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98話
しおりを挟むその日の夜、フェリシテは突然背後から襲われた。
目元を布で覆われた彼女はもはや一般人と同じ。目が魔法の媒体である為、それを奪われてしまえば戦う術がない。
ーーこの拠点にはフェリシテを慕う者たちが集まっている。そのうえ夜は動物たちが拠点を守ってくれており、ここで誰かに襲われるという危機感など抱いていなかった。
ただこうなってしまった以上誰かを疑うとすれば、日中にこの拠点に入り込んだ誰かか、野心を秘めてここに滞在し続けていたカマルやその従者たち。
目元を隠された以上外部の人間ではないだろう、とフェリシテは予想した。
「ジャンヌか」
目元を隠され、体を縄で縛られている最中に触れた肌が、氷のように冷たかったのだ。
フェリシテの脳には青白い肌をしたジャンヌが思い浮かんだ。カマルの為ならば何でもするような女だ。
「‥‥左様でございます。手荒なことをしてしまい申し訳ありません」
ジャンヌはワープ魔法が使える魔女。彼女は助けが入って来ないよう、フェリシテと共に森を抜けた先の空き家に移動した。
肌に触れる空気感が変わったことでフェリシテもそれを察した。それと同時に、彼女がいかに本気なのかが伝わり小さく息を呑む。
「‥‥カマルに更に魔法を与えるつもりはない」
ジャンヌの目的を察したフェリシテがそう言うと、ジャンヌは薄暗い部屋の中で小さく笑い声を上げた。
「ーーーサマンサ様が未来から過去に来ている理由は何なのでしょう。10年以上前に突如消え、そして今また姿を表した。それには何か“理由”がある筈です。単にフェリシテ様に会いにきたのであれば、10年という時を越える必要などないでしょう?」
「‥‥知らないね。そういう性質の魔法なんじゃないのかい?ランダムに飛ばされてるだけかもしれないじゃないか」
「彼女たちはそんな気楽そうな表情をしておりません。何かを抱えている真剣さを感じてしまうのです。‥フェリシテ様、わたくしは昔から勘が鋭いのです。彼女はカートライトの皇女様でございましょう?」
フェリシテは元々ジャンヌに言い知れぬ薄気味悪さを感じていた。何百年という時間の中で様々な人間を見てきたが、ジャンヌは明らかに特殊な人物だった。
カマルは野心が強いが、どこか真っ直ぐな部分がある。だがジャンヌは掴みきれない黒いものを強く感じるのだ。
「‥私は知らないよ」
「動物的な直感をお持ちのカマル様が初対面で彼女に惚れたのは“グレース皇后”の血が流れているから。彼女が自身をカートライトの者ではないと言い切ったのは、先にある未来を伝えたくなかったからでは?」
「‥‥」
「‥カマル殿下に未来を伝えないのは、その未来に光がないからなのでしょう。とはいえ、サマンサ様は積極的にカマル殿下と関わろうとはしておりません。つまり彼女たちの目的はカマル殿下ではない。このまま死を迎える存在として扱われている気がしてなりません。‥‥彼はこのまま王座を目指す過程で死んでしまうのでしょう」
「‥‥妄想が過ぎるぞ、ジャンヌ。そういえば帝都で劇が流行ってるそうだな。お前も劇作家として活躍できるんじゃないのかい?」
ジャンヌはフェリシテの正面に腰を下ろした。視界を塞がれているフェリシテも気配と物音でそれを察する。
フェリシテ自身に何か危害を加えるわけではないのだと示す為の行動だった。
「わたくしはカマル殿下をみすみす死なせるわけにはいかないのです」
「‥‥」
「‥フェリシテ様。‥寝ている者の“生命力を奪う”のはとても容易いらしいですよ。恐らくみんな今頃寝床でシワシワになっておりますね」
ジャンヌのこの一言で、フェリシテの胸の奥は一気に焦燥感で埋まった。
こんな時こそ取り乱してはいけない、と頭では理解していてもそれを実践できる人は限られている。
フェリシテに関してもそれは同じだ。
いくら人よりも長く生きてきたとはいえ、彼女が心から安らげる環境を手に入れてからはまだ日が浅い。
辛い思いをすることには慣れているが、大切なものを奪われるという苦しみには慣れていないのだ。
「‥‥‥すぐに魔女たちを元に戻してやってくれ、頼む」
「それはわたくしたちの希望を飲んでくださるということで宜しいですか?」
「ああ‥」
ジャンヌはにっこりと微笑んだ。全てジャンヌの計算通りだ。
フェリシテは年の功からか人よりも余裕があり、懐が広い。しかし一方で彼女の心は非常に脆いのだ。
ーーーその脆さ故にフェリシテは改変前、簡単に転がり落ちていった。改変前もカマルの裏には常にジャンヌがおり、ジャンヌこそがあの悲劇の火種を作り上げたのだ。
今ここで魔女たちを失うくらいなら、魔女狩りに備えて残していた魔力も、貯蔵庫に隠していた果実も、全てを費やして要望に応えてやる。
フェリシテは浅く短い呼吸を繰り返していた。指先が痛い程冷たかったが、そのくせ心臓だけはやたらと動きが早い。
ジャンヌはフェリシテの目隠しを外さぬまま拠点へと戻った。にやにやと緩む頬が夜風にあたる。ひんやりと冷たい空気を堪能しながら歩みを進めると、突然乾いた音が辺りに響いた。
(何の音でしょう‥)
不思議に思うジャンヌは、視界の隅で捉えた光景に言葉を失った。
ーーーーそこで彼女が見たのは、サマンサから激しいビンタを喰らって膝をつくカマルの姿だった。
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