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第12話 ロン、気付く

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 俺が10歳、ジェシーが12歳。
この年に俺たちは無事に婚約をした。

 果たして婚約者という名称が“夫婦”になるまであと何年かかるんだろう。叔父さんのことだからあと5年くらいはかかるかも。下手すりゃもっとかかるかもしれないけど、さすがにそれ以上は「早く結婚させて」と急かしちゃうかもしれない。
 だって俺にとっては1ミリたりとも政略結婚なんかじゃないから。これは俺にとって立派な恋愛なんだ。
 手だって繋ぎたいし、キ、キスだってしたいよ。そりゃ、いつかは。

 俺たちの婚約の話はすぐに周囲に広まって、学園内でも俺たちの噂でいっぱいだった。
 ジェシーは少し照れたり戸惑ったりしながらも、周囲には「お父様達が決めたことだから‥」と漏らしてる。

 本当は声を大にして“そうではない”と言いたい。でも今のジェシーに俺の全力の気持ちを伝えても、互いが抱く気持ちに差が有りすぎて引かれてしまう気もした。

 それに、まず大前提として‥

「ロン!本当におめでとう!!よかったね~!」

「は?別に。親同士が決めたことだし」

 エドに対してですらこうだ。恋心を実らせて婚約まで漕ぎ着けたけど、照れて照れて仕方がない。顔が緩まないようにする為にも、俺はこんな態度を取るしかなかった。

 サラもめっきり絡んで来なくなり、遠巻きにジェシーを見て頬を赤くしていた男子たちも可能性を失い肩を落とした。

 婚約を結んだことで何もかもが上手くいったと確信した10歳の頃からあっという間に5年が経った。

 俺は15歳、ジェシーは17歳。この5年の間に身長はジェシーを優に超えた。10㎝くらいの身長差を作ることに成功したけど、俺はまだまだ伸び盛りだからこれからもっと大人の男っぽくなっていく筈だ。
 高かった声も低くなったし、見た目の年齢だってジェシーとまったく変わらないと思う。

 ジェシーはもちろんすっごく綺麗に成長した。いつも隣でふわふわと良い匂いを醸し出してるし、柔らかく笑うと周囲に花が咲くようだし、丸くて優しげな瞳はいつだって俺を吸い込もうとする。
 おかげで未だにジェシーの目がうまく見れない。

 この5年の間に、ジェシーは随分と態度が丸くなった。幼い頃は顔を合わせるたびに喧嘩をしていたような時期もあったけど、今はお互いがお互いに優しくできるようになったと思う。

 さて俺は今どこにいるかというと、ジェシーの屋敷の応接間にいる。理由はひとつ。叔父さんに直談判する為だ。

「どうしたんだ?ロンくん」

 俺の目の前で何が何でも惚けようとする叔父さんに、今日は正直に物申すつもりだ。

「叔父さん。いつになったら結婚を許してくれるんですか」

「うっ!」

「俺たちは婚約してもう5年が経つし、もう結婚適齢期です。そろそろ結婚させてください」

「っ‥。遅かれ早かれ、こんな日が来るのは分かってた‥。ーーーだが!!!あと1年で学校も卒業だ。卒業と同時というタイミングではどうだろう」

「別に卒業を待たずとも‥。周りでも学生結婚をしている者も増えてきました」

「‥‥‥いいかい?ロンくん。むしろあと1年の猶予を与えてやると言っているんだよ」

「‥‥え?」

 猶予‥?一体どういう‥

「君が俺の言いつけを守ってジェシーに指一本触れていないことも、ジェシーを想うが故に照れてうまく話せなくなるというのも理解はしているつもりだ。でも一体それはいつまで続くんだ‥?娘がデレデレする姿なんて見たくないからこれまで口を出さなかったが‥‥ロンくんはジェシーの婚約者だけど、ジェシーの恋人にはなれていないんだよ!!!!そんなの、政略結婚と変わらない!!」

 政略結婚と‥変わらない‥‥!?
た、確かに、ジェシーとの関係性はずっと変化のないままだったけど‥

「そ、それは、言いつけを守れるように抑えていただけで‥結婚後は今までとは変わります」

「本当にそうだと言い切れるか?君はその言葉通り“敢えて”ジェシーから距離を取っているのかな?ーー残念ながら俺にはそうは見えない!!“敢えて”じゃないんだよ君は。“照れて”なんだよ!!ということはつまり、結婚してからも関係は変わらないだろ!!結果ジェシーは愛情不足で不幸せ!!だめだ!やっぱり君との結婚は認められない!!‥‥そうだ、うん!ジェシーはやっぱりどこにも嫁がない!これが皆が幸せになる方法だ!」

 目眩がしそうになった。
確かにそうかもしれない。変わらないかもしれない。俺はいつまでも一方的にジェシーを好いたまま、照れるのが嫌で踏み出せないままかもしれない。

 なんてこった。

 照れた姿を見られたくなかったけど、そんなの俺のエゴだったんだ。ジェシーの幸せを思うならこのままじゃ駄目だ。

「叔父さん‥」

「な、なんだ‥」

「気付かせてくれてありがとうございます。残りの1年間‥全力で、頑張ります‥!」

「‥え?」

「照れても‥いいです!!ジェシーを失うくらいなら、むしろ照れてやります!!!叔父さん、ありがとうございます!ではまた!!!」

 颯爽と飛び出すと、廊下で早速ジェシーを見つけた。ふわ、と揺蕩うジェシーの髪。これだけで頬が火照りそうになるのだから、俺はつくづく病的に片思いをしているのだと思う。
 知らぬ間に拗れていた。ジェシーに嫌われないように、拒否されないように。照れてしまうから感情を出さないように。

 こんなんだったから、ジェシーは未だに俺の想いに気付いていないだろ。

「ロン??びっくりした。来てたんだね」

「‥‥‥うん。叔父さんに話があっただけ。ジェシーに会いに来たわけじゃない」

「あ、うん‥」

「‥‥‥でも、会えて嬉しい」

 ボンっと顔から湯気が出た気がした。そんな俺を見て、ジェシーまで顔を赤く染めている。

「ど、ど、どうしたの、急にそんなこと‥」

 狼狽えているジェシーが可愛い。可愛くて可愛くて堪らない。

「‥‥‥‥ジェシーと早く結婚したいって叔父さんに言いに来た。ジェシーのこと‥好きだから。‥‥だから、ジェシーの顔、見れてよかった」

「‥っ?!」

 ジェシーは口元に手を当てて心底驚いているみたいだった。俺の言葉でジェシーが赤くなってくれた。‥嬉しい。恥ずかしいけど、よかった。

 叔父さんが扉の隙間から俺たちを見てシクシクと涙を流していたことには気付かないまま、俺は気付かせてくれた叔父さんに心から感謝していた。

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