50 / 51
むすことむすめたち
追いかける
しおりを挟むーーーロンはムカつくほどに優秀だ。
お母様は言う。アリーはとても凄いの、と。頭が良くて、容量が良くて、優しくて、愛に溢れてるの、と。
あまりにも叔母さま愛を連呼するものだから、すっかり植え込まれたみたい。私の頭の中の叔母さま像は神のような立ち位置にいる。
ただ何がムカつくかって、優しくて愛が溢れているかはさておき、ロンが叔母さまに似て優秀だということ。
少ない会話の中からも聡明さを感じるし、私の兄3人がロンにちょっかい出して「お前すかしてて気に食わないから木に登れ」と言えばいとも簡単に登ってしまう。兄3人は「おお、やるじゃないか」とロンを認め、今や何故か互いに仲間意識を抱いているようにも思う。
事実、世間のロンのイメージも物凄い。
あんなにも美形で家柄も良く、幼い頃から頭脳明晰で身体能力抜群なのだから当然だろう。
だから、ムカつく。
何度も言うけど、私は昔からロンを弟分として見てやろうと思う節があった。だけどそれは叶わない。ロンがムカつくから深層心理の部分で私自身が嫌がっていたのかと思った。だけど違う。ロンの方が優秀なのに私がロンの姉の如く振る舞えるわけないじゃない、と幼いながらに自分の能力値の低さを察したのだ。
今もそう。石畳みにつまづいて膝をつく私。ここは自分の家で、毎日毎日この庭を歩いているのに。膝がツンと痛くて、情けなくて涙も出そうになる。痛みのせいというよりかは、きっとロンならこんなところで転ばないのに、と勝手に抱いた敗北感のせいだと思う。
叔母さま曰く、お母様は昔からずっと私のようだったらしい。でもお母様は私のように拗ねることはない。自分に否定的になることもないし、真っ直ぐ前を見ている。私と似てるというけれど、私とは大違いだと思う。
「‥‥なにやってるの」
頭の上から声が降ってきた。一番聞きたくない人の声。‥別にロンは何も悪いことなんてしていないのに。
「‥なにも。座って花を見ていたの」
ロンを見ないまま言う。なんて可愛げのない答えなんだろう。どこからどう見たって転んだんだと丸わかりなのに。でも素直になれない。私はいま目に溜まった涙を落とさないようにすることに精一杯だから。
「‥‥‥ふーん」
その言葉だけを言って、ロンは去っていった。
自分で壁を作ったくせに、急に寂しくなる。本当私はなんなんだろう。アホなんじゃないだろうか。いや、アホなのは分かっていたけど。
ついにぽろっと涙が落ちた。
そうか、今日はロンがうちの屋敷に遊びに来ていたのか、と泣きながら思う。早くここから去って部屋に閉じこもろうと思う。なのに起き上がれない。だからもう少し、元気になってからーーー‥‥
「‥‥はぁ、」
吐息が聞こえた。ロンの吐息。私に呆れているような、そんなため息じゃなかった。いつもすかしているくせに、余裕がないように途切れ途切れの呼吸音。‥走って戻ってきたの?なんで‥?
ロンに気付かれないようにぐしぐしと涙を拭う。そして私はまた憎まれ口を言う準備をしてから口を開いた。
「‥‥何しにきたの?花でも見にきた?」
2歳も年下の従兄弟に向かって、最上級に可愛げのない言葉をぶつける。ここにきてやっとロンの顔を見た。ロンは心配そうに私を見ていた。
自分の愚かさを感じる。きっとロンは転んだ私を心配して駆け寄ってくれたのに。また泣きそうになる。心が痛くて、嫌になる。
「膝、見せて」
「え‥?」
「綿貰ってきたから、拭いてあげる」
わざわざ‥?さっき私が膝を擦りむいたって気付いて取りに行ってくれたの?息が切れるくらい、走ってくれたの?
多分この時やっと素直になれた。私はロンがムカつくんじゃなくて、自分よりも幼いロンに全てが負けていることが悔しかったんだと思う。
でも、はなっから比べものになるわけがない。だってロンはやっぱりすごいんだもん。そのうえ、優しいんだもん。
そう認めた途端、スッと心が軽くなった。
「‥ありがとう」
じわりとまた涙が出てくる。
ロンは突然口の先を尖らせた。でも手早く私の傷口を、濡れた綿で綺麗にしてくれている。
「‥‥別に、感謝されたくてやってるわけじゃないし」
「‥‥心配してやってくれてるってことだよね?」
「はぁ?ちがうし」
え?違うの?と思わず目が丸くなる。
感謝されたくてやってるわけじゃなくて、心配してやってくれてるわけでもないって‥どういうこと??
「あ!こんなところにいたんですねロン様!あら、ジェシー様大丈夫ですか?」
スーザンさんがにこにこ微笑みながら現れた。何故だろう、スーザンさんは無双臭が漂っているんだよね。
ロンがあからさまにゲッ!という顔をした。
「なるほどなるほど、ジェシー様の為にあんなにも必死で駆けてこられたのですね」
「ち、違うっ!それはたまたま走りたくなったから‥!」
「へぇ、走りたくなった拍子に脱脂綿を濡らして持っていかれたのですね」
「っ、っ!!ジェシー!ちがうからね」
ロンの顔がいつのまにか真っ赤っかだ。一体どうしたんだろう‥
「なにが?」
「別にジェシーが痛がってるのを見たくなかったとか、俺が助けてあげたいとか、傷口からバイ菌入らないようにとか、泣いてるの可哀想とか、ぜんっぜん考えてないから!!」
「‥‥??え?うん‥」
ロンはばっと立ち上がった。傷口はいつのまにかすっかり綺麗だった。
元々傷が痛くて泣いていたわけじゃないから、私もすんなり立ち上がることができた。
「勘違いしないでね!!!」
「ん?え‥?うん(?)」
ロンはまた走ってどこかへ行ってしまった。スーザンさんと私だけが取り残されている。
「傷口、大丈夫そうですね」
「え?あ、はい‥!あの、スーザンさん‥」
「はい、なんでしょう」
「‥私時々、ロンの言動を全く理解できない時があるんですけど‥
それは私が劣っているからでしょうか」
常人‥いや、出来損ないの私だから、優秀なロンの言動が理解できないのかもしれない。
「何を言ってるんですか。ジェシー様は劣ってなどおりません」
「でも‥」
「その証拠に、ロン様は必死でジェシー様を追いかけているんですよ」
「え?!そんなわけ‥」
「ジェシー様、世の中目に見えるもののみが全てではないのですよ」
スーザンさんはそう言って笑った。
不思議とスーザンさんの言葉はスッと胸に落ちてくる。嘘を吐かない真っ直ぐな人という印象があるからかもしれない。
でも、それでももちろん信じられない‥けど、もし本当にそうだったら‥
私たちはお互い追いかけ合ってるんだなぁと可笑しく感じた。
心ももう、ぜんぜん痛くなかった。
1
あなたにおすすめの小説
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
【完結】ちょっと待ってくれー!!彼女は俺の婚約者だ
山葵
恋愛
「まったくお前はいつも小言ばかり…男の俺を立てる事を知らないのか?俺がミスしそうなら黙ってフォローするのが婚約者のお前の務めだろう!?伯爵令嬢ごときが次期公爵の俺に嫁げるんだぞ!?ああーもう良い、お前との婚約は解消だ!」
「婚約破棄という事で宜しいですか?承りました」
学園の食堂で俺は婚約者シャロン・リバンナに婚約を解消すると言った。
シャロンは、困り俺に許しを請うだろうと思っての発言だった。
まさか了承するなんて…!!
家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます
さくら
恋愛
家族から「邪魔者」扱いされ、行き場を失った伯爵令嬢レイナ。
望まぬ結婚から逃げ出したはずの彼女が出会ったのは――冷徹無比と恐れられる宰相閣下アルベルト。
「契約でいい。君を妻として迎える」
そう告げられ始まった仮初めの結婚生活。
けれど、彼は噂とはまるで違っていた。
政務を完璧にこなし、家事も器用に手伝い、そして――妻をとことん甘やかす完璧なスパダリだったのだ。
「君はもう“邪魔者”ではない。私の誇りだ」
契約から始まった関係は、やがて真実の絆へ。
陰謀や噂に立ち向かいながら、互いを支え合う二人は、次第に心から惹かれ合っていく。
これは、冷徹宰相×追放令嬢の“契約婚”からはじまる、甘々すぎる愛の物語。
指輪に誓う未来は――永遠の「夫婦」。
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
プリン食べたい!婚約者が王女殿下に夢中でまったく相手にされない伯爵令嬢ベアトリス!前世を思いだした。え?乙女ゲームの世界、わたしは悪役令嬢!
山田 バルス
恋愛
王都の中央にそびえる黄金の魔塔――その頂には、選ばれし者のみが入ることを許された「王都学院」が存在する。魔法と剣の才を持つ貴族の子弟たちが集い、王国の未来を担う人材が育つこの学院に、一人の少女が通っていた。
名はベアトリス=ローデリア。金糸を編んだような髪と、透き通るような青い瞳を持つ、美しき伯爵令嬢。気品と誇りを備えた彼女は、その立ち居振る舞いひとつで周囲の目を奪う、まさに「王都の金の薔薇」と謳われる存在であった。
だが、彼女には胸に秘めた切ない想いがあった。
――婚約者、シャルル=フォンティーヌ。
同じ伯爵家の息子であり、王都学院でも才気あふれる青年として知られる彼は、ベアトリスの幼馴染であり、未来を誓い合った相手でもある。だが、学院に入ってからというもの、シャルルは王女殿下と共に生徒会での活動に没頭するようになり、ベアトリスの前に姿を見せることすら稀になっていった。
そんなある日、ベアトリスは前世を思い出した。この世界はかつて病院に入院していた時の乙女ゲームの世界だと。
そして、自分は悪役令嬢だと。ゲームのシナリオをぶち壊すために、ベアトリスは立ち上がった。
レベルを上げに励み、頂点を極めた。これでゲームシナリオはぶち壊せる。
そう思ったベアトリスに真の目的が見つかった。前世では病院食ばかりだった。好きなものを食べられずに死んでしまった。だから、この世界では美味しいものを食べたい。ベアトリスの食への欲求を満たす旅が始まろうとしていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる