最も死に近い悪女になりました(完)

えだ

文字の大きさ
79 / 123

78話

しおりを挟む
 予めレオンが起こしてくれていた焚き火に当たりながら、タオルで髪を乾かしていく。この長い髪は温かな火の力を借りないといつまでも乾いてくれそうにない。多少は傷んでしまうかもしれないけど、これ以上旅の足枷になるのは御免だ。

 ーーレオンは溺れた私を助ける為に服を濡らしてしまっていた。お湯から上がって団服のズボンとシャツを身に纏ったレオンは、体を清めたせいかサッパリした表情を浮かべていた。

「‥ごめんなさい。せっかく服を調達したのに‥」

「いいんですよ。上着と違って団服のズボンは地味ですから普通に代用できますし。とりあえず皇女様のマントを羽織らせてもらえばほら、全然庶民ですよ」

 マントは女性が羽織るには大きめなものだったけど、レオンが着るとさすがに小さい。それでも遠目からではあまり違和感がないようにも思えた。

「‥濡れてしまった服が早く乾けばいいんだけど‥」

 火の近くで広げておいたレオンの服を見て、私は小さく息を吐いた。


 ーー今回の件はドレスや騎士団服をそろそろ処分しようとしていた最中の出来事だった。とりあえずドレスと騎士団服の上着だけを地面の窪みに入れて上から土を被せた。きっとこれで見つからない。

 レオンがいま身に付けているズボンとシャツは、濡れた服が乾き次第処分しよう‥

「もう少ししたら、ここを経ちましょうか」

「そうね、そうしましょう」

 魔力を増強させる果実があるのなら、魔女の母も私たちがそこに向かっているのだと察しがつくと思う。
 だからこの旅にはあまり猶予がない。魔女の母もまたその果実で魔力を回復させ、私たちを見つけ出してしまうかもしれない。

 ‥‥魔女の母自身に戦闘力があるわけじゃないから、近くに操れる人がいなければ魔女の母は恐らく私たちを殺せないけど‥それでも警戒はし続けるべきだ。

 私たちは郊外の村で食料を調達したり、小さな宿に寝泊まりをしながら着実に先に進んでいった。服を濡らしてしまった次の日にはズボンとシャツも捨て、その翌日には目的地の“最東端の谷”に辿り着いた。

 風が冷たく、空気が澄んでいた。
高い山々に囲まれたこの場所は深い緑の中にある。数日前まで離宮から滅多に出ることもなかった私にとって、ここはまさしく人生初のジャングルのような場所。
 散々山道を通ってきたけど、ここは一切舗装がされていない。つまり、人が住んでいる場所ではない。

 腕を回しても指先がくっつかない程の太さの木には、びっちりと蔦が絡み付いている。バサバサッと音を立てて黒く大きな鳥が飛び立つと、私は思わず肩を震わせた。

 馬が歩ける道で助かった、と心から思う。

「谷に着いたのはいいけど‥果実はどこら辺にあるのかしら」

「‥もっと進むと滝がある筈です。とりあえずそっちまで行ってみましょう」

 とりあえず‥ってことは、レオンも恐らくここから先の詳細を知らないのね‥?

「ねぇ、本当に果実なんてあるの‥?こんな僅かな可能性に賭けていいのかしら‥!!」

 馬に揺られながら不安になる私は、地面を歩くレオンに堪らずそう声を掛けた。
 まぁそりゃあ、谷に着けばすぐに果実が広がっているなんて、そんな甘い話はないと思うけど‥。谷の緑が深すぎて完全に心が竦んでしまっている。

「‥‥どうしてその果実が魔力を増長させるのかなんて分かりませんが、エネルギーを秘めているのだと考えれば、滝に向かうのは正解だと思います。山から染み出されたエネルギーが滝から流れ落ちているのだとすれば、その付近に果実があってもおかしくないですよね?」

 レオンはそう言ってどこか少年のように口の端を上げた。

「そ、そうかもしれないけど‥!不確かなのに‥呑気すぎるんじゃないの?レオン‥!私たちに全てが掛かってるのよ」

 少し頬が膨らんでしまったけど、かく言う私もそんなレオンに頼るしかない無力な存在だ。

「皇女様が生きてる限りきっと大丈夫です。そして、その皇女様は俺が何が何でも守るから、大丈夫です」

 曇りがない笑顔でそう言い放ったレオンは、本気でそう思っているようだった。
 心臓の辺りがサワサワと騒めき立って、頬が緩みそうになる。ーーー私はどうして喜んでいるんだろう‥。こんな時なのに。相手は、レオンなのに。

「簡単に言わないでよね」

「行動で示しますよ」

 いくら鈍感でも分かる。
たぶん、私はレオンに惹かれているんだと思う。

 この窮地に手を差し伸べてくれたのがレオンだったから‥?こうして同じ目標に向かって、2人で行動してるから‥?

 チラッとレオンを盗み見る。
レオンが歩く度に揺れる赤茶色の髪の先すら、可愛らしく思えてしまう自分が嫌になる。

 レオンは猫なんだから。いまは味方でも、もしかしたらまた裏切られるかもしれないじゃない。

 それに、こんな感情を抱いてる場合なんかじゃない。私はみんなを救わないといけないんだから。

 レオンに惹かれていることは確かだけど、王宮でレオンに色仕掛けをかました後もレオンと2人になる度に心が苦しくなることが沢山あった。

 誰かを想うことは幸せなことだと断言していた本を読んだことがあったけど、惹かれることが必ずしも幸せだとは限らないわね。

「難しい顔してどうしたんですか?」

「‥‥別に、なんでもないわ」

 レオンに対する感情は、幸せだと言い切れるものじゃない。
苦しくて、切なくて、否定したくなる。認めたくない気持ち。

 ーーーそれなのに、いまこの瞬間にもレオンに対する想いの火種が燃え広がっている気がしてならない。足元が焼け落ちて、気付いたら這い上がれないほどに落ちてしまうのではないかと、妙な不安に駆られてしまう。

 これ以上好きにならないよう、レオンに溺れてしまわないよう、気を強く持たないと。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて

ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記  大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。 それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。  生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、 まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。  しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。 無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。 これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?  依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、 いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。 誰かこの悪循環、何とかして! まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

処理中です...