルとテッドは、私のあとを追ったりしないよね‥?
2人に笑顔を向けながらも、内心そんなことを考えてしまって心が翳ってしまう。
周りを不幸に巻き込みたいわけじゃない。みんなには死んでほしくない。幸せになってほしいよ‥。
ふとレオンと目が合った。レオンは今日も変わらず、澄んだ瞳をしていた。
レオンは‥むしろ私が死んだ方がいいわよね。魔女の母の味方なんだし。
そう思っても、脳裏に過るのはこの間のレオンの涙と、『一緒に逃げませんか』という言葉。
私を困らせて楽しんでいたのかしら。あんな辛そうな表情をして?‥‥そもそも精神に作用するような魔法が使えるのなら、私を魅了してしまえばいい話。あんなに切に訴えかけるような行動に何の意味があるんだろう。
レオンは私が死んだら、一体どんな顔をするんだろう。
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