最も死に近い悪女になりました(完)

えだ

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107話

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  皇后陛下の命を救うという行為は改変前には無かった大きな出来事。

  ーー魔女狩りはすぐに終わり、人間と魔女たちの間に溝ができることもなかった。
そう、改変前とは明らかに全てが変わっていた。


  だけどいつまで経っても私たちは次の場面に飛ばされない。きっと私たちにはまだ何かやるべきことが残っているということなんだろうけど‥一体何をすればいいのかしら。

  皇后陛下を救う為に実際に私ができたことなんて何もなかった。
だけど、皇后陛下を救った英雄の仲間として王宮に少しの間滞在することになった。

  王宮の人々が幸せそうに笑っているのを眺めていると、改変前のどこか陰鬱で混沌としていた帝国には繋がらないのだとホッとする。
  でもそれ以上に体の底から湧き上がってくるような焦燥感が常に押し寄せてきて、心が渇いて仕方がなかった。

  どうしたら次の場面に飛ぶのだろうかと思う反面、いっそのこと一生ここに留まれないかと思ってしまう。瞳にレオンを映すたびに、心が震えて仕方がなかった。



  不意に涙が溢れそうになるのを堪える日々の中、レオンとバートン卿は明るく振る舞い続けてくれていた。私も出来る限り笑顔を絶やさないように心掛けていた。私たちは3人とも、懸命に心の内を隠していたのかもしれない。

  夜、皆が寝静まったあとのこと。
私はどうにもならないこの気持ちを少しでも吐き出したくてこっそり部屋を出た。ちなみに王宮ではそれぞれ1人部屋を用意されたから、レオンたちは私が部屋を出たことには気付かない。

  王宮は橋を渡らないと辿り着けないうえに、王宮の周りには夜通したくさんの兵が見回りをしている。その為、王宮内の警備は少し緩い。少なくとも、私が月が見えるテラスに行く分には何も問題がなかった。

  子供の頃、このテラスから見える景色が好きだった。
遠くに見える稜線が綺麗で、緑豊かなこの帝国が大好きだった。街になんてほとんど出たことのない私は、帝国のことを周りの大人達から聞いて懸命に学んでいた‥つもりだった。
   美しく見えるこの帝国に、どれ程の不幸が詰まっていたか‥当時の私は何も分かっていなかったんだ。

   ーーー今度こそ、きっと確実に帝国中が幸せになれる。
 素晴らしいことだわ。元々魔女狩りで不幸になった皆を助けたかったのだし、これが正解なのよ。


「‥‥うぅ‥」


   帝国の幸せを心から願ってる。それは間違いなく本心なのに涙が止まらない。日中涙を流さないようにしている分、涙は止めどなく流れ落ちた。

  月が滲む。ゆらゆらと、情け無く‥


「‥サマンサ‥‥?」

「ひっ‥」

   突然聞こえた声に驚いて肩を震わせた。‥カマル殿下だ。

   滞在中にカマル殿下の処遇を聞いていた。皇帝陛下の前で涙を流した彼を、陛下は信じることにしたのだとか。この点に関しても改変前とはかなり異なる点ね‥。

「北の塔に幽閉されていたのでは‥?」

「‥ジャンヌがグレースの命を狙っているとすぐに報告したことが評価されて‥王宮内に戻されたんだ。謹慎という名目だから、日中はずっと部屋の中にいるんだけど‥」

「‥そう、ですか‥」

   そう話すカマル殿下に以前の強引さは感じられなかった。彼の野望や信念のようなものが全て打ち崩されているみたい。
 ‥皇后陛下を襲ったとはいえ腹心のジャンヌも失った。そんな中、グレース皇后陛下に対しての未練も抱えたまま王宮内にいるのは実際かなりしんどいんじゃないかな‥。


 すべてを奪われた、と目の敵にしていた皇帝陛下に情けをかけられて生き延びている。そんなカマル殿下は、いま一体どんな心境なんだろう‥。

「‥‥泣いてたのか?」

「‥‥いえ、泣いておりません」

 私が見えすいた嘘を吐くと、カマル殿下は小さく笑った。

「月が照らしてるから、全部お見通しだ」

「‥‥‥貴方にとって辛いことがあるように、私にとっても辛いことがあるのです」

 ふぅ、と小さく息を吐いてからそう言い切ると、カマル殿下は「そうか」と漏らした。

「‥‥‥それでも世界は幸せに向かっているから、なんとも言えなくなるよな。自分だけ取り残されてるみたいだ」

 辛さも苦しみも、抱えているものはそれぞれ違う。だけどカマル殿下の発言はまさに私が思っていることだった。

 しばらくの沈黙の後、カマル殿下は口を開く。

「サマンサは何故辛いんだ?お前は未来から来てるんだろう?何故ここで泣く?」

 私は少しの間考えた後に、今の心情を彼に吐露する気になった。レオンのことや魔女たちのことを危険に晒そうとしたカマル殿下を警戒する気持ちはまだ残っている。
 だけど弱いもの同士、辛い気持ちを共有させてもらおうと思ってしまった。
 レオンやバートン卿といるときには、できる限り暗い状況を作りたくない。だからせめて今、少しだけ吐き出させてほしい。


「‥‥未来では魔女狩りが何十年と続きました」

「そう‥なのか。‥‥でもその未来と違って魔女狩りは終わった。魔女狩りは無い方が皆幸せなんじゃないのか?」

「はい。‥でも、そうやって歴史が大きく変わったので‥生まれてくるはずだった命が生まれない可能性があって」

 レオンの仮説を信じるなら、きっと改変後の未来にもレオンはいてくれるはず。だけど仮説が正しいかは分からない。


「‥なるほどな。そりゃ人々の生死が大きく変われば、そういう影響も出るだろうな‥」

「‥‥‥はい」


 そう言った途端に堪えきれずにポロポロと涙が溢れ出した。カマル殿下に気付かれないよう、そっと涙を拭うけど‥きっとバレバレだろう。

「‥‥レオンか?あいつが生まれてこなくなるのか」

「‥‥‥」

 カマル殿下は私のことを狙って、レオンと対立してた。きっとこの話は今を生きるカマル殿下にとっては何の興味もない話だろう。

「‥‥‥俺、もう何でもかんでも手に入れたいとは思ってないんだ」

 カマル殿下は脈絡なく突然そう言い放った。

「‥え?」

「サマンサのことも、今はもう手に入れたいとは思ってないよ。だってお前すぐどっかに飛んじゃうしね」

 カマル殿下はそう言ってケタケタ笑うと、小さく息を吐いてから言った。

「‥‥‥‥なんも手に入れたいと思わないのはさ、今まで俺が何も成し遂げることができてないからなんだよな。何も出来てないのに何かを欲しがるなんて、すごく強欲だったなって」

「‥でも、欲しいものがあるから成し遂げようと努力できるのでは‥?」

「まぁそうなんだけどね。俺は欲しいものを求める思いが強すぎた。‥‥だから、巻き返したいんだよ。せっかく命を拾ってもらったんだし」

「‥‥なにか慈善事業でも考えてるんですか?」

 意外だ。カマル殿下がここまで謙虚になっているなんて‥。

「‥‥ふふ、そうだな。きっと、沢山の人を救えるんじゃないかな」

 カマル殿下はそう言って笑っていた。
その笑顔は波風のない湖の水面のように穏やかで、夜の月のように静かだった。




 ピリッ、と体に刺激が走る。

「えっ」

「ん?どうした?」

 この感覚は間違いなく、次の場面に飛ばされる前兆だ。カマル殿下との今の会話が、何かのキッカケだったの‥?!

 カマル殿下と私は目を合わせていたけど、何かを話す時間の猶予はなかった。

 こうして私たちは突如また次の場面へと飛んだのだった。

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