最も死に近い悪女になりました(完)

えだ

文字の大きさ
74 / 123

73話

しおりを挟む

 橋を渡ると門がある。王宮の異変が伝わっているのか門の兵士たちはかなり殺気立っているようだった。

「皇女様‥!!」

 一体王宮で何が起こったのですかと言いたげな兵士たち。伝令が何人いたってあんな状況を正しく理解するなんて不可能だから、兵士たちが右往左往しているのは当然のこと。

「‥‥貴方たちも気を付けて‥」

 今日を覆すべきではないと、頭ではもう理解していた。
本当に可能なのかは分からないけど、今日の朝より以前に戻るしかもうみんなを救う手立てはない。
 つまり、それが実現できるまで‥王宮は混沌と化してしまう。

 魔女の母の魔力が尽きてお父様とロジェの意識が戻れば立て直すことはできるでしょうけど、犠牲になった多くの近衛兵たちは元に戻らない。私たちを逃した怒りから、魔女の母がお父様とロジェを殺めている可能性だってある。

 ノエルやテッドはいつのまにか私が姿を消していることを悲しむかしら。‥バートン卿は怪我を負わずにあの場を切り抜けることができたかしら。

 ーー心配ごとは尽きない。

 まさか王宮に逃げ込んで、こんな事態に陥るとは思わなかった。‥いや、魔女の母が皇室に復讐をしたいのであれば私が王宮にいる間が狙い目。迂闊に王宮に来るべきじゃなかった。‥でも、レッドメイン家から逃れる為にはこの方法しかなかったし‥

「皇女様、あまり思い詰めないでください。貴女はいつだって悪くないでしょう」

 馬の手綱を引きながらレオンは言う。

「‥‥レオンはついさっきまで、そんな私の敵だったじゃない」

 今でも敵ならば私を操ってしまえばいい話。それをしないで共に魔女から逃げているということは、きっと今は私の味方。
 ーーでも、それでも簡単に信用できるわけがないし、するつもりもない。

「皇女様に惹かれていたのは事実ですよ」

 ぼわっと一瞬で頬に熱が籠るのを感じた。え、なにこの男‥なんでそんなことをサラッと言えちゃうの‥?

「あ、ほら、危ないですよ。しっかり掴まってて下さい」

「と、突然変なことを言うから!!」

「変なことじゃありませんよ。だって元々伝えていたじゃないですか。キスまでしてるのに、忘れちゃいました?」

 私は思わず言葉を失って黙り込んだ。
レオンが猫であるということを認めているということは、リセットをして何もなかったことにしていたことが覆されるということ。

 あれは貴方を騙す為の演技だったのよとカミングアウトしてしまえば、今ここで馬から落とされてしまうかもしれない。かといってノリノリで「忘れてないわ、好きよ」なんて言ったら何をされるか分からない。

 というかこの男、顔を赤くして照れたりしていたくせに、がんがん責めてくるじゃないの‥!!

「皇女様‥?」

「‥‥今は王宮に残してきたみんなのことや魔女の母のことを考えるので精一杯なの。貴方のことを考える余裕なんて1ミリもないわ」

 私がきっぱりとそう言い放つとレオンは小さく笑っていた。その一方で私は内心動揺していることを懸命に隠そうと、目を瞑って呼吸を整えていた。

 ーー王宮から離れるとすぐに大きな街がある。きっと飲み屋街の方はまだ人通りがあるのだろうけど、メイン通りは人の気配があまり感じられなかった。

「宿を探すの‥?もっと魔女の母から離れた方がいいんじゃ‥」

「今日は夜通し逃げる予定です。ここでは服を調達します。皇女様のドレスも、皇室マークが入った俺の団服も、少々目立ち過ぎますから」

「た、確かにそれもそうね‥」

 魔女の母が魔力を回復させて私たちを探しにきたらすぐに見つかってしまうし、目撃情報も後を絶たない筈だわ。

 レオンは灯りがついた一軒の民家の前に行くと馬から降り、私のことも降ろしてくれた。まだ数十分しか乗ってない筈だけど、お尻や腰あたりに酷く違和感がある。

「知り合いのお宅なの‥?」

「いえ、知らないお宅です」

「えっ」

 レオンが躊躇なく玄関の戸を叩くと、中から若い男性が姿を現した。

「何なんだあんたらこんな夜更けに‥って、騎士様‥?」

 長らく表舞台に立っていない私のことは誰だかわからないみたいだったけど、男性はレオンの姿を見て酷く驚いたような表情を見せた。

「夜更けにすみません。事情があって力をお借りしたい。金なら払います」

「っ‥、小さな赤ん坊がいるので、静かにお入り下さい」

「ありがとうございます」

 レオンは振り返って私と目を合わせるとニコッと微笑んだ。
よく見ればこの民家の窓辺には小さな子ども向けの人形が飾られていた。その情報だけで若夫婦が住む家だと判断したのかもしれない。

「‥で、私たちはいったい何をすれば‥」

 民家に入るなり奥の部屋から奥さんも現れた。旦那さんと奥さんは落ち着かなそうに狼狽えていて、私にまで緊張が移るほど空気はピリついている。

 レオンは胸元から小さな銀貨を3枚取り出してテーブルの上に置いた。その途端に旦那さんと奥さんが目を丸めて息を飲むのがわかった。

 恥ずかしい話だけど、私はあまり硬貨の価値が分かっていない。一般的な感覚を学ぶ前に魔女の母に体を乗っ取られていたから、こういう時に自分の知識の無さを痛感する。
 この若夫婦たちがこんな反応を見せるということは、きっとこの銀貨3枚はなかなかの金額なのだと思う。

「わ、私たちは一般市民です‥!で、出来ることは限られております‥!!」

 旦那さんが早口でそう口にすると、レオンは小さく頷いた。

「もし良ければ、私たちに服を頂けませんか?」

「「え」」

 旦那さんと奥さんは目を合わせ、間抜けな声を出した。よっぽど拍子抜けしたらしい。

「駆け落ち中の若いカップルにでも見られるような服があればそれでいいんです。穴が開いているものでも、よれたものでも構いません。服を頂けるなら銀貨2枚、このことを他言しないならプラス1枚。どうですか?」

 ーーーレオンは意外にも真っ当に交渉をしているように見えた。騎士であることを威張るわけでも、魔法で言うことを聞かすわけでもなく、むしろ若夫婦にとっては良い話を持ちかけているように見える。

「か、かしこまりました!!」

 若夫婦は目を輝かせ、奥の部屋からどっさりと服を持ち出してきてくれた。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて

ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記  大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。 それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。  生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、 まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。  しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。 無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。 これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?  依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、 いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。 誰かこの悪循環、何とかして! まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

慈愛と復讐の間

レクフル
ファンタジー
 とある国に二人の赤子が生まれた。  一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。  慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。  これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。  だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。 大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。  そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。  そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。  慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。  想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

処理中です...