前世は勇者の母だった(完)

えだ

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第3話

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 私の腕の中にいる子供はそれはもう盛大に暴れた。
突然抱きつかれたらまぁそうなるか。平気で暴言を吐くところや反抗心があるところを見ると、恐らく奴隷になったばかりなんだろう。奴隷歴が少しでもあれば主人にこんな態度は取れないはずだ。

 歳は5~6歳程だろうか。この子は勇者ではないが、グレイディ家の子供であるという時点で、私の魂に宿ったままの“勇者の力”を受け取る能力がある。つまり、この子供も勇者になれるのだ。

「お前は今日から私のものだ」

 他の人に渡してなるものか。大切に大切に育てあげてやる。
自分の子供にしてやれなかったことを、全てこの子に‥

「離せよっっ!!離せっっ!!」

 あまりにもバタバタと暴れるものだから、私はその体を自由にしてやることにした。本当はもっと抱きしめていたかったが、その前にやるべきことがある。

「とりあえずこんな劣悪な環境とは一刻も早くおさらばしよう」

「は?」

 この地下の部屋は至るところに蜘蛛の巣が張っており、床の木の板もところどころ抜け落ちている。埃と黴の匂いの他に、ツンと鼻につく嫌な匂いもあった。立ち入り禁止部屋だからこそ、換気や掃除なんかはされていないのだ。
 こんなところから、一刻も早く未来の勇者を非難させねば。

「おーい、お前ら」

 そう言ってジェフとダンを呼ぶ。彼らは私の命令通りに子供を担ぎ上げて浴室へと連れて行った。

「どこに連れて行く気だっ!!離せっ!!」

「悪いことはしない。とりあえず汚れを落とすだけだ。
お前は本来もっと美しいはずだからな」

「はぁっ?!」

 この子供の容姿を見て確信する。猫のような大きな二重に、長い睫毛。鼻筋の通った形の良い鼻に、果実のような唇‥。
 オズバーン家もグレイディ家も、勇者一族たちは何故か皆美形なのだ。それは50年以上経った今も同じらしい。
 この子供は今は薄汚れていてボロボロだけど、磨けば恐らく相当眩しいはず。

 大きな浴槽がある浴室に入ると、ジェフとダンは少し狼狽えた。

「アデルお嬢様‥良いのでしょうか‥こちらの浴槽を使うなど‥‥」

「良いに決まってるだろ」

「しかし、こちらは旦那様お気に入りの‥」

「父上の宝である私のが入るのだからいいのだ」

「‥ですが‥‥」

「‥‥ならいい。私がこの子供を洗ってやるとしよう」

「そ、それはいけません!」

 結局こうして折れるんだから最初から折れればいいものを‥。
 服を脱がされていく子供の姿を当たり前のように眺めていると、子供はまた顔を真っ赤にして吠えた。

「なに見てんだよ!!つーか離せよ!やめろっ!!!」

 うむ。元気があってよろしい。体はか細いが境遇を想像すれば致し方あるまい。これからは鱈腹食べさせて肥えさせてやらねば。勇者としての肉体作りは険しいからな!

「応援しているからな」

「何がだよ!!っつーか見るなって!あぁ!!脱がせるなよ!おいっ!!」

 全てが露わになると、子供は何故か顔を真っ赤にして半泣き状態になった。何をそんなに恥ずかしがっているんだ‥?

「どうした。何がそんなに嫌なんだ?泡か?それとも湯か?」

 首を傾げる私に、ジェフが申し訳なさそうに呟く。

「‥‥その、アデルお嬢様は異性でありますから‥」

「!!!」

 なんと!そうか、そうだったか。
勇者の母だった記憶を持つ私からすれば、この子供もまだ幼く“子供”でしかなかったのだが。もう羞恥心を抱いているのだな。私が息子の母でいれたのはほんのひと時だったから、赤ん坊の姿しか知らない。これからもっと子供について学んでいく必要があるな。

「‥‥悪かったな、私は部屋で待つとしよう。
終わり次第呼んでくれ」

「「は、はい!」」

 私は部屋に戻るなりメイドに至急子供服を用意するよう伝えた。
元々うちは商家。衣類も扱っていて倉庫には子供服もあるだろう。私の名を使えば簡単に手に入るはずだ。

 ジェフとダンが入念に子供を洗ってくれていたのか、全速力で駆けて行ったメイドのマリアナが服を届けに行った時にはまだ入浴中だったらしい。

 ートントントン、と扉がノックされた。

「アデルお嬢様、着替えが終わりました」

「入れ」

 私はカップを手にしてソファに腰掛けながら、扉の方を眺めていた。一体さっきの薄汚れた子供がどこまで綺麗になっているんだろうと。

 進みたくないと足を動かさない子供を、ジェフとダンが2人がかりで運んできてくれた。下を向いているが、まるで何年かぶりに手入れをされた犬のように、明らかに毛質が違う。陽の光に照らされたグレーの髪は、白銀といった方が似合うだろう。
 酷く汚れた奴隷服とは違い、清潔感溢れるシルクの真っ白なシャツに、紺色のズボン。一気に良いところのお坊ちゃんに成り上がったな。うちが商品として取り扱う服は金持ち向けのものばかりだから、物はいいのだ。

「気分はどうだ?」

 私が子供に声をかけると、子供はやっと顔を上げた。
うむ。まるで天使のようだな。私の息子も成長すればこのような美形だったのだろうか。でもまぁ、息子の場合はオズバーン家だから髪は黒だな。この白銀の髪が天使を彷彿させるんだろう。

「‥‥最悪だ」

 そう言ってぷいっと目を逸らしたものの、先ほどのように暴れることはないようだ。少なくとも私に対して“害はない”と認識してくれたのかもしれない。

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