最も死に近い悪女になりました(完)

えだ

文字の大きさ
72 / 123

71話

しおりを挟む

 レオンは魔女の母を真っ直ぐに見つめていた。

「‥あんたのお陰で俺は大人になった。だからあんたのことも大事に思ってるよ」

 レオンが砕けた口調で話しているのを初めて見た。レオンの口ぶり的に、彼は幼い頃から魔女の母と行動を共にしているのだと分かった。

 親代わりみたいなものなのかしら‥。
先ほどまで余裕たっぷりに笑い続けていたはずの魔女の母は顔を歪めて怒りを露わにしていた。

「‥‥大事に思ってるだぁ‥?ここにきて裏切っておいてか」

「‥‥‥‥俺はこんな復讐、望んでない。‥小さい頃は憎しみを糧に生きるしかなかったけど、今はもう違う」

 魔女の母は大きく舌打ちをした後に私の目を覗き込んできた。目を合わせてから“何かをされる”と思い咄嗟に下を向いたけれど、ぎりぎり間に合ったのか体に異変はなかった。

「いま皇女様には魔女の魔法が効きません。っ、立ってください。走りますよ」

「え?!」

 どうやらぎりぎり間に合ったのではなくレオンのおかけで魔法が効かなかったようだけど、それを理解するよりも早くレオンが私の手首を引いた。

 魔女の母は直接的な攻撃をしてこないけど、その代わりにいまここに魔女の母の操り人形になる人たちは沢山いる。

「死ね!!!消えろ消えろ消えろ!!!」

 半狂乱気味に魔女の母が叫ぶと、戦いの最中だったロジェやテッドがぴたっと戦いをやめて私とレオンを視界に入れた。

 魔女の母はきっとこの場でも、私をいかに苦しめることができるのか考えていたのだと思う。
 でもあまりの怒りに私とレオンをこの場ですぐにことにしたらしい。

 走って逃げようにも、私とレオンがいるのは部屋の最奥に位置する場所。
 ロジェとテッドが標的を私たちに変えて向かってきているけど、この2人を避けなきゃこの部屋から出ることもできない。

「こらテッド!!そっち行くな!!」

 ノエルがそう叫んでテッドの腕を引こうとした際、ノエルは不意に魔女の母と目が合ってしまった。

 途端に黙り込んで動くのをやめたノエルを見て叫びそうになる。

「レオン!!どうして皆のことも守ってくれないの!!」

 魔女の母を裏切るのなら、ちゃんと協力してほしい。そうじゃないと、魔女の母になんて勝てるわけがない。

「私が魔女の魔法を無効化できるのは自分を含めて同時に2人までです。既に皇女様にその力を使っているので、もう他の誰かを守ることはできません」

「そんなっ‥!!」

 バートン卿は必死でロジェを傷付けないように配慮しながら戦っていた。ロジェが私たちを標的に変えた今、バートン卿は「お許しください」と言ってロジェの首の後ろに手刀を喰らわせた。

 ロジェがその場に静かに倒れ込むと、バートン卿が息を切らしながらも声を上げる。

「早く今のうちにお逃げください!!」

 レオンが険しい顔をしながらテッドを突き飛ばすと、テッドは椅子やテーブルにぶつかりながら倒れ込んだ。

 ーー扉までの道が開けた。大切な仲間たちがバタバタと床に倒れている姿を見て眩暈がしそうになる。意識が遠のいてしまいそうだったけど、左手首の痛みでなんとか我に返ることが出来た。

「皇女様、行きますよ」

 レオンに強く握られていることで感じる痛み。この痛みだけが私の精神を何とか保たせてくれた。

 逃げ出した私の視界の隅で、倒れ込んでいたはずのお父様やクラウス卿が立ち上がろうとする姿が見えた。

 手刀を喰らって意識を失ったはずのロジェも、大きい音を立てて椅子やテーブルにぶつかっていたはずのテッドも起き上がる。呆然と立ち尽くしていたノエルもゆらりと動き出して私たちを追おうとしているのがわかった。

 扉の手前でバートン卿の側を通り過ぎた時、レオンはバートン卿に何かを呟いたようだった。

 倒れ込む近衛兵達を避けながら必死で扉を駆け抜けると、バートン卿は剣を構えながら扉の位置に立ち塞がる。

「バートン卿、貴方も早く!!」

「ーー皇女様、どうかご無事で!」

 逃げるわよ、と声を出すもののバートン卿は私たちの後を追ってはこなかった。
 殿しんがりの如く、追っ手をそこで食い止めるつもりなのかもしれない。

「待ってレオン、このままじゃバートン卿が!!」

「戻ったって私たちにできることはありません。彼らを救う為にもまずは一刻も早く魔女から離れなくては」

 荒ぶる呼吸は走り疲れたせいなのか、それとも気を抜くと泣き叫びそうになるせいなのか。

「ーー救う手立ては、私の、魔法‥?」

「はい」

 赤と白で交互に彩られた床を走り続ける。金の手すり、壁に飾られた大きな額縁、白い花瓶に真っ赤な薔薇。

 息が絶え絶えで苦しい。溺れてしまいそうだ。もがいてももがいても沈んでいく一方で、もう抗うこともやめてしまいたくなる。

 ーーー私の魔法は朝に戻るだけ。こんなんで太刀打ちできるわけないじゃない。

 全力で走っている今、そんな言葉すら出てきてはくれない。むしろ今、この最後の希望に希望を見出せていない状況が辛い。

「しっかり息して。大丈夫ですから」

 突然体が宙に浮いて視界がぐるんと上を向いた。足の裏側や腰回りに圧を感じて、体の左半分が突然レオンの熱を感じて理解が追いつかない。

「え?は?え‥?」

「このままでは追いつかれるので」

 レオンは突然私を悠々と横抱きにすると、先程までよりも早い速度で走り始めた。

「っ、私走れるわ!」

「ーー魔女が催眠をかけた一部の近衛兵達が王宮の人々を刺してますね。王宮が凄惨な現場になってます」

 レオンは私の「走れる」を綺麗に無視して現状を説明してくれた。私も辺りを見たけれど、思わず目を逸らしてしまいたくなるような惨状が広がっていた。

 ーー王宮の階段は一段一段が低くて緩やかな作りになっていて、レオンは私を抱きかかえたままでも踏み外すことなく降りていく。

「‥朝からリセットするだけじゃ何も変わらないわ」

「分かってますよ、そんなこと」

「じゃあ一体どうするのよ」

「皇女様が使える魔法を増やさないといけません」

「‥あのねぇ、そんな簡単にできるわけないじゃない!」

 つい最近複数人でリセットができるようになったばかりなのに、これ以上どんな風にこの力を伸ばすのよ。

 それも、こんな状況で。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

蔑ろにされましたが実は聖女でした ー できない、やめておけ、あなたには無理という言葉は全て覆させていただきます! ー

みーしゃ
ファンタジー
生まれつきMPが1しかないカテリーナは、義母や義妹たちからイジメられ、ないがしろにされた生活を送っていた。しかし、本をきっかけに女神への信仰と勉強を始め、イケメンで優秀な兄の力も借りて、宮廷大学への入学を目指す。 魔法が使えなくても、何かできる事はあるはず。 人生を変え、自分にできることを探すため、カテリーナの挑戦が始まる。 そして、カテリーナの行動により、周囲の認識は彼女を聖女へと変えていくのだった。 物語は、後期ビザンツ帝国時代に似た、魔物や魔法が存在する異世界です。だんだんと逆ハーレムな展開になっていきます。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

処理中です...