93 / 123
92話
しおりを挟むーーその日の夜のこと。
この森の中にはフェリシテを慕う魔女が小さな集落を作っており、いつか魔女狩りが行われた際にも多くの魔女たちが避難生活を送れるよう、予め小屋が何棟か用意してあった。
勿論設計図などは必要だが、他人を魔力で怪力にできる魔女が居る為、彼女たちだけでも簡単な建物を創ることは可能だったのだ。
サマンサたちは過去に飛んできて初めて夜を迎えることになった。小屋が立ち並ぶ中、魔法で作られた大きな炎が辺りを照らしている。
フェリシテとサマンサが木の椅子に腰を掛け、その炎を囲むようにして語り合う中、レオンとバートン卿は2人で夜道を歩いていた。
フェリシテが魔光虫という魔力を含んだ虫を捕まえてこいと指示した為である。
レオンとバートン卿はあまり言葉を発さないまま、黙々と水辺を探した。なんでも魔光虫は体全体が青白く光るらしく、割とすぐに捕れるらしい。
フェリシテから渡された網を握り直したレオンは、チラッとバートン卿に視線をやった。
月明かりと松明が頼りの暗い森の中。バートン卿の黒い髪はそのまま夜の闇に溶け込んでしまいそうだ。
「‥‥よく平然としていられますね」
沈黙を破ったのはレオンだった。
レオンは月を見上げて目を細めた。今宵は、月が丸い。
過去に戻ってからはコロコロと場面が変わるうえ、夜を迎えたのは今回が初めてのこと。またすぐに次の場面に移ってしまえば、いつ満月を迎えるのか正確には分からなくなってしまう。
レオンが言いたいのは「満月かもしれないのに平気なんですか」という意味も勿論あるが、別な意味も含んでいた。
バートン卿もその意図を察し、振り返ってレオンを見つめた。
「‥‥‥平然、というより、望んでいることだ」
「妬いたりしないんですか」
「妬いてどうする。せっかく皇女様に好きなお相手ができたのに」
「‥‥」
レオンはバートン卿が胸の内に隠していた感情を見破っていた。
離宮にいる時から、レオンはよくサマンサを盗み見ていた。そうすると、当然彼女の周りにも目がいく。
ノエルはあからさまにサマンサを好いていたが、その一方でバートン卿が彼女を見つめる視線の優しさに、レオンはピンときていたのだ。
もちろんサマンサはバートン卿の気持ちになど気付いていないが。
「‥‥その相手が俺で、不服じゃないんですか」
自分は元々猫だったんだぞ、という意を込めてレオンは言う。
「それを含めてお前を好いているんだろ、皇女様は。それなら私が口を出すことじゃない」
「‥‥‥未来が変わったら、皇女様は相応しい相手と一緒になるって、こんな俺でもわかってます」
サマンサが当たり前に幸せな皇女として日々を過ごしていたら。高貴な立場の男性の嫁として自分の元を離れていく。
その時にサマンサとレオン自身が今の記憶を持っているかどうかすら分からない。
想い合っていたことすら分からないまま、皇女の婚約を一般市民として祝っている可能性すらあるのだ。
仮に記憶を持っていたとしても、サマンサがどこかの王子と結婚すると言われても、それを拒否する力なんて持っていない。
むしろこんなにも頑張ってやっと手に入れた当たり前の幸せな日々を、「駆け落ちしてでも俺と幸せになろう」とぶち壊す図太い神経も持ち合わせていない。
そもそも。
レオンは未来で存在しているかどうかすら分からないのだ。
レオンは網で青白い光を追いながら、やるせない気持ちを抱えていた。
「だったらなんだ。期間限定だから遊び感覚で側にいるのだとでも言いたいのか」
「‥はい?そんなわけないじゃないですか」
「‥‥あの魔女ですら、誰がどうなるのかさっぱり予測できないんだぞ。だったらせめて間違いなく一緒にいられる間だけでも皇女様を精一杯幸せにしろ」
バートン卿はそう言って2匹同時に魔光虫を捕らえ、「捕れたぞ!!」と一瞬嬉しそうに表情を明るくした。
「‥ありがとうございます」
確かに誰にも分からない未来のことを考えて落ち込むくらいなら、いまこの瞬間を大切にしよう、とレオンは心の中で小さく誓った。
拠点に戻るとサマンサが青い顔をして2人の元へ走ってきた。どうやらフェリシテから、今日が満月であることを聞いたらしい。
長いまつ毛を何度も瞬かせて焦るサマンサを、2人は愛おしく感じていた。もちろんバートン卿は一切顔には出さないのだが。
「だ、大丈夫なんですか?!ぜんぜん吸血鬼になってませんね?!?!」
「ーーえぇ。何故でしょうね。過去だからかもしれません」
「そ、そうなんですか‥?とりあえず、よかったですね」
バートン卿はいつのまにかサマンサを、心から愛していた。同情心や、過去に対する罪悪感で埋め尽くされていたはずだった彼の心は、いつしか純粋に彼女に惹かれていた。
汚れたり折れたり腐ったりしてもおかしくなかった彼女は、いつもひた向きに運命と向き合おうと懸命だった。
涙を流しても、周りを大切に思う気持ちを忘れなかった。
バートン卿は彼女の幸せを強く願うようになり、気が付いたら気持ちは大きく膨れていたのだ。
だがバートン卿は彼女を奪う気なんてさらさらない。
静かに、大樹のように、サマンサを見守っていたいのだ。
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~
杵築しゅん
ファンタジー
戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。
3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。
家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。
そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。
こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。
身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる