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72話
しおりを挟む王宮のホールでは操られた近衛兵達が暴れ、正常な近衛兵達との争いが起きていた。
斬りつけ合う人々、あちらこちらで飛び散る鮮血。叫んで逃げる人、転んで命乞いをしてる人。
‥‥この惨状を見てダンスパーティーを思い出すなんてどうかしてる。ホールでくるくるとワルツを踊るように、大勢の人々が舞い散っていく。
「操られている近衛兵達の数が多いですね。魔女は私たちの元に来るまでに予め多くの近衛兵達を駒にしていたようです」
「‥‥すごい力を持っているのね」
魔女の母が酷いことをする度に、心に幕が掛かっていくみたい。心がボロボロにならないよう、幕を張って心を直接傷をつけられないようにしているのかもしれない。
そうでもしないと、真っ直ぐ立つことすらできない。
「魔女の母と呼ばれる人ですからね。いくら衰えていても魔力はやはり桁違いです。‥‥皇女様、王宮に裏口はありますか?あのホールを突っ切るわけにはいきません」
欄干からホールを見下ろしながらレオンは言う。
私は10年以上前の記憶を巡らせてから、東の方を指差した。
「あっちの奥に従者用の階段があって、そこを降りると厨房が‥。奥には食材庫があって、その中には通用口があったはずよ」
「分かりました」
レオンはくるっと方向転換をしてまた走り出した。靴を脱げばきっと私だってまともに走れるはず。だけどレオンがあまりにも軽々と私を持ち上げていて、その上スピードもものすごく早い。
意地を張って我を通すよりも、このまま抱えて走ってもらった方が効率がいいんだから素直に抱えられるとしましょう‥。
ただ、こんな状況でこんなことを思うなんてどうかしていると思うけど‥レオンの力強さを肌で感じているせいか胸の辺りが変にくすぐったい。
ーー今レオンが私たちの味方なのだとしても、レオンが猫であることには変わりない。私を抱えるこの手で私の首を絞めたのも事実。いまの私はレオンしか頼れる人がいないけど、彼に心を開いてはいけない。レオンの腕に抱えられながらぼんやりとそんなことを思った。
食材庫は石壁で出来ていて、木の棚には様々な食材が置かれている。
「よくこんな場所ご存知でしたね」
「‥‥小さい頃ロジェとかくれんぼをしたことがあったの」
きらきらと輝く、幼い頃の記憶。
ーーーロジェは今も操られたまま、バートン卿と対峙しているのかな。お父様も、ノエルとテッドも‥。
レオンが通用口の戸を開けた。
ヒュー、と夜風が吹いて緑の草を揺らしている。そう、お父様の元へ向かったのは夕食後だった。だから今はもう月が煌々と辺りを照らす時刻。
「ーーーーねぇ、レオン、日付が変わったらもう今日をやり直せないわ」
操られている人たちが沢山いる。ホールで斬り合い亡くなった人も沢山いる。今日を終えたらもうその事実を覆すことができなくなる。
「‥‥朝からリセットをしても、魔女も私たちと同じように記憶を持ったまま朝を迎えます。私たちを血眼になって殺そうとしている魔女に優位な状態で朝が来ることになる。次はもうこうして逃げ出すことも不可能かもしれません」
「‥‥‥ここから‥‥どこに行くの?どうやったら使える魔法が増えるの‥‥?ねぇレオン、私本当にみんなを救えるの‥‥?」
ーー夜風が頬を撫でる。ほのかに声が揺れた私の感情を、レオンは見逃さなかった。私の体を抱えるレオンの腕にギュッと力が入った気がした。
「ーーーー皇女様の体を操った時は、魔女がその体に入り込んでいましたよね。いま王宮で複数人を操っていますが、あれは体に入り込まない代わりに効果が短時間なのです。そして、多くの魔力を使った後は必ず反動がある」
「‥反動?」
「ええ。あんなに大勢の人々を一度に操ったのです。きっと魔女は暫く魔法を使えない。魔法の箒に乗って飛んでくることもできないはずです」
つまりその間に何とかするってことなんでしょうけど‥。
私が言葉を出せずにいると、レオンが再び言葉を落とした。
「‥‥朝からのリセットではなく、もっと過去に戻りましょう」
「え‥?過去‥?そんなことできるわけ‥」
「朝に戻るのだって十分“過去”ですよ。魔法はひとりひとり扱い方も出来ることも違う。いま現在の朝に戻るのとはきっと条件なんかも変わるでしょうけど、きっと不可能ではないはずです」
どくん、と心臓が大きく高鳴った。
ーーそんなことできるわけない、と心のどこかで思っていても、レオンの言う通り既に嘘みたいなことができてしまっているわけで‥。リセット魔法と同じように時間に関する魔法ならば、もしかしたら不可能ではないのかもしれない‥。
それができるなら‥‥。もしかして、今までの悲劇を‥全て巻き戻せる‥‥?
ーーレオンは私の体を下ろすと馬小屋の中の馬を一頭連れてきた。私を馬に乗せ、レオン自身も私の後ろに跨る。
「っ、こ、怖いわ」
何とか横向きに座ることが出来ているけど、馬に乗るなんて人生で初めてのこと。
「大丈夫です。俺の方に体重掛けて、しっかり俺の服を掴んでて下さい」
いつのまにか一人称が俺になってるわ‥。レオンが何やら合図をすると、馬は足を動かし始めた。
「ひっ、うご、動いてるわ」
「動かしてるんですから当然ですよ」
ゆっさゆっさと右に左に体が揺れる。恐らく体幹がしっかりしていないせいね‥。レオンの服をぎゅっと掴みながら、私はしばらく慣れるまでの間ずっと小さな悲鳴を上げ続けていた。
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