2 / 51
何の踊りですの?
しおりを挟む侍女のスーザンに呼び出されました。スーザンはこの屋敷で唯一、私が気を許せる者です。なんていうんでしょうか。阿吽の呼吸と言いますか、同志と言いますか。とにかく信頼しているのですわ。
着いてきてください、とのことだったので扇子をひらひらさせながらスーザンの後を歩きます。
「何事?」
スーザンとふたりきりの時には猫撫で声は出しませんわ。あんなのただの処世術、つまり演技ですもの。
「‥‥その、申し上げにくいのですが」
スーザンはグレーの髪を揺らしながらこちらを振り返りました。
切れ長の鋭い瞳は、何処となく不安そう。
「‥‥Bが来ております」
「なんですって?!」
私はその言葉を聞いた途端にスピードを早めました。こうしてはいれませんわ。だってBが来たということは‥!!
応接間の扉を思いっきり開けると、扉はバァン!と大きな音を立てました。ちょっと気合いを入れ過ぎてしまったわ‥!
「ごめんあそばせ、オホホホ」
「お、お久しぶりでございますぅ!アレクサンドラお嬢様ぁ!」
「久しぶりね!ベッキー夫人!」
一体どこから出ているのかしら?と尋ねたくなる程に鼻を抜けるような高音ボイスを放つベッキー夫人。そう、この人がBですわ。
何故Bと呼んで警戒しているかというと‥
「ご覧になってくださいませぇ!ジュリアお嬢様がただ今嗜まれてらっしゃるのは遠い南の国に伝わる情熱のアビシャバボドリアンヌダンスにございますぅ!」
「‥‥‥」
ジュリアが汗だくになりながら、腰をぐるぐると回して時折「フォ!」と叫んでおります。頭にはどこぞのジャングルから採ってきたような大きな葉や花が巻かれ、顔面はどこぞの国の顔料でペイントされており、首や手首にはジャラジャラとアクセサリーが揺れております。このアクセサリー、恐らく黄金でできておりますがゴツすぎて普段使いはもちろんできません。
「あー、やられた‥」
「アリー様、漏れてますよ、声」
スーザンに指摘されてハッとする。幸いベッキー夫人はリズミカルな手拍子をすることに夢中で私の本音は聞こえていなかったようですけども。
ベッキー夫人は父が懇意にしていますデイヴィス伯爵家の専属旅行アドバイザーという不思議な立ち位置にいらっしゃる方でございます。どうにも無下にすることはできないのですが、ジュリアはいつもカモにされております。
各地を旅行する度に不思議な文化や品物を持ち帰ってくるのは良いのです。異文化を知ることも非常に大切なことですから。
しかしベッキー夫人の場合は、それを破格の値段で売り付けてくるわけです。いえ、貴族にとっては破格ではないのかもしれませんが、正直私にはその値段を出してまでは要らない‥と毎度思ってしまうわけです。そもそもこちらは求めていません。勝手に来て勝手に押し付けるのです。
そしてベッキー夫人はわかっています。ジュリアがカモだということがわかっているのです。その為私がいない隙を見計らって、ジュリアに交渉を持ち込むわけです。
ジュリアはそれはもう真剣な眼差しで腰を前後左右にカクカクさせ、フォ!と言っておりますわ。彼女は本気です。本気なのですいつだって‥。
「ベッキー夫人」
「はぁい!なんでしょうアレクサンドラお嬢様ぁ!」
だからどうして毎度そんな声が出せるのよ!今すぐオペラ歌手養成所にぶち込みたいわ!そんなところがあるのか分かりませんけども!
「残念だけど、お姉様には似合わないと思うわ」
上目遣いで悪びれもなく、ベッキー夫人に伝える。
ベッキー夫人の手拍子が止まった為、ジュリアの「フォ!」だけが虚しく響き渡る。
「そ、そんなことございませんわぁ!」
ここまできて逃すものですか!と言った表情ね。
「お姉様、楽しいですか?」
私はそう言って肩で息をするジュリアを見つめました。ちなみに、先程の「フォ!」で一旦踊りをやめたようです。
「‥た、た、楽しいわっ」
頬を紅潮させ、ジュリアは言う。
「ふぅん。そうですか。では、ポヌペリンヌパリソンダンスとジンドロネッシャーダンスは、もうお辞めになったのですか?」
「そ、それは‥」
ジュリアが言葉に詰まります。
ポヌペリンヌパリソンダンスの時もジンドロネッシャーダンスの時も、専用衣装と木や石でできたアクセサリーを散々買わされていたわよね。その上ボディペイント用のインクまで。
「ベッキー夫人、そう言うことですので‥今回は大丈夫よ」
にっこりと頬を赤くしてそう伝えると、ベッキー夫人は悔しさからかフォォッ!と言って荷物をまとめ始めました。本当によく通る声だこと‥。ジュリアのアクセサリーや草や花などもいそいそと撤収しております。
私が庭園から帰るのがあともう少し遅かったらと思うとゾッとしますわ。
ベッキー夫人が出て行ったあと、ジュリアはぼうっと額の汗を拭いておりました。また、私に意地悪をされたとでも思っているかもしれませんけど。ただでさえ遠慮してドレスやアクセサリーをあまり買わない貴女が、ベッキー夫人には押されて買ってしまう。
そしたら本当に欲しいドレスやアクセサリーを見つけた時に手を伸ばせなくなってしまうかもしれないじゃない。
「‥‥お姉様?本当にやりたいのならお続けになればよろしいかと。今度こそ長く続けたいと思えるようになったら買えばいいんじゃないかしら」
扇子をパチン!としめて、少し強めに言いました。私の鋭い視線に、ジュリアはたじたじして、やがて小さく頷いたのです。
その姿を見た私は、わざとらしく大きなため息を吐いてからスーザンと共に部屋を去りました。
ほんっと世話の焼ける姉ですわね!!
11
あなたにおすすめの小説
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
【完結】ちょっと待ってくれー!!彼女は俺の婚約者だ
山葵
恋愛
「まったくお前はいつも小言ばかり…男の俺を立てる事を知らないのか?俺がミスしそうなら黙ってフォローするのが婚約者のお前の務めだろう!?伯爵令嬢ごときが次期公爵の俺に嫁げるんだぞ!?ああーもう良い、お前との婚約は解消だ!」
「婚約破棄という事で宜しいですか?承りました」
学園の食堂で俺は婚約者シャロン・リバンナに婚約を解消すると言った。
シャロンは、困り俺に許しを請うだろうと思っての発言だった。
まさか了承するなんて…!!
家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます
さくら
恋愛
家族から「邪魔者」扱いされ、行き場を失った伯爵令嬢レイナ。
望まぬ結婚から逃げ出したはずの彼女が出会ったのは――冷徹無比と恐れられる宰相閣下アルベルト。
「契約でいい。君を妻として迎える」
そう告げられ始まった仮初めの結婚生活。
けれど、彼は噂とはまるで違っていた。
政務を完璧にこなし、家事も器用に手伝い、そして――妻をとことん甘やかす完璧なスパダリだったのだ。
「君はもう“邪魔者”ではない。私の誇りだ」
契約から始まった関係は、やがて真実の絆へ。
陰謀や噂に立ち向かいながら、互いを支え合う二人は、次第に心から惹かれ合っていく。
これは、冷徹宰相×追放令嬢の“契約婚”からはじまる、甘々すぎる愛の物語。
指輪に誓う未来は――永遠の「夫婦」。
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
プリン食べたい!婚約者が王女殿下に夢中でまったく相手にされない伯爵令嬢ベアトリス!前世を思いだした。え?乙女ゲームの世界、わたしは悪役令嬢!
山田 バルス
恋愛
王都の中央にそびえる黄金の魔塔――その頂には、選ばれし者のみが入ることを許された「王都学院」が存在する。魔法と剣の才を持つ貴族の子弟たちが集い、王国の未来を担う人材が育つこの学院に、一人の少女が通っていた。
名はベアトリス=ローデリア。金糸を編んだような髪と、透き通るような青い瞳を持つ、美しき伯爵令嬢。気品と誇りを備えた彼女は、その立ち居振る舞いひとつで周囲の目を奪う、まさに「王都の金の薔薇」と謳われる存在であった。
だが、彼女には胸に秘めた切ない想いがあった。
――婚約者、シャルル=フォンティーヌ。
同じ伯爵家の息子であり、王都学院でも才気あふれる青年として知られる彼は、ベアトリスの幼馴染であり、未来を誓い合った相手でもある。だが、学院に入ってからというもの、シャルルは王女殿下と共に生徒会での活動に没頭するようになり、ベアトリスの前に姿を見せることすら稀になっていった。
そんなある日、ベアトリスは前世を思い出した。この世界はかつて病院に入院していた時の乙女ゲームの世界だと。
そして、自分は悪役令嬢だと。ゲームのシナリオをぶち壊すために、ベアトリスは立ち上がった。
レベルを上げに励み、頂点を極めた。これでゲームシナリオはぶち壊せる。
そう思ったベアトリスに真の目的が見つかった。前世では病院食ばかりだった。好きなものを食べられずに死んでしまった。だから、この世界では美味しいものを食べたい。ベアトリスの食への欲求を満たす旅が始まろうとしていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる