最も死に近い悪女になりました(完)

えだ

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73話

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 橋を渡ると門がある。王宮の異変が伝わっているのか門の兵士たちはかなり殺気立っているようだった。

「皇女様‥!!」

 一体王宮で何が起こったのですかと言いたげな兵士たち。伝令が何人いたってあんな状況を正しく理解するなんて不可能だから、兵士たちが右往左往しているのは当然のこと。

「‥‥貴方たちも気を付けて‥」

 今日を覆すべきではないと、頭ではもう理解していた。
本当に可能なのかは分からないけど、今日の朝より以前に戻るしかもうみんなを救う手立てはない。
 つまり、それが実現できるまで‥王宮は混沌と化してしまう。

 魔女の母の魔力が尽きてお父様とロジェの意識が戻れば立て直すことはできるでしょうけど、犠牲になった多くの近衛兵たちは元に戻らない。私たちを逃した怒りから、魔女の母がお父様とロジェを殺めている可能性だってある。

 ノエルやテッドはいつのまにか私が姿を消していることを悲しむかしら。‥バートン卿は怪我を負わずにあの場を切り抜けることができたかしら。

 ーー心配ごとは尽きない。

 まさか王宮に逃げ込んで、こんな事態に陥るとは思わなかった。‥いや、魔女の母が皇室に復讐をしたいのであれば私が王宮にいる間が狙い目。迂闊に王宮に来るべきじゃなかった。‥でも、レッドメイン家から逃れる為にはこの方法しかなかったし‥

「皇女様、あまり思い詰めないでください。貴女はいつだって悪くないでしょう」

 馬の手綱を引きながらレオンは言う。

「‥‥レオンはついさっきまで、そんな私の敵だったじゃない」

 今でも敵ならば私を操ってしまえばいい話。それをしないで共に魔女から逃げているということは、きっと今は私の味方。
 ーーでも、それでも簡単に信用できるわけがないし、するつもりもない。

「皇女様に惹かれていたのは事実ですよ」

 ぼわっと一瞬で頬に熱が籠るのを感じた。え、なにこの男‥なんでそんなことをサラッと言えちゃうの‥?

「あ、ほら、危ないですよ。しっかり掴まってて下さい」

「と、突然変なことを言うから!!」

「変なことじゃありませんよ。だって元々伝えていたじゃないですか。キスまでしてるのに、忘れちゃいました?」

 私は思わず言葉を失って黙り込んだ。
レオンが猫であるということを認めているということは、リセットをして何もなかったことにしていたことが覆されるということ。

 あれは貴方を騙す為の演技だったのよとカミングアウトしてしまえば、今ここで馬から落とされてしまうかもしれない。かといってノリノリで「忘れてないわ、好きよ」なんて言ったら何をされるか分からない。

 というかこの男、顔を赤くして照れたりしていたくせに、がんがん責めてくるじゃないの‥!!

「皇女様‥?」

「‥‥今は王宮に残してきたみんなのことや魔女の母のことを考えるので精一杯なの。貴方のことを考える余裕なんて1ミリもないわ」

 私がきっぱりとそう言い放つとレオンは小さく笑っていた。その一方で私は内心動揺していることを懸命に隠そうと、目を瞑って呼吸を整えていた。

 ーー王宮から離れるとすぐに大きな街がある。きっと飲み屋街の方はまだ人通りがあるのだろうけど、メイン通りは人の気配があまり感じられなかった。

「宿を探すの‥?もっと魔女の母から離れた方がいいんじゃ‥」

「今日は夜通し逃げる予定です。ここでは服を調達します。皇女様のドレスも、皇室マークが入った俺の団服も、少々目立ち過ぎますから」

「た、確かにそれもそうね‥」

 魔女の母が魔力を回復させて私たちを探しにきたらすぐに見つかってしまうし、目撃情報も後を絶たない筈だわ。

 レオンは灯りがついた一軒の民家の前に行くと馬から降り、私のことも降ろしてくれた。まだ数十分しか乗ってない筈だけど、お尻や腰あたりに酷く違和感がある。

「知り合いのお宅なの‥?」

「いえ、知らないお宅です」

「えっ」

 レオンが躊躇なく玄関の戸を叩くと、中から若い男性が姿を現した。

「何なんだあんたらこんな夜更けに‥って、騎士様‥?」

 長らく表舞台に立っていない私のことは誰だかわからないみたいだったけど、男性はレオンの姿を見て酷く驚いたような表情を見せた。

「夜更けにすみません。事情があって力をお借りしたい。金なら払います」

「っ‥、小さな赤ん坊がいるので、静かにお入り下さい」

「ありがとうございます」

 レオンは振り返って私と目を合わせるとニコッと微笑んだ。
よく見ればこの民家の窓辺には小さな子ども向けの人形が飾られていた。その情報だけで若夫婦が住む家だと判断したのかもしれない。

「‥で、私たちはいったい何をすれば‥」

 民家に入るなり奥の部屋から奥さんも現れた。旦那さんと奥さんは落ち着かなそうに狼狽えていて、私にまで緊張が移るほど空気はピリついている。

 レオンは胸元から小さな銀貨を3枚取り出してテーブルの上に置いた。その途端に旦那さんと奥さんが目を丸めて息を飲むのがわかった。

 恥ずかしい話だけど、私はあまり硬貨の価値が分かっていない。一般的な感覚を学ぶ前に魔女の母に体を乗っ取られていたから、こういう時に自分の知識の無さを痛感する。
 この若夫婦たちがこんな反応を見せるということは、きっとこの銀貨3枚はなかなかの金額なのだと思う。

「わ、私たちは一般市民です‥!で、出来ることは限られております‥!!」

 旦那さんが早口でそう口にすると、レオンは小さく頷いた。

「もし良ければ、私たちに服を頂けませんか?」

「「え」」

 旦那さんと奥さんは目を合わせ、間抜けな声を出した。よっぽど拍子抜けしたらしい。

「駆け落ち中の若いカップルにでも見られるような服があればそれでいいんです。穴が開いているものでも、よれたものでも構いません。服を頂けるなら銀貨2枚、このことを他言しないならプラス1枚。どうですか?」

 ーーーレオンは意外にも真っ当に交渉をしているように見えた。騎士であることを威張るわけでも、魔法で言うことを聞かすわけでもなく、むしろ若夫婦にとっては良い話を持ちかけているように見える。

「か、かしこまりました!!」

 若夫婦は目を輝かせ、奥の部屋からどっさりと服を持ち出してきてくれた。

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