上 下
10 / 26

第9話 ロン、断る

しおりを挟む

 ホームルーム後、ここ数日おとなしかったサラが頬を少し赤くしながら俺の前にやってきた。

 そんなサラの様子を見て、俺の隣にいるエドがキョトンという顔をしてる。
 ちなみにエドというのは俺がいくら無愛想で過ごしていてもめげずに隣にいた同級生。今ではすっかりお友達。

「ロ、ロンくん!!来月私の誕生日パーティーがあるの。ロンくんにだけは直接手渡ししようと思って‥!!」

 もじもじしながらもそう言い切ったサラは、背後に隠していた両腕を前に突き出した。その手には洒落たリボンが施された包み紙があった。赤い封蝋で封じられたそれは、誰がどう見てもパーティーへの招待状だ。

 ーージェシーに意地悪をしたからサラが嫌い。‥と、それだけで済む関係ではないと分かってる。
 この国の公爵家に生まれた俺と、友好国の姫であるサラ。適当にあしらうことはできない。

「‥‥」

「‥受け取ってくれないの?」

 眉を顰めて真剣な顔をするサラは、周囲の興味津々な視線を気にすることもなく俺だけを見てた。

 ‥それだけサラの想いが強いんだ。

「ーー俺、婚約する人がもう決まってる」

「「え」」

 サラの声とエドの声が被った。というか、どちらかといえばエドの声量の方が大きかった。

 呆然とするサラの横で、エドが俺の両肩を揺らす。

「どういうことだよ?!聞いてないよ!!僕‥ロンの大親友だろ?!?!」

「‥大親友?誰が?」

「だから、ぼーくー!!!!」

 エドは真横で震えるサラが見えていないのだろうか。俺、お前に合わせてふざけている場合じゃないんだけど‥。
 
 波打つオレンジ色の髪を揺らすエドは、実はこの国の大神官様のひとり息子。‥と言っても父である大神官とは数回しか会ったこともないうえに、エドには神聖な力が全くないそうだけど。生まれを聞かなければ誰もがエドのことをごくごく平凡な少年だと思うだろう。

 普通の貴族とは少々立場が違うけど、どんなに高貴な家の生まれのやつでも流石にエドのことは一目置く。
 そんなエドに何故か気に入られた俺は、いつしかエドが隣にいるのが当たり前になっていた。

「ほ‥本当なの‥?」

 全力でぶつかってきたサラに対して、俺もしっかり答えるべきだと思った。

「うん。本当。‥‥パーティーには参加できるけど、俺はもう自分自身の婚約のこと、俺なりに真剣に考えてる」

 告白されたわけではない。
けど、わざわざ一国の姫が俺にだけ招待状を手渡ししてくるなんて普通のことだとは思えない。
 その証拠に、サラは「自意識過剰よ」と嘲笑うわけでもなく今にも泣き出しそうな表情で俺を見ていた。

「‥‥‥えー。‥‥あのぅ‥大丈夫?」

 この空気に耐えきれなくなったエドがサラに声を掛けた。ぽりぽりと顎辺りを指で掻いているエドは良くも悪くもマイペースな男だ。

「‥‥‥‥ええ」

 サラはなんとかエドに反応すると、招待状を持つ手を再び後ろに引っ込めた。

 長く垂れたサラの赤毛の前髪は、サラの涙までは隠してくれなかったらしい。ぽろりと落ちた涙に周囲は騒めき、サラはこの時ようやく取り囲む視線の多さに気が付いてその場から逃げるように去っていった。

「公開失恋じゃん」

「‥‥何も言わずに受け取ったら期待を持たせるだけだろ」

 周りの奴らだって、俺とサラのことを好き勝手に吹聴するに決まってる。そんな噂話がジェシーの耳に届くことだけは避けたい。

「うーーん。まぁねぇ。‥さすがロン‥10歳のくせに達観してる。‥‥はっ!!っていうか!!ロンの婚約者だれなの!!」

 エドはやる気のなさそうな垂れ目の瞳をカッと見開いた。

「‥言うわけないじゃん」

 周囲の視線を避ける為にも鞄を手に取り教室を後にする。エドは俺の隣で唇を尖らせながら「けち!」と異論を述べ続けた。

 本当‥どこからどう見ても大神官の息子じゃないよお前‥。まぁこのエドの“普通さ”が俺は割と気に入ってるんだけど。

「‥もしかしてぇ、ジェシーちゃん??」

「?!」

 エドはやる気がなさそうにヘラヘラしているタイプなのに、何故か無駄に鋭いところがある。まぁ俺とジェシーの関係性を知っていれば、すぐに思いつくことかもしれないけど。

「えぇ!やばっ!!!!」

 俺の反応を見てエドは相手がジェシーであると確信したらしい。

「‥‥なにがだよ」

「だってロン、ずっとジェシーちゃんのこと好きだったよねぇ!初恋の相手が婚約者って、ロマンチック~!」

「はぁ?!」

 エドの言葉なんかに動揺させられるのはすごく癪だけど、これは動揺せざるおえない。

「僕の目は誤魔化せないよ~。ロン、ジェシーちゃんにぞっこんだもん。ロンは一途だねぇ」

「ち、ちがっ‥!!」

 廊下の曲がり角、顔を真っ赤にして怒った俺の目に飛び込んできたのは、たまたま俺らの会話を聞いてしまったジェシーの真っ赤な顔だった。

「‥‥‥‥」

 何も言えないまま固まったジェシーを見て、全身の毛が逆立ちそうになる。

「わぁ。ごたいめ~ん」

 ヘラヘラっと笑うエドに殺意すら湧く。

「‥‥‥‥‥‥なに突っ立ってんの」

 なんとか平静を装った俺の口から出たのはそんな台詞。

「あ、えっと‥‥ば、馬車、きてるよ」

 俯き気味に話すジェシーは、明らかに動揺していた。完全に聞こえてたじゃんこれ‥。

「‥‥‥‥えーっと?じゃあ仲良くね!お二人さん!」

 ばいばぁい、と手を振るエドは意気揚々と小走りでその場から離れていった。

「‥‥‥行かないなら俺先に行くけど」

「えっ、いや‥私も、行く」

 互いにそっぽを向いたままだけど、意識は向き合ってる不思議な感覚。

「‥‥‥‥聞こえた?」

「‥‥‥え、なにが?」

「‥‥俺別に‥ずっと好きだったとか、そんなんじゃないから」

 そう言わないと、とてもじゃないけど耐えきれない。ジェシーの顔を見ないままそう言うと、ジェシーは「分かってるよ」と言った。

 うそ、本当はずっと好きだった。

 そう言いたいけど、俺の口は滅多に素直にならない。今日はもう、エドのせいで一杯一杯だった。

しおりを挟む

処理中です...