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第三章
第二十三話 悪夢の再来
藤二藍の空が広がり、陽光が徐々に昇ってくる。終わったのだと薫子は力なくしゃがみ込んだ。
(この戦いで一体私達は、何を得たのだろう)
焼け野原になってしまった森の中で、ボロボロの爪雷を抱えて座り込む蛇歌。あまりの痛々しい様に涙が溢れた。
「………」
無言で邪気を吸い出し続ける水蛇が、徐々に形が歪んでいく。
「頼む、まだ持ってくれ」
荒い息でそう呟いた蛇歌。彼女もまた力の限界だった。
「爪雷…は」
掠れた声が聞こえ、そちらを見ると十六夜に抱えられた風牙が居た。暗い面持ちの十六夜は、そっと爪雷の隣に彼を寝かせる。風牙は爪雷の焼け焦げた手を握りしめた。
「兄…上、兄上、あにうえ…」
涙ながらに呼び掛け続ける風牙。十六夜は辛そうな顔で力無く傍らに膝を付いて俯く。
遠くを見ると、茜鶴覇達が血相を変えてこちらへ向かってきているのが分かった。全員無傷とは程遠い姿ではあるが、自身で走れる程度には無事だというのが分かる。
心から喜びきれぬこの状況に薫子は心が壊れてしまいそうだった。
徐ろに立ち上がり、茜鶴覇の元へヨロヨロと向かう。茜鶴覇も薫子が無事な様子を見て駆け寄った。
「茜鶴覇、様」
泣きじゃくる薫子を抱きしめ、目を細める。
「泣くな薫子。爪雷は助かる」
茜鶴覇はそう呟くと薫子をそっと抱きしめて離れた。そして蛇歌の隣に座ると、彼の胸に手をそっと当てる。太陽のような炎が爪雷の中へと流れ込み、邪気の煙がどっと溢れた。水蛇たちは此処ぞとばかりに煙を取り込み浄化させる。
やがて煙が消えると、漸く肌が修復され始めた。浅かった呼吸が徐々に元に戻り、薄っすらと目を開ける爪雷。視点が合わず、辺りを見渡した爪雷は蛇歌を認識して口を開く。
「…………あま、おろち」
意識を取り戻した爪雷に、周りは目を見開いた。
「爪雷…」
「………」
涙をポロポロと流す蛇歌を見上げ、乾いた笑みを零す。
「情けねぇ。体が、動かねぇわ。涙拭ってやれなくて悪い…」
「本当だよ、全く……情けない男だね。おかげでアタシの顔が酷い有様だよ」
蛇歌は爪雷の顔にかかった髪を退け、彼の額に自分の額を付けた。
「馬鹿……」
その様子を見ていた風牙はやっと緊張が解けたような笑みを浮かべる。
「爪雷…良かった」
安堵から来たのか、一気に疲労感がやってくる。風牙ももう起き上がれないようだった。
「兄弟揃って伏したか」
「うるせーな…」
十六夜も疲労を含んだ声音でフッと笑ってからかう。気まずそうに口を歪ませた爪雷が言い返した。
薫子はまだ油断を許さぬ重傷とはいえ、意識を取り戻した爪雷の姿に安堵する。風牙も爪雷が回復すれば少しは動けるようになるだろう。
そうして誰もが気を緩めていた。もう何も起きまいと安心していた。全て終わったのだと、確信していた。
「……茜鶴覇、様?」
「………」
胸を押さえたと思った瞬間、茜鶴覇は突然吐血した。足元にボタボタと黒い血液がシミを作り、大きく身体を揺らして地に倒れ込む。一拍を置いて、皆が青ざめた。
「おい、茜鶴覇!」
圓月が駆け寄り肩を揺する。口から呻き声を零し、苦しげに胸を押さえる茜鶴覇。心臓の辺りから黒い瘴気の煙が上がった。
「……これは」
十六夜の顔が絶望の色に変わる。その光景は四千年前と酷似していた。
「その瘴気に触れるな…!触れれば死ぬぞ」
十六夜の発言に、全員が息を呑む。
「まさか、これは」
薫子は自身の息が浅くなっていくことに気づく。
(これは、恐らく)
「……神殺しの毒」
爪雷が目を見開いて呟いた。
「でもなんで、どうして。桜花さんが封印した筈じゃないんですか」
薫子の声音が震えていく。足に上手く力が入らない。
「懴禍の瘴気に中てられて、封印が解け始めている」
そう言ったのは岳詠穿だった。茜鶴覇の傍らに膝を着くと、印を組んでいく。
その途端茜鶴覇の呻き声が収まり、荒い呼吸を繰り返し始めた。
「今封印を無理やり重ねがけして封印した。だが解けるのも時間の問題だ。何か策を練らねば茜鶴覇は死ぬ」
(死ぬ、茜鶴覇様が)
その事実を叩きつけられ薫子はその場に座り込んだ。
(こんな時にも私は何もできない)
桜花は自身の命と引き換えに助けた。しかしどれだけ望んでも薫子はそれすらも出来ない。目の前で苦しむ茜鶴覇を眺めるしか出来ないのである。
「策……」
亜我津水が眉を顰めた。
「策があるかはわからないけど、頼ってみる価値はあるかもしれない」
そう言うと印を結び始める。手早く術式を組むとそこには光の鳥居が現れた。眩しさに一瞬目がくらんだが、確かにそこには門のようなものが見える。
「無理やり繋いだからどう帰ってくるか分からないけど、助ける事が第一優先よ」
亜我津水はそういうと茜鶴覇を支えて立ち上がった。そして薫子の手を握って引き上げると茜鶴覇の身体を預ける。
「しっかりなさい、薫子。絶望するのはまだ早いわよ」
恐怖と絶望で取り乱していた薫子を叱咤し、強い覇気でそう言った。
「………亜我津水」
岳詠穿の封印のおかげか、なんとか意識を保っていた茜鶴覇は苦しげに口を開いた。亜我津水は彼を一瞥してから薫子に向き合う。
「薫子、茜鶴覇を頼んだわ。この毒を封印した桜花、その魂を受け継いた貴方。もしかしたらこの状況を打開できる策があるかもしれない。私は貴方達の運命を信じてみるわ」
亜我津水の真剣な表情に思わず頷いてしまう。何か言いたげな茜鶴覇を連れ、鳥居の前に立った。
(助かる方法がありますように)
薫子は強く祈りながら足を踏み出した。
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