今日も姉の物を奪ってやりますわ!(完)

えだ

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むすことむすめたち

追いかける

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 ーーーロンはムカつくほどに優秀だ。


 お母様は言う。アリーはとても凄いの、と。頭が良くて、容量が良くて、優しくて、愛に溢れてるの、と。

 あまりにも叔母さま愛を連呼するものだから、すっかり植え込まれたみたい。私の頭の中の叔母さま像は神のような立ち位置にいる。

 ただ何がムカつくかって、優しくて愛が溢れているかはさておき、ロンが叔母さまに似て優秀だということ。
 少ない会話の中からも聡明さを感じるし、私の兄3人がロンにちょっかい出して「お前すかしてて気に食わないから木に登れ」と言えばいとも簡単に登ってしまう。兄3人は「おお、やるじゃないか」とロンを認め、今や何故か互いに仲間意識を抱いているようにも思う。

 事実、世間のロンのイメージも物凄い。
 あんなにも美形で家柄も良く、幼い頃から頭脳明晰で身体能力抜群なのだから当然だろう。

 だから、ムカつく。

 何度も言うけど、私は昔からロンを弟分として見てやろうと思う節があった。だけどそれは叶わない。ロンがムカつくから深層心理の部分で私自身が嫌がっていたのかと思った。だけど違う。ロンの方が優秀なのに私がロンの姉の如く振る舞えるわけないじゃない、と幼いながらに自分の能力値の低さを察したのだ。


 今もそう。石畳みにつまづいて膝をつく私。ここは自分の家で、毎日毎日この庭を歩いているのに。膝がツンと痛くて、情けなくて涙も出そうになる。痛みのせいというよりかは、きっとロンならこんなところで転ばないのに、と勝手に抱いた敗北感のせいだと思う。

 叔母さま曰く、お母様は昔からずっと私のようだったらしい。でもお母様は私のように拗ねることはない。自分に否定的になることもないし、真っ直ぐ前を見ている。私と似てるというけれど、私とは大違いだと思う。

「‥‥なにやってるの」

 頭の上から声が降ってきた。一番聞きたくない人の声。‥別にロンは何も悪いことなんてしていないのに。

「‥なにも。座って花を見ていたの」

 ロンを見ないまま言う。なんて可愛げのない答えなんだろう。どこからどう見たって転んだんだと丸わかりなのに。でも素直になれない。私はいま目に溜まった涙を落とさないようにすることに精一杯だから。

「‥‥‥ふーん」

 その言葉だけを言って、ロンは去っていった。
自分で壁を作ったくせに、急に寂しくなる。本当私はなんなんだろう。アホなんじゃないだろうか。いや、アホなのは分かっていたけど。

 ついにぽろっと涙が落ちた。
そうか、今日はロンがうちの屋敷に遊びに来ていたのか、と泣きながら思う。早くここから去って部屋に閉じこもろうと思う。なのに起き上がれない。だからもう少し、元気になってからーーー‥‥
 
「‥‥はぁ、」

 吐息が聞こえた。ロンの吐息。私に呆れているような、そんなため息じゃなかった。いつもすかしているくせに、余裕がないように途切れ途切れの呼吸音。‥走って戻ってきたの?なんで‥?

 ロンに気付かれないようにぐしぐしと涙を拭う。そして私はまた憎まれ口を言う準備をしてから口を開いた。

「‥‥何しにきたの?花でも見にきた?」

 2歳も年下の従兄弟に向かって、最上級に可愛げのない言葉をぶつける。ここにきてやっとロンの顔を見た。ロンは心配そうに私を見ていた。

 自分の愚かさを感じる。きっとロンは転んだ私を心配して駆け寄ってくれたのに。また泣きそうになる。心が痛くて、嫌になる。

「膝、見せて」

「え‥?」

「綿貰ってきたから、拭いてあげる」

 わざわざ‥?さっき私が膝を擦りむいたって気付いて取りに行ってくれたの?息が切れるくらい、走ってくれたの?

 多分この時やっと素直になれた。私はロンがムカつくんじゃなくて、自分よりも幼いロンに全てが負けていることが悔しかったんだと思う。

 でも、はなっから比べものになるわけがない。だってロンはやっぱりすごいんだもん。そのうえ、優しいんだもん。

 そう認めた途端、スッと心が軽くなった。

「‥ありがとう」

 じわりとまた涙が出てくる。

 ロンは突然口の先を尖らせた。でも手早く私の傷口を、濡れた綿で綺麗にしてくれている。

「‥‥別に、感謝されたくてやってるわけじゃないし」

「‥‥心配してやってくれてるってことだよね?」

「はぁ?ちがうし」

 え?違うの?と思わず目が丸くなる。
感謝されたくてやってるわけじゃなくて、心配してやってくれてるわけでもないって‥どういうこと??

「あ!こんなところにいたんですねロン様!あら、ジェシー様大丈夫ですか?」

 スーザンさんがにこにこ微笑みながら現れた。何故だろう、スーザンさんは無双臭が漂っているんだよね。

 ロンがあからさまにゲッ!という顔をした。

「なるほどなるほど、ジェシー様の為にあんなにも必死で駆けてこられたのですね」

「ち、違うっ!それはたまたま走りたくなったから‥!」

「へぇ、走りたくなった拍子に脱脂綿を濡らして持っていかれたのですね」

「っ、っ!!ジェシー!ちがうからね」

 ロンの顔がいつのまにか真っ赤っかだ。一体どうしたんだろう‥

「なにが?」

「別にジェシーが痛がってるのを見たくなかったとか、俺が助けてあげたいとか、傷口からバイ菌入らないようにとか、泣いてるの可哀想とか、ぜんっぜん考えてないから!!」

「‥‥??え?うん‥」

 ロンはばっと立ち上がった。傷口はいつのまにかすっかり綺麗だった。
元々傷が痛くて泣いていたわけじゃないから、私もすんなり立ち上がることができた。

「勘違いしないでね!!!」

「ん?え‥?うん(?)」

 ロンはまた走ってどこかへ行ってしまった。スーザンさんと私だけが取り残されている。


「傷口、大丈夫そうですね」

「え?あ、はい‥!あの、スーザンさん‥」

「はい、なんでしょう」

「‥私時々、ロンの言動を全く理解できない時があるんですけど‥
それは私が劣っているからでしょうか」

 常人‥いや、出来損ないの私だから、優秀なロンの言動が理解できないのかもしれない。

「何を言ってるんですか。ジェシー様は劣ってなどおりません」

「でも‥」

「その証拠に、ロン様は必死でジェシー様を追いかけているんですよ」

「え?!そんなわけ‥」

「ジェシー様、世の中目に見えるもののみが全てではないのですよ」

 スーザンさんはそう言って笑った。
不思議とスーザンさんの言葉はスッと胸に落ちてくる。嘘を吐かない真っ直ぐな人という印象があるからかもしれない。

 でも、それでももちろん信じられない‥けど、もし本当にそうだったら‥
私たちはお互い追いかけ合ってるんだなぁと可笑しく感じた。

 心ももう、ぜんぜん痛くなかった。

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