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88話 腕
しおりを挟む俺達はまたあの機会だらけの部屋へと戻ってきた。
相変わらずあの腕は部屋の中心に異様な雰囲気を醸し出しながら存在している。
あれを陽夏は嫌なものと言ったが、俺はやはりそうは思えなかった。
どちらかと言うとあれは酷く愛おしく…………。
「晴輝、ここまで来たのはいいけど、これからどうする?」
「あぁ、考えてみたんだが、あの腕を取り出してみようと思うんだ。」
「えっ!?」
陽夏は酷く驚いた様子を見せる。
仕方が無いことだろう。
俺だってあれに何かをするのには不確定要素が多すぎて危険だということはわかっている。
それでも、やはりあの腕が中心なのは明らかだ。
あれがこのダンジョンの中心であるのは確かだろう。
「待って、晴輝。やっぱり晴輝が犠牲になるような作戦は許せない。今ならまだ一旦ホテル街に戻って他の人に協力を仰ぐことだって出来るでしょ? そんなに急がなくったって…………。」
「確かにそれはそうだ。だけど考えてみろ、俺達には時間が無いはずだ。今ホテル街では陽夏と俺という…………まぁ、自分で言うのもなんだが、非常に強い2人が居ないんだ。その状態をずっと続けていればあのホテル街は壊滅してしまうだろう。だから俺達はすぐにでも帰らなければいけないんだよ。」
確かに陽夏の言うことも最もだが、それをすると陽夏と俺という戦力の他に更に戦力を割かなくてはいけなくなる。
ホテル街にはそんなことをする余裕は無いはずだし、援助を要請しても通らない可能性が高い。
それに、今も着々とホテル街の人達は破滅へと向かっているはずだ。
それを放置する訳にはいかない。
しかし、この腕も放置する訳にはいかないだろう。
これにはあの謎の箱に似た不思議さを感じる。
これは1種の賭けになるが、この腕に何か干渉すれば何か俺達の状況が好転するような事が起こるかもしれない。
「陽夏は少し離れていてくれ、俺なら少し死にかける程度なら死なない。」
「ちょっと待って! だからといって晴輝がやる必要は無いじゃない! 別に私がやったって!」
「ダメだ! …………すまない、急に怒鳴ってしまって。陽夏、これ以上俺は大切な人を失いたくは無いんだ、身勝手なのは分かっている。だが、危険な事は俺に任せてくれ。頼む…………。」
「…………。」
俺が陽夏にそう言うと陽夏は黙ってしまう。
こんな事を言うのは少しずるいよな。
優しい陽夏ならこんな状況の俺を無理には止められないだろう。
俺は心の中で陽夏に謝りつつも、行動を起こす。
俺は鞄を少し離れたところに置き、何時でも逃げられる準備はした。
とはいえ俺はそこまで心配をしていなかった。
何でかは分からないが、少なくともその腕が危険なようには見えなかったのだ。
どこからどう見ても安全とは言えないようなものだが、それでも何故か危険だとは思えなかった。
さて、そろそろやるか。
俺はその液体の中に手を入れた。
「くっ!?」
何かを吸われる感覚。
よく分からないが体を脱力感が襲う。
すぐさま体を治そうとするが、脱力感は消えない。
グルグルと回る思考を放棄し、今の事に集中する。
はぁ、こうなってしまっては仕方が無い。
俺は思い切って液体の奥に手を突っ込んだ。
液体とは違う柔らかい感触。
液体に浸っていた腕を掴んだようだ。
俺は耐えきれずに腕を一気に引き抜く。
「うわぁっ!?」
液体が飛び散り俺の身体中にかかる。
身体中にかかった液体は俺から何かを吸い取り、気体となって蒸発し消えていった。
「晴輝っ!?」
陽夏が駆け寄ってくる。
「まだ近付くな!」
俺は陽夏を止める。
こんな謎の液体に陽夏を触れさせる訳にはいかない。
少なくともこの液体は安全なものでは無い。
俺の勘はそう言っているし、何より自分でも体験した。
しかし、陽夏は止まらない。
「おい、止まれ!」
「ダメ! また体が勝手に動くの!」
そう言って陽夏は明らかにおかしな挙動でこちらに向かってくる。
くっ、またか!
さっきもそうだが、陽夏はこの腕に引き寄せられている。
陽夏がその腕に触れようとする。
俺は必死に陽夏から腕を離そうとするが、脱力感が酷く、上手く体が動かせない。
そのまま陽夏は腕に触れてしまった。
「…………?」
なんだ、これは。
俺の頭の感覚が書き換わる。
その腕が元々陽夏のものだった様な、陽夏がその腕だったような…………少なくとも俺が知覚できる範囲の事象では無かった。
「は、晴輝、私どうなっちゃうの?」
陽夏の声は震えていた。
「大丈夫だ、何かあっても俺が何とかする!」
何が起こるかどうかは分からない。
俺が何とか出来る事じゃないかもしれない。
それでも絶対に何とかする。
陽夏は俺が守る。
直後、陽夏が頭を抑えて呻き始める。
「陽夏!」
「うぅっ、あぁっ!」
俺はすぐさま陽夏を治す。
すると陽夏の様子は少しづつ落ち着いていった。
この調子だ。
俺は陽夏を治し続ける。
少し経ち、陽夏の様子が大分良くなった時、いきなり陽夏は何かの糸が切れたかのように倒れた。
「陽夏! 陽夏!!」
俺はそれを見ながらただ治す努力をする事しか出来なかった。
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