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78話
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予めレオンが起こしてくれていた焚き火に当たりながら、タオルで髪を乾かしていく。この長い髪は温かな火の力を借りないといつまでも乾いてくれそうにない。多少は傷んでしまうかもしれないけど、これ以上旅の足枷になるのは御免だ。
ーーレオンは溺れた私を助ける為に服を濡らしてしまっていた。お湯から上がって団服のズボンとシャツを身に纏ったレオンは、体を清めたせいかサッパリした表情を浮かべていた。
「‥ごめんなさい。せっかく服を調達したのに‥」
「いいんですよ。上着と違って団服のズボンは地味ですから普通に代用できますし。とりあえず皇女様のマントを羽織らせてもらえばほら、全然庶民ですよ」
マントは女性が羽織るには大きめなものだったけど、レオンが着るとさすがに小さい。それでも遠目からではあまり違和感がないようにも思えた。
「‥濡れてしまった服が早く乾けばいいんだけど‥」
火の近くで広げておいたレオンの服を見て、私は小さく息を吐いた。
ーー今回の件はドレスや騎士団服をそろそろ処分しようとしていた最中の出来事だった。とりあえずドレスと騎士団服の上着だけを地面の窪みに入れて上から土を被せた。きっとこれで見つからない。
レオンがいま身に付けているズボンとシャツは、濡れた服が乾き次第処分しよう‥
「もう少ししたら、ここを経ちましょうか」
「そうね、そうしましょう」
魔力を増強させる果実があるのなら、魔女の母も私たちがそこに向かっているのだと察しがつくと思う。
だからこの旅にはあまり猶予がない。魔女の母もまたその果実で魔力を回復させ、私たちを見つけ出してしまうかもしれない。
‥‥魔女の母自身に戦闘力があるわけじゃないから、近くに操れる人がいなければ魔女の母は恐らく私たちを殺せないけど‥それでも警戒はし続けるべきだ。
私たちは郊外の村で食料を調達したり、小さな宿に寝泊まりをしながら着実に先に進んでいった。服を濡らしてしまった次の日にはズボンとシャツも捨て、その翌日には目的地の“最東端の谷”に辿り着いた。
風が冷たく、空気が澄んでいた。
高い山々に囲まれたこの場所は深い緑の中にある。数日前まで離宮から滅多に出ることもなかった私にとって、ここはまさしく人生初のジャングルのような場所。
散々山道を通ってきたけど、ここは一切舗装がされていない。つまり、人が住んでいる場所ではない。
腕を回しても指先がくっつかない程の太さの木には、びっちりと蔦が絡み付いている。バサバサッと音を立てて黒く大きな鳥が飛び立つと、私は思わず肩を震わせた。
馬が歩ける道で助かった、と心から思う。
「谷に着いたのはいいけど‥果実はどこら辺にあるのかしら」
「‥もっと進むと滝がある筈です。とりあえずそっちまで行ってみましょう」
とりあえず‥ってことは、レオンも恐らくここから先の詳細を知らないのね‥?
「ねぇ、本当に果実なんてあるの‥?こんな僅かな可能性に賭けていいのかしら‥!!」
馬に揺られながら不安になる私は、地面を歩くレオンに堪らずそう声を掛けた。
まぁそりゃあ、谷に着けばすぐに果実が広がっているなんて、そんな甘い話はないと思うけど‥。谷の緑が深すぎて完全に心が竦んでしまっている。
「‥‥どうしてその果実が魔力を増長させるのかなんて分かりませんが、エネルギーを秘めているのだと考えれば、滝に向かうのは正解だと思います。山から染み出されたエネルギーが滝から流れ落ちているのだとすれば、その付近に果実があってもおかしくないですよね?」
レオンはそう言ってどこか少年のように口の端を上げた。
「そ、そうかもしれないけど‥!不確かなのに‥呑気すぎるんじゃないの?レオン‥!私たちに全てが掛かってるのよ」
少し頬が膨らんでしまったけど、かく言う私もそんなレオンに頼るしかない無力な存在だ。
「皇女様が生きてる限りきっと大丈夫です。そして、その皇女様は俺が何が何でも守るから、大丈夫です」
曇りがない笑顔でそう言い放ったレオンは、本気でそう思っているようだった。
心臓の辺りがサワサワと騒めき立って、頬が緩みそうになる。ーーー私はどうして喜んでいるんだろう‥。こんな時なのに。相手は、レオンなのに。
「簡単に言わないでよね」
「行動で示しますよ」
いくら鈍感でも分かる。
たぶん、私はレオンに惹かれているんだと思う。
この窮地に手を差し伸べてくれたのがレオンだったから‥?こうして同じ目標に向かって、2人で行動してるから‥?
チラッとレオンを盗み見る。
レオンが歩く度に揺れる赤茶色の髪の先すら、可愛らしく思えてしまう自分が嫌になる。
レオンは猫なんだから。いまは味方でも、もしかしたらまた裏切られるかもしれないじゃない。
それに、こんな感情を抱いてる場合なんかじゃない。私はみんなを救わないといけないんだから。
レオンに惹かれていることは確かだけど、王宮でレオンに色仕掛けをかました後もレオンと2人になる度に心が苦しくなることが沢山あった。
誰かを想うことは幸せなことだと断言していた本を読んだことがあったけど、惹かれることが必ずしも幸せだとは限らないわね。
「難しい顔してどうしたんですか?」
「‥‥別に、なんでもないわ」
レオンに対する感情は、幸せだと言い切れるものじゃない。
苦しくて、切なくて、否定したくなる。認めたくない気持ち。
ーーーそれなのに、いまこの瞬間にもレオンに対する想いの火種が燃え広がっている気がしてならない。足元が焼け落ちて、気付いたら這い上がれないほどに落ちてしまうのではないかと、妙な不安に駆られてしまう。
これ以上好きにならないよう、レオンに溺れてしまわないよう、気を強く持たないと。
ーーレオンは溺れた私を助ける為に服を濡らしてしまっていた。お湯から上がって団服のズボンとシャツを身に纏ったレオンは、体を清めたせいかサッパリした表情を浮かべていた。
「‥ごめんなさい。せっかく服を調達したのに‥」
「いいんですよ。上着と違って団服のズボンは地味ですから普通に代用できますし。とりあえず皇女様のマントを羽織らせてもらえばほら、全然庶民ですよ」
マントは女性が羽織るには大きめなものだったけど、レオンが着るとさすがに小さい。それでも遠目からではあまり違和感がないようにも思えた。
「‥濡れてしまった服が早く乾けばいいんだけど‥」
火の近くで広げておいたレオンの服を見て、私は小さく息を吐いた。
ーー今回の件はドレスや騎士団服をそろそろ処分しようとしていた最中の出来事だった。とりあえずドレスと騎士団服の上着だけを地面の窪みに入れて上から土を被せた。きっとこれで見つからない。
レオンがいま身に付けているズボンとシャツは、濡れた服が乾き次第処分しよう‥
「もう少ししたら、ここを経ちましょうか」
「そうね、そうしましょう」
魔力を増強させる果実があるのなら、魔女の母も私たちがそこに向かっているのだと察しがつくと思う。
だからこの旅にはあまり猶予がない。魔女の母もまたその果実で魔力を回復させ、私たちを見つけ出してしまうかもしれない。
‥‥魔女の母自身に戦闘力があるわけじゃないから、近くに操れる人がいなければ魔女の母は恐らく私たちを殺せないけど‥それでも警戒はし続けるべきだ。
私たちは郊外の村で食料を調達したり、小さな宿に寝泊まりをしながら着実に先に進んでいった。服を濡らしてしまった次の日にはズボンとシャツも捨て、その翌日には目的地の“最東端の谷”に辿り着いた。
風が冷たく、空気が澄んでいた。
高い山々に囲まれたこの場所は深い緑の中にある。数日前まで離宮から滅多に出ることもなかった私にとって、ここはまさしく人生初のジャングルのような場所。
散々山道を通ってきたけど、ここは一切舗装がされていない。つまり、人が住んでいる場所ではない。
腕を回しても指先がくっつかない程の太さの木には、びっちりと蔦が絡み付いている。バサバサッと音を立てて黒く大きな鳥が飛び立つと、私は思わず肩を震わせた。
馬が歩ける道で助かった、と心から思う。
「谷に着いたのはいいけど‥果実はどこら辺にあるのかしら」
「‥もっと進むと滝がある筈です。とりあえずそっちまで行ってみましょう」
とりあえず‥ってことは、レオンも恐らくここから先の詳細を知らないのね‥?
「ねぇ、本当に果実なんてあるの‥?こんな僅かな可能性に賭けていいのかしら‥!!」
馬に揺られながら不安になる私は、地面を歩くレオンに堪らずそう声を掛けた。
まぁそりゃあ、谷に着けばすぐに果実が広がっているなんて、そんな甘い話はないと思うけど‥。谷の緑が深すぎて完全に心が竦んでしまっている。
「‥‥どうしてその果実が魔力を増長させるのかなんて分かりませんが、エネルギーを秘めているのだと考えれば、滝に向かうのは正解だと思います。山から染み出されたエネルギーが滝から流れ落ちているのだとすれば、その付近に果実があってもおかしくないですよね?」
レオンはそう言ってどこか少年のように口の端を上げた。
「そ、そうかもしれないけど‥!不確かなのに‥呑気すぎるんじゃないの?レオン‥!私たちに全てが掛かってるのよ」
少し頬が膨らんでしまったけど、かく言う私もそんなレオンに頼るしかない無力な存在だ。
「皇女様が生きてる限りきっと大丈夫です。そして、その皇女様は俺が何が何でも守るから、大丈夫です」
曇りがない笑顔でそう言い放ったレオンは、本気でそう思っているようだった。
心臓の辺りがサワサワと騒めき立って、頬が緩みそうになる。ーーー私はどうして喜んでいるんだろう‥。こんな時なのに。相手は、レオンなのに。
「簡単に言わないでよね」
「行動で示しますよ」
いくら鈍感でも分かる。
たぶん、私はレオンに惹かれているんだと思う。
この窮地に手を差し伸べてくれたのがレオンだったから‥?こうして同じ目標に向かって、2人で行動してるから‥?
チラッとレオンを盗み見る。
レオンが歩く度に揺れる赤茶色の髪の先すら、可愛らしく思えてしまう自分が嫌になる。
レオンは猫なんだから。いまは味方でも、もしかしたらまた裏切られるかもしれないじゃない。
それに、こんな感情を抱いてる場合なんかじゃない。私はみんなを救わないといけないんだから。
レオンに惹かれていることは確かだけど、王宮でレオンに色仕掛けをかました後もレオンと2人になる度に心が苦しくなることが沢山あった。
誰かを想うことは幸せなことだと断言していた本を読んだことがあったけど、惹かれることが必ずしも幸せだとは限らないわね。
「難しい顔してどうしたんですか?」
「‥‥別に、なんでもないわ」
レオンに対する感情は、幸せだと言い切れるものじゃない。
苦しくて、切なくて、否定したくなる。認めたくない気持ち。
ーーーそれなのに、いまこの瞬間にもレオンに対する想いの火種が燃え広がっている気がしてならない。足元が焼け落ちて、気付いたら這い上がれないほどに落ちてしまうのではないかと、妙な不安に駆られてしまう。
これ以上好きにならないよう、レオンに溺れてしまわないよう、気を強く持たないと。
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