夏が燻る(完)

えだ

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第3話

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 そいつはマドンナ的同級生の妹だった。
美人で世渡り上手な姉と、美に無頓着な自然体の妹。
 小学生の頃から同じ地区だったし、仲間内同士が仲良かったから幼い頃は割と頻繁に皆で遊んだ。

 大人になってからは頻繁には会わなくなったけど、年に一回のBBQは毎年開催してる。

 ふいに姉の方が俺に近づき耳打ちした。蝉が一瞬鳴きやんだ気がした。そのくらい衝撃的だったひと言。

「谷地‥。あんたいつになったら素直になるわけ?いい加減私をダシにするのやめてくれない?」

「‥は?」

「老若男女に愛される天然人たらし‥なんてよく言うよね。あんたただの意気地なしの腹黒じゃん」

 もともとはっきり物申すタイプなのは知っていたけど、ここまでのパンチを貰ったのは初めてのことだった。

「‥‥まさか、お宅の妹さんのこと言ってる?」

 そう尋ねながら縁側で蚊取り線香を覗き込む妹に目をやる。年に一回、今年も見れた自然体な彼女の姿。

 愛しい、と思う。手を伸ばしたくもなる。
彼女は何故か俺を過大評価していて、俺はいつからか彼女が求めているような人間像を体現することに必死になった。

 彼女は俺を好きだけど、彼女は自身が俺に愛されることを望んでいるわけじゃない。
 その証拠に数年前、彼女は他の男と付き合っていたこともある。俺を見る視線の熱は変わらなかったくせに。
 それがずっと心に引っかかっていて、でも他の男といながらも俺を想っているあの目が無性に俺の胸を焦がした。

 俺が姉を想っていると誤解しているらしいけど、そのままでもいいと思った。

 彼女もまた、俺の元に踏み出せない。俺が彼女に踏み出せないように。

 向き合ったらこの互いの拗れた想いの強さが、いまとは形を変えてしまうかもしれない。

 そんな歪んだ想い。

「あの子、結婚するよ」

 姉がそう言って目を細めた。
そのひと言だけでぶわっと鳥肌が立つのが分かった。

 ーーー結婚?嘘だろ、だってまだ社会人になりたてだし、第一そんな相手‥‥

「おめでとうって言ってあげなよ」

 姉に背中を叩かれた。おっとっと、と足が数歩前に出る。目の前にはキョトンとした彼女の姿。

 結婚、するのか。
正直そんなのまだまだ何年も先のことだと思ってた。誰かのものになるのか。俺のこと、まだそんな目で見ているくせに。

 口を開く。でも言葉が出てこない。

「‥谷地?どーしたの?聞いてよ私今日もベッドから起き上がってクーラーつけたんだよ。すごいっしょ」

 へらへらと笑う彼女。
この自然体な彼女が堪らなく、

「好きだ」

「‥‥へ?あ、この蚊取り線香?いいよねこれ。普通の蚊取り線香と匂いが違うんだよ。これもこの時代ならではだよね」

 口数が多い。動揺している証拠だ。
だけど懸命にその態度を隠そうとしてる。

「‥‥俺、今まで逃げてた。ずっとおまえが好きだったんだ」

「‥‥え」

「‥‥結婚なんて、しないで‥」

「‥‥‥‥‥え?しないけど‥?」

「え‥」



 バッ、と姉を見る。ビールを豪快に飲み干した彼女はにやりと笑った。

「もうあんたら面倒くさすぎて。ごめんね」


 どういうこと?と首を傾げる妹。目と目が合っていて、その目は変わらず熱が篭っていて、俺は唸るような声をあげながら両手で顔を隠した。

 もう、逃げられないか。

 彼女が本当に誰かのものになってしまう前に、踏み出さないといけない。

「‥‥‥好き」

「う、そ‥だ‥」

 ーーー蝉が、煩い。
炭が一向に燃えずに、燻る煙が揺蕩う。ぼうっとする、くらくらもする。

 初めて踏み出せた、夏。
燻り続けた想いが、弾けた夏。この日俺は、初めて彼女の手を取った。


ー完ー

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