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第三章
第二十七話 報告を
しおりを挟む社についてからは怒涛の時間が過ぎていた。
四方に散っていった者達が帰還し、武官や神央国各地に散っていた圓月の部下が入れ代わり立ち代わり目まぐるしくやってくる。
緊急事態故に今は結界を解除しており、念の為に見張りとして神族の武官やあやかしが社周辺に待機していた。戦いが終わったとて気を抜けるわけではない。真剣な瞳で警戒する見張りを見て、薫子は改めて気を引き締める。
(それにしても、怪我人がやはり目立つ)
ふと報告しに来た男を遠目に見ると、頭に包帯を巻いていた。動けて居るということは軽傷なのだろうが、あまり好ましくはない状態だろう。
彼だけではない。皆等しく戦いを経て報告に来るので、大なり小なり怪我を負っている。彼らは自分の状態を何とも思っていないのか、報告をしては忙しなく社を飛び出していった。
簡潔に纏められた報告を片耳に応急処置をする雀梅達はかなり忙しそうにしていた。動けない程の重傷を負った武官は、各地に救護詰所を臨時で作り、そこで治療を受けているらしい。負傷した妖たちは自然治癒をする為一時的に人里を離れていると報告が入っている。動ける者は圓月の指示の元、人間に擬態して救護詰所を手伝ったり情報伝達に回っているようだった。
ひとまず危機は去っているが、統率を図る為にも寿鹿と辿李、嶄、獅伯、圓月の五人が警護にあたっている。神も人もあやかしも、皆国の平穏を取り戻すために協力しているようだった。
そんな話を小耳に挟みつつ、薫子は居間で史と共に遠方から飛んでくる式神を回収していた。中央周辺は兎も角、遠い地区から社まで報告に来るのは流石に厳しいようで、代わりにこうして文が飛ばされてくる。
各地に黎明家と神来社家の貴族たちが向かったおかげで、空には鳥のような式神が四方八方を行き来していた。迷子になりそうな式神も見受けられるので、術者の性格が若干反映されるのではと薫子は縁側から空を見上げる。
今回幸いだったのは、一般の人間たちが結界に守られていた事もあり、負傷者はほぼ皆無だった点だろうか。皆武官の指示に従って行動できていたおかげで、不必要な混乱もなく事を終えたらしい。とはいえ、最前線で戦っていた武官達が無事ではなかったのだが。
(最悪の状況が免れただけでも良かったと言うしかない)
薫子は手元の式神に目を向ける。少し前まで自分も扱っていた文。次期当主達の顔が脳裏をよぎる。
(伊吹さん達、大丈夫かな)
先に社へ戻ってきた夢幻八華が言うには、戦況を変えてくれたのは瀕死の伊吹たちだったらしい。
夢境と社に帰還した時、黄昏が血相を変えて呼びに来た。急いで向かうとそこには意識のない伊吹たちが倒れていたのだという。
軽度とはいえ神殺しの毒に身を侵されている中、神力を使うという事は命を削る行為に等しい。それでも力を振り絞った次期当主達の行動は感謝してもしきれないだろう。
その話を聞いた蛇歌はすぐにある場所へ夢幻八華と向かった。
「蛇歌姐さん、どこへ…」
「……白 匡明のところだ」
薫子はふと裏切った白家の騒動を思い出す。確か今は社の牢に投獄されている筈だが、会ってどうするのだろうか。
「やつらは独自に神殺しの実を研究していた。毒を抽出でき、用途多様にできたのなら、逆に解毒についての研究も粗方目星がついているだろう。それを吐かせてくる」
「でも簡単に教えてくれるのでしょうか」
最後に見た匡明の様子を思い出してみたが、素直にペラペラと話すとは思えない。
すると蛇歌は顎で夢幻八華を指し示した。
「だから夢幻八華を連れて行く。何が何でも吐いてもらう」
その真剣な表情に、薫子は何も言わなかった。夢幻八華も異議は無いのか腕を組んで口を開く。
「まあ、暫くの間ここは頼むわ。少年を置いておくから困ったら手を貸してもらえ薫嬢」
夢幻八華はそう言い残し、蛇歌と共に牢へと向かっていった。
猫の手も借りたいという今の状況で手を貸してくれるならありがたいものだ。この件の首謀者とも言える爪雷が、監視役の火響と共に社内で報告のまとめをしている有様なので、人手が増えるのは実に助かる。
(周りも本人も流石に気まずそうだが)
すぐに捕らえられると思っていた爪雷だったが、罪悪感が少しでもあるなら後始末を手伝えと蛇歌に叱責され今に至る。使えるものは使え方針なのか、十六夜達も何も言わなかった。
やがて外界を行き来する者も減り、治療が落ち着いてきた頃。居間で報告書の整理をしていた薫子は、蛇歌が足早に庭を横切っていくのが見えた。
「蛇歌姐さん」
声を掛けると蛇歌は足を止めて振り返る。
「薫子、今から少し留守にする。一刻……いや、半刻で戻って見せる」
そう言うと止める間もなく蛇に乗って社を後にした。
(なにか匡明から聞き出せたのか)
薫子がそう考えていると、夢幻八華が居間へと入ってきた。薫子が居ることに気づくとニッと笑う。
「よお薫嬢。随分落ち着いたようだな」
「はい、こちらは何とか。……それより蛇歌姐さんはどこに行ったんでしょうか」
薫子の質問に夢幻八華は答えた。
「白家の研究室だ。解毒薬を調合しにな」
「解毒薬…」
どうやら匡明は口を割ったらしい。牢でどんな会話があったのかは分からないが、知らないほうが幸せだろうと薫子は遠い目をする。あの蛇歌の圧に耐えられる人間なぞ存在するのだろうか。
「白家は今黎明家によって制圧されているが、まだ研究室の押収まではされていない。多少欠陥のある解毒薬らしいが、蛇歌の知識と神力があれば何とかなるだろう」
詳しいことは俺にはわからんけどな、と付け加えた夢幻八華は座布団に座った。
「なら、伊吹さん達は助かるのですね」
ホッと息をついた薫子に対し、夢幻八華は未だに表情を曇らせたままである。なにかまだ気になることがあるようだった。
「解毒は何とかなるだろうが、それまで体力が持つかどうか…」
衰弱している三人は現在意識を失ったまま床に伏せている。血の気の失せた青白い顔で眠り続ける青年たちを前に、雀梅は眉を寄せていた。
神力と最も相性が悪い神殺しの実。下手に手を出して悪化させるわけにも行かず、蛇歌が匡明を尋問するまで経過観察となっていた。
「俺含め全員あの三人に無闇に触れられない。恩人を殺すわけにはいかねぇからな」
神とて万能ではない。それはこれまでの事で薫子は知っている。
(今は祈るしか無い)
やるせない想いを押し込め、薫子は手元の書類に視線を落とした。
「報告書を出してきます」
「おう、引き留めちまって悪かったな」
行ってらっしゃい、と見送る夢幻八華にお辞儀をして今を出る。
居間を出ると式神を回収していた六花と武静、飛竜と廊下ですれ違った。互いに軽く会釈をして通り過ぎる。
(詳しい説明もなく後処理に追われているというのに)
黙々と自分のすべき事をこなす様は流石と言うべきか。少なくとも、慌てふためくあの三人の姿を薫子は見たことがない。
尊敬の眼差しを向けつつ彼らの後ろ姿を見送り、薫子は再び歩を進める。
いつものように茜鶴覇の部屋へと向かうため外の通路を通り、ふと雪景色を見る。始めて茜鶴覇とちゃんと顔を合わせた場所だった。
(思えば少ししか経っていないんだったな)
短期間で色々なことが起きたせいなのか、長い間ここに居るような感覚になる。
(あの日初めて茜鶴覇様と顔を合わせた時、私はまだ何も知らなかった)
彼がどんな思いで生きてきたのか、何を覚悟して手放してきたのか、どれ程の傷を負って戦ってきたのか。そして、何を愛してきたのか。
雪に溶けそうな儚さとは裏腹に、唐紅の瞳が強く薫子を見つめていた。今思えば、あの時から惹かれるものがあったのかもしれない。
(自分の気持ちに気づいた今、もう後戻りはできない)
圓月と約束をした。必ず茜鶴覇と話をすると。あの時は気持ちの整理をしたかったのもあったが、何より状況が状況だったせいで中々言い出せずにいた。全てに終止符を打とうとしている今、話す時間を貰っても良いかもしれない。
(ちゃんと腹を割って話そう)
薫子は心の中でそう誓いを立てた。
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