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第2章
32話 ダン視点
しおりを挟む生まれてから今まで、ずっと裏社会にいた。
実家という場所があっても、そこには殆ど寄り付かなかった。
泣いてばかりだった病弱な母と、同じように弱くて脆かった妹。その2人を残し、俺は物心ついた頃から父と共に悪いことで日銭を稼いでいた。
ダニエルの下で窃盗や放火や脅し、そんなもんいくらでもやった。やっていないことといえば、人を殺したり強姦することくらい。逆を言えば、それ以外の悪事はいくらでもやった。
それで金が貰える。その金を親父と一緒に「出稼ぎに行ってきた」と言って母に渡せば母は嬉しそうに笑った。父と俺が裏で何をしているかなんて、知りもせず。
だから“呪いの子”に対して何かを思ったこともなかった。
鋼鉄の扉の下にあった小さな窓。そこから“餌”や“水”、時折“タオル”なんかをぶち込むだけ。
当たり前の日々だった。このあまりにも人道的ではない行いのおかげで、エンベリー家は巨額の財を成した。裏で呪いの子の管理をしている俺たちには口止めとしてかなりの金が支払われていた。
だからセレスト辺境伯がああいうのも仕方ない。当たり前だ。どう考えても、俺がやっていたことは許されることじゃない。
実家に戻ると母は病で亡くなっていて、呪いで死にかけていた妹はエンベリー家に連れ去られていた。
‥何故。父や俺やダニエルみたいな悪人が呪われず、何故妹が呪われて‥そのうえ、何故こんな目に合うんだよ。‥‥あ、ぜんぶ俺らのせいか。俺らが悪いことしたツケがぜんぶ母と妹に回ったのかもしれない。
「‥‥俺たちはドロシーの側にいたから‥呪われなかったのか」
ドロシーを軟禁し、苦しめている俺らは‥そのドロシーの力で助けられていたんだと思う。俺たちの方がよほど恨まれ、呪われるような生き方をしているのに。
すぐにセレスト辺境伯邸に戻った。妹が連れ去られたことを伝えた。もう縋りにきたわけじゃない。
俺がエンベリー家に戻れば間違いなくドロシーの居場所を聞かれる。でも、俺は「言わない」とセレスト辺境伯に伝えた。
「‥‥何のためだ?」
セレスト辺境伯は目を細めて、俺の真意を探ろうとしていた。美形はこんな表情ですら迫力があって困る。この人は、たぶん俺が今まで見てきた男の中で一番綺麗だ。
「‥ダニエルも‥ドロシーの居場所が分かるまで、俺のこと殺せないと思うので」
「もう王宮に使いは送ってる。ドロシーがここにいることは直ぐに分かる。‥‥まぁ、その頃にはダニエルも拘束されているだろうが。だから別にお前がドロシーの居場所を言おうが言わまいが関係ない」
「‥‥‥‥‥俺、妹には助かって欲しいんですけど。‥‥でも、」
何故かわからないけど、人生で初めて人前で泣きそうになった。何もかも見透かそうとするこの人の瞳に、俺の薄汚れた心の壁が崩されたのかもしれない。
「‥‥」
セレスト辺境伯は何も言わずに俺の言葉を待っていた。
「‥‥俺、この屋敷でドロシーを見た時に‥“こいつもちゃんと生きてる人間だったんだ”って思ったんです。本当最低ですよね。‥‥‥せめて、王宮で保護されるまでの時間でも、ダニエルの魔の手にかかってほしくない‥。だから、俺は、ドロシーの居場所は吐きません」
暫くの沈黙のあと、セレスト辺境伯は「そうか」とだけ言った。
エンベリー家の屋敷に着いた俺に待ち受けていたのは、延々と続く“拷問”だった。朝から晩まで指を一本ずつ折られ、その上で爪を1枚ずつ剥がされる。
全身の骨を何本折られ、何箇所もの皮膚を焼かれた。
意識が何度も飛んで、何度も“死んだ”と思った。
その度に、ダニエルが公表していない加護の力が発揮される。
“治癒”
この男に最も相応しくない、誰かを癒す力。
公表すれば公に人を救い、人から求められて支持される立場になる筈なのに、奴はこの力を人助けの為には使わない。
俺みたいに死にかけたやつを癒し、また一から拷問を始める。その繰り返し。俺は本来、何度死んだかわからない。
治癒されれば剥がされた爪は元に戻る。だけどさすがに、切られた“舌”は治らない。
俺は喋る術をなくした。
妹が顕著したと聞かされ、心底死にたくなった。
だけどダニエルは俺を殺してはくれない。ドロシーを逃した俺を、そんな簡単に許してくれるはずがなかった。
そんな絶望の中、急にドロシーとセレスト辺境伯がまた目の前に現れた。
相変わらず、ドロシーはキラキラしていた。あんなにも酷い環境で過ごしていたくせに、視線は真っ直ぐで、その細い体の真ん中には芯が通っているように感じた。どこか凛々しさまで感じる姿に、俺はまた圧倒された。
拷問され続けた体はまともではなく、心もおかしくなっていた。もうこのまま、この男に遊び倒されて殺してもらえるのを待つ日々だと思っていた。
そんな俺に、ドロシーは何故か加護を授けた。
体が光った瞬間に、不思議と“あぁ、俺は誰かに変身できるんだ”と思った。
ダニエルに屈する以外に道がなかった筈の俺が、“ダニエルを殺せるかもしれない”と‥久しぶりに希望を抱いた瞬間だった。
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