最も死に近い悪女になりました(完)

えだ

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120話

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 ーーー改変前と改変後の人格が合わさるのは何とも不思議な感覚だった。

 長い苦しみから抜け出し、大切な人と結ばれた多幸感に包まれて、それと同時に改変後の愛され続けた幸せな日常の記憶も間違いなくある。

 今日この結婚式まで触れ合えなかった私たちの葛藤も、自然と心に残っていた。


 大人の姿を見たことがあったからこそ、その姿を目指して努力をしてきた。
 そして互いに、相手は自分が大人になった姿に惚れたのだと分かっていたからこそ、なかなか積極的にもなれなかったようだった。


 レオンは明るく活発な少年だったが、皇帝陛下への宣言を境により一層の努力を重ね続けた。
 王宮に来るたびに幼い私の姿を探しては、その姿を目に焼き付けていたらしい。

 幼い私も大人のレオンに恋をしたものの、真面目に努力を続けるレオンに心を惹かれ、気付けば直向きに頑張る同世代のレオンのことばかり考えていた。


 改変前と改変後‥どちらの想いや記憶も、大雪のように心に降り積もって張り裂けそうだ。
 ただでさえ溢れ返りそうだった気持ちに、より甘酸っぱい深みが増したように思う。


「戻ってきたんだな」


 結婚式が終わり、祝賀パーティーの最中のこと。
着飾ったフェリシテ様が微笑ましく目を細めていた。

「はい‥。やっと戻ってきました」

「‥‥長い旅だっただろう?お疲れ様」

「ふふ、ありがとうございます」

 確かに長い旅だったけど‥でも次々と場面が変わっていって、なんだか忙しない旅だったなぁとも思う。

 過去をやり直すという摩訶不思議なことが、本当に実現できてしまったなんて。
 これが世間の人たちに知られたら、神への冒涜だと処されてしまうかもしれない。

 まぁ私たちが過去を改変したことを証明することなんて、容易じゃないんだけど。



 ーーお父様が沢山のお酒を飲んで酔っ払っている。だけど時折しくしくと涙を流していて、情緒が大いに乱れているみたい。

 レオンとロジェは何かを語り合っていて、時折難しい顔をしたり笑い合ったり、案外馬が合うようだ。

 ノエルは若い女性に囲まれて少し困り気味だけど、ノエルが笑うだけで黄色い声が巻き上がっていた。
 テッドは丸眼鏡をクイッと持ち上げて、一見クールそうに見える表情で警備にあたっている。
 バートン卿は目を細めて、窓の外の満月を眺めていた。


 大好きな人たちは、変わらないようで少し変わった。
環境も、人柄も、少しだけ。‥だけど元気そうな皆の顔を見ているだけで頬は自然と緩んでしまう。


「にやにやしすぎじゃないのかい」

「あはは、すみません」
 

 沢山のご馳走を食べたフェリシテ様は、パンパンに膨れたお腹を摩りながらも呆れたように笑っていた。時折しゃっくりをしている姿が、なんだか愛しくも思える。


 改変前はこの場所で操られた兵士たちが殺し合いをしていたなんて嘘みたい。

 過去をやり直せて‥本当に、よかった。


「いつの時代でもフェリシテ様が力をくれたんですよ」

「それはこっちの台詞だよ」

「え?」

「‥‥元の世界じゃ諸悪の根源だった私に、よく懐いたもんだねぇあんたも」

「しょ、諸悪の根源なんかじゃないですよ。フェリシテ様が苦しむ理由があったんですから」

 私がそういうとフェリシテ様はどこか困ったように眉を下げて笑った。
 ‥“魔女の母”は今でも正直怖い。だけどフェリシテ様のことは大好き。

 もう彼女が二度と悲しみの底に堕ちることなく、明るく笑い続けることを願うばかりだ。



 元の時代に戻ってきてもパーティーやらで忙しく、レオンと落ち着いて話せたのはその日の夜遅くのことだった。

 レオンはお父様から爵位と屋敷を授かり、私たちは明日からその屋敷での生活を送ることになる。
 改変後のバートン卿は王宮直属の騎士団長として活躍をしているから、明日以降は彼ともあまり会わなくなる。


「なんだかまだ実感が湧かないわ‥」

 王宮内に設けられた私とレオンの寝室は扉ひとつで繋がっていた。その為レオンの部屋に顔を出した私は、根っこが生えたように彼の部屋のソファに腰を掛けている状態だった。

 旅の終わりの余韻に浸りたい。誰かとこの気持ちを共有していたい。

 そんな想いから、レオンの側を離れたくなかった。

「‥‥俺は幸せすぎて怖いです。こんなにうまくいくなんて‥」

「‥‥私もそう思うわ。‥レオンが生きているだけでも奇跡のような気がするのに」

 ーーーカマル殿下のおかげね、と心の中で続けた。
もう突然飛ばされて場面が変わることもない。落ち着いたらフェリシテ様に頼んでカマル殿下のお墓参りもさせてもらおう。

「不幸だった分、幸せになれたのかもしれませんね」

 レオンが私の隣に腰をかけ、グラスに入ったお酒をクイッと口に含む。

 2人旅の時には、自制のためにお酒を飲まなかったレオン。そんなレオンが当たり前の如く飲酒をしている姿に変に心臓がざわめきだす。

 魔法道具が浸透している改変後の世界では、室内を照らす灯りの質も格段に上がった。

 ゆらゆらと光るオレンジ色のランプに照らされたレオンは、何故だか色っぽく見えて私は急に居心地が悪くなった。

「どうして目を伏せているんですか?」

 急に緊張しだした私の空気感を感じ取ったのかもしれない。
レオンは柔らかい口調のまま、私をじっと見つめてそう言った。

「‥‥‥レオンは初心なの?初心じゃないの?」

 どことなく余裕そうなレオンに、口の先を尖らせながら尋ねてみた。

 自身が猫であると明かす前、レオンは私の前で赤面することが多かったのに。いざそういうムードになると私の方が赤くなってしまう。

「‥‥これで分かりますか?」

 レオンはグラスをテーブルに置くと、私の手を取ってレオンの首筋に当てがわせた。
 手のひら全体にレオンの熱が伝わって、こちらまで熱くなってしまいそうだ。

「な、なにするのよ」

「脈が早いの、伝わりません?」

「そ、それなら、心臓を触らせた方がよっぽど‥!」

 慌てふためく私を、レオンは目を細めて見つめている。その距離感と雰囲気に飲まれそうになって手を離そうとするけど、レオンが私の手を押さえているから離すことができない。

「心臓もいいですけど、こっちの方がよくないですか」

「な、なんでよ」

 私はついに目を逸らしてしまった。何せ顔が近すぎる。上半身を後方にずらそうとするけれど、レオンが空いている方の腕を私の腰に回してしまった。

「こうやって首筋を触られていると、皇女様にキスをせがまれているみたいで堪りません」

「なっ」

 反論しようと口を開いた途端、レオンの唇が降ってきた。半開きだった私の唇はレオンの好きなようにされていく。

 キスをせがまれているみたいって‥!!
鼓動の早さを伝えるために触らせたんじゃなかったの?!?!


 旅を終えて“夫婦”になった私たちを遮るものは何もない。


 とはいえ‥

「ま、待って、待ってよレオン!!」

 息を荒くしながら、私はなんとかレオンの唇に己の手のひらを当てがって彼のキスの猛攻を終わらせた。これ以上は間違いなく危険な気がする。いや、危険‥ではないのだけど。私には心の準備なんてものはできていない。

 レオンの唇を手のひらで塞ぎながらグイッと彼と距離を取ろうとする。と、今度は私のその手首を掴み、あろうことかチュッと音を立てて手のひらにキスをしだした。

 ひっ、と声が出そうになるが、レオンは私の反応を楽しむかのように私の手を愛で始めた。手のひらも、指の先も、全てに口付けがされていく。

「レ、レオン、待って、待って!!」

 顔を真っ赤にしている私を、レオンは愛おしそうに見つめているのだった。

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