87 / 214
88話 腕
しおりを挟む俺達はまたあの機会だらけの部屋へと戻ってきた。
相変わらずあの腕は部屋の中心に異様な雰囲気を醸し出しながら存在している。
あれを陽夏は嫌なものと言ったが、俺はやはりそうは思えなかった。
どちらかと言うとあれは酷く愛おしく…………。
「晴輝、ここまで来たのはいいけど、これからどうする?」
「あぁ、考えてみたんだが、あの腕を取り出してみようと思うんだ。」
「えっ!?」
陽夏は酷く驚いた様子を見せる。
仕方が無いことだろう。
俺だってあれに何かをするのには不確定要素が多すぎて危険だということはわかっている。
それでも、やはりあの腕が中心なのは明らかだ。
あれがこのダンジョンの中心であるのは確かだろう。
「待って、晴輝。やっぱり晴輝が犠牲になるような作戦は許せない。今ならまだ一旦ホテル街に戻って他の人に協力を仰ぐことだって出来るでしょ? そんなに急がなくったって…………。」
「確かにそれはそうだ。だけど考えてみろ、俺達には時間が無いはずだ。今ホテル街では陽夏と俺という…………まぁ、自分で言うのもなんだが、非常に強い2人が居ないんだ。その状態をずっと続けていればあのホテル街は壊滅してしまうだろう。だから俺達はすぐにでも帰らなければいけないんだよ。」
確かに陽夏の言うことも最もだが、それをすると陽夏と俺という戦力の他に更に戦力を割かなくてはいけなくなる。
ホテル街にはそんなことをする余裕は無いはずだし、援助を要請しても通らない可能性が高い。
それに、今も着々とホテル街の人達は破滅へと向かっているはずだ。
それを放置する訳にはいかない。
しかし、この腕も放置する訳にはいかないだろう。
これにはあの謎の箱に似た不思議さを感じる。
これは1種の賭けになるが、この腕に何か干渉すれば何か俺達の状況が好転するような事が起こるかもしれない。
「陽夏は少し離れていてくれ、俺なら少し死にかける程度なら死なない。」
「ちょっと待って! だからといって晴輝がやる必要は無いじゃない! 別に私がやったって!」
「ダメだ! …………すまない、急に怒鳴ってしまって。陽夏、これ以上俺は大切な人を失いたくは無いんだ、身勝手なのは分かっている。だが、危険な事は俺に任せてくれ。頼む…………。」
「…………。」
俺が陽夏にそう言うと陽夏は黙ってしまう。
こんな事を言うのは少しずるいよな。
優しい陽夏ならこんな状況の俺を無理には止められないだろう。
俺は心の中で陽夏に謝りつつも、行動を起こす。
俺は鞄を少し離れたところに置き、何時でも逃げられる準備はした。
とはいえ俺はそこまで心配をしていなかった。
何でかは分からないが、少なくともその腕が危険なようには見えなかったのだ。
どこからどう見ても安全とは言えないようなものだが、それでも何故か危険だとは思えなかった。
さて、そろそろやるか。
俺はその液体の中に手を入れた。
「くっ!?」
何かを吸われる感覚。
よく分からないが体を脱力感が襲う。
すぐさま体を治そうとするが、脱力感は消えない。
グルグルと回る思考を放棄し、今の事に集中する。
はぁ、こうなってしまっては仕方が無い。
俺は思い切って液体の奥に手を突っ込んだ。
液体とは違う柔らかい感触。
液体に浸っていた腕を掴んだようだ。
俺は耐えきれずに腕を一気に引き抜く。
「うわぁっ!?」
液体が飛び散り俺の身体中にかかる。
身体中にかかった液体は俺から何かを吸い取り、気体となって蒸発し消えていった。
「晴輝っ!?」
陽夏が駆け寄ってくる。
「まだ近付くな!」
俺は陽夏を止める。
こんな謎の液体に陽夏を触れさせる訳にはいかない。
少なくともこの液体は安全なものでは無い。
俺の勘はそう言っているし、何より自分でも体験した。
しかし、陽夏は止まらない。
「おい、止まれ!」
「ダメ! また体が勝手に動くの!」
そう言って陽夏は明らかにおかしな挙動でこちらに向かってくる。
くっ、またか!
さっきもそうだが、陽夏はこの腕に引き寄せられている。
陽夏がその腕に触れようとする。
俺は必死に陽夏から腕を離そうとするが、脱力感が酷く、上手く体が動かせない。
そのまま陽夏は腕に触れてしまった。
「…………?」
なんだ、これは。
俺の頭の感覚が書き換わる。
その腕が元々陽夏のものだった様な、陽夏がその腕だったような…………少なくとも俺が知覚できる範囲の事象では無かった。
「は、晴輝、私どうなっちゃうの?」
陽夏の声は震えていた。
「大丈夫だ、何かあっても俺が何とかする!」
何が起こるかどうかは分からない。
俺が何とか出来る事じゃないかもしれない。
それでも絶対に何とかする。
陽夏は俺が守る。
直後、陽夏が頭を抑えて呻き始める。
「陽夏!」
「うぅっ、あぁっ!」
俺はすぐさま陽夏を治す。
すると陽夏の様子は少しづつ落ち着いていった。
この調子だ。
俺は陽夏を治し続ける。
少し経ち、陽夏の様子が大分良くなった時、いきなり陽夏は何かの糸が切れたかのように倒れた。
「陽夏! 陽夏!!」
俺はそれを見ながらただ治す努力をする事しか出来なかった。
2
あなたにおすすめの小説
【完結】神スキル拡大解釈で底辺パーティから成り上がります!
まにゅまにゅ
ファンタジー
平均レベルの低い底辺パーティ『龍炎光牙《りゅうえんこうが》』はオーク一匹倒すのにも命懸けで注目もされていないどこにでもでもいる冒険者たちのチームだった。
そんなある日ようやく資金も貯まり、神殿でお金を払って恩恵《ギフト》を授かるとその恩恵《ギフト》スキルは『拡大解釈』というもの。
その効果は魔法やスキルの内容を拡大解釈し、別の効果を引き起こせる、という神スキルだった。その拡大解釈により色んなものを回復《ヒール》で治したり強化《ブースト》で獲得経験値を増やしたりととんでもない効果を発揮する!
底辺パーティ『龍炎光牙』の大躍進が始まる!
第16回ファンタジー大賞奨励賞受賞作です。
召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~
さとう
ファンタジー
生まれながらにして身に宿る『召喚獣』を使役する『召喚師』
誰もが持つ召喚獣は、様々な能力を持ったよきパートナーであり、位の高い召喚獣ほど持つ者は強く、憧れの存在である。
辺境貴族リグヴェータ家の末っ子アルフェンの召喚獣は最低も最低、手のひらに乗る小さな『モグラ』だった。アルフェンは、兄や姉からは蔑まれ、両親からは冷遇される生活を送っていた。
だが十五歳になり、高位な召喚獣を宿す幼馴染のフェニアと共に召喚学園の『アースガルズ召喚学園』に通うことになる。
学園でも蔑まれるアルフェン。秀な兄や姉、強くなっていく幼馴染、そしてアルフェンと同じ最底辺の仲間たち。同じレベルの仲間と共に絆を深め、一時の平穏を手に入れる
これは、全てを失う少年が最強の力を手に入れ、学園生活を送る物語。
帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~
さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。
キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。
弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。
偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる