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第11話 ロン、結ぶ

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 成長に伴って母たちのお茶会に同席する機会がめっきり減った為、俺がジェシーの屋敷に顔を出す機会も減っていた。
 登下校の馬車でジェシーの屋敷の前を通っても、俺は馬車から降りないから大きな玄関を外から眺めるだけだった。

 だからこうして屋敷の中に招かれるのは割と久々なこと。

 いよいよ俺たちの婚約が間近に迫ったらしく、今日は父と母と共にジェシーの屋敷にきたのだ。

 父と母はいつもと全く変わらない様子でいるけど、俺はそうもいかない。さっきから自分の鼓動の音が周囲に漏れている気がするほどに緊張してる。

 ここ数日のジェシーは俺を男だと意識し始めてくれた気がするけど、だからといってジェシーがこの婚約を受け入れてくれるかは分からない。

 家族ぐるみで非常に仲が良いからこそ、「ロンと結婚したくない」というジェシーの主張が簡単に通ってしまうのだ。

 他所の令嬢相手なら兎も角、父と母は「あらあら、ジェシーがそう言うなら仕方ないわね」とジェシーをむしろ擁護してしまうだろうし。

 ーーーだから今の俺にできることは、心の中で祈ることのみ。
‥お願いジェシー、拒否しないで‥と。

「やぁ!待たせたね!!」

 俺たちが待機していた応接間に軽快に登場したのは叔父さんだった。その隣で柔らかく微笑む叔母さんはやっぱりジェシーに雰囲気が似てる。

 叔父さんも叔母さんも小柄な方なのに、どうして三つ子達は皆大柄なんだろうか。よく食べてるからか?

「レックス様、アリー、ロンくん、ようこそ~」

 にこっと笑う叔母さんの隣にジェシーはいなかった。

「突然お邪魔することになってすみません」

 父がそう言うと叔父さんはニコニコしながら首を横に振った。叔父さんも叔母さんも笑顔が絶えないから、自然と温かい空気が漂っている。このメンバーの中でガチガチに固まっているのは間違いなく俺だけだ。

「今日ジェシーは不在なんですの?」

 母がそう尋ねると、叔母さんは小さく頷いた。

「そうなの‥。ごめんね、アリー、ロンくん‥。マティアス様がジェシーは絶対に参加させないって言うから‥」

「ジ、ジュリア!それは秘密だってあれほど口裏を合わせたじゃないか~!」

 叔母さんのカミングアウトに叔父さんはあからさまに狼狽えた。ちなみにマティアス様というのは叔父の名前である。

 そうか‥叔父さんの意思でここにジェシーはいないんだ。‥でも、なんでだろう。まぁこうして両家総出で顔合わせをする方が本来珍しいんだけど。

「あら。マティアス様‥ジェシーに聞かせたくない話でもあるのかしら」

 母が扇で口元を隠しながら微笑むと、叔父さんは困ったように息を吐いた。気持ちを落ち着かせるように細く長く息を吐き切ると、叔父さんは目を細めたまま俺を見つめた。

「‥‥ロンくん。俺はね、正直ジェシーをどこにも嫁がせたくない」

「え‥」

「あんなに可愛い娘は‥他にいない‥!!」

「‥‥そ、それは分かりますけど‥」

 まさか“どこにも嫁がせたくない”と言われるとは思わなかった。ジェシーが愛されて育てられたのは分かっていたけど、叔父さんは俺の想像以上にジェシーを深く愛しているようだ。

「もう‥マティアス様、貴族の娘は嫁ぐのが仕事ですよ。むしろ嫁がなければ笑い者にされるのはジェシーなんですから」

 叔母さんはそう言い終わると、むぅ、と頬を膨らませた。

「わ、わかってる!それでも嫌なんだ!‥‥‥ロンくんと結婚すればジェシーが嫁いでもすぐ目と鼻の先にいてくれるし、他国の貴族の元に嫁いで一生会えないなんてことがないのも分かってる。ロンくん程条件のいい結婚相手はいない‥!いずれ誰かと結婚するなら、相手はロンくんだけだ!!‥‥だけど‥まだ嫌なんだ!!」

「‥‥ジェシーに悪い虫がつかないようにする為にも、早めに俺と婚約したほうがいいと思いますけど」

 気付いたら先程までの緊張はいつのまにか消えていた。必死な叔父さんを見ているうちに冷静になれたのかもしれない。

「‥‥分かってる‥!だから婚約の話は進めよう‥。しかし、結婚はまだまだ先だ!!」

 俺はチラッと父と母を見た。2人とも静かに紅茶を啜りながら叔父さんを薄目で見ていた。

「‥‥レックス様、アリー、ロンくん‥。ごめんね、マティアス様は頑固なの。今話した通り、婚約は直ぐにでもしましょう‥!でも結婚はせめて2人がもう少し大人になってから‥」

 叔母さんが叔父さんをフォローするかのようにそう言うと、叔父さんは力強く頷いて口を開いた。

「結婚するまではキスも無し!!手を繋ぐのも駄目!絶対!!」

 ‥童顔気味の叔父さんは見た目よりも更に若く見える。現国王の王弟であり間違いなく相当高貴な人の筈なのに、なんだろう‥言葉選びのせいかな‥‥威厳が全くない。

 周りの大人たちが苦笑いを浮かべる中、俺は叔父さんの言葉に素直に頷いた。

「分かりました。それで婚約を認めてくださるなら」

「っ‥。‥‥あ、あともうひとつ条件がある」

「はい」

「俺は父親として出来る限りジェシーに幸せに暮らしてもらいたい‥!よって婚約後‥ジェシーがもしもロンくんとの結婚を拒んだ際はその気持ちを汲んでやりたい」

 母や叔母さん達の過去の話をチラッと聞いたことがある。本当は叔母さんと俺の父が婚約をしていたけど、婚約を解消してそれぞれの想い人と結ばれたんだとか。
 つまりこの場に居合わせた大人たちは皆、貴族でありながら自ら選択して恋愛結婚を掴み取った人たち。

 ジェシーにも同じように幸せになってもらいたいと願う気持ちは勿論理解できる。

「分かりました。‥‥でも俺、絶対婚約解消なんてさせませんから」

「そ、そうならないように頑張るんだな」

「もちろんです」

 叔父さんは屋敷を出る間際まで「やっぱりこの話はなかったことにしないか」とか何とか言っていたけど、そこは父が「いい加減諦めてください」と制してくれた。

 こうして俺は、ジェシーと正式に婚約を結ぶことができたのだった。

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