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第三章
第十七話 極東と極西
神央国、極東。
傷一つ負うこと無く冷静に攻撃を捌き続ける獅伯に、マモンは痺れを切らしてきていた。
「何故守ってばかりなんです?さっきみたいにやり返してくればいいじゃないですか」
「うるせぇなホントに」
牙をむき出し心底深いそうに唸った獅伯は青い炎を弾き飛ばして距離を取った。
彼の背後には神央国全土を覆う巨大な結界があり、何としてでも死守せねばならない。中の様子を事細かに把握している状況では無いものの、大幅な戦力のブレが生じている事は感じ取っていた。
彼を放置して護りに入っても良いのだが、後手に回っていては極東を落とされかねない。
獅伯は再び納刀してマモンの懐に飛び込むと、雷の様な速度で抜刀する。マモンはあえて腕で受け止め血液をまき散らすと鉱石化させた。
「………」
「流石にそろそろ効かなくなってきましたかね」
獅伯は持ち前の身体能力で鉱石化する前にその場から脱する。
「力が戻る前に殺して結界を破壊するつもりだったんですけど、思っていた以上にあなた厄介ですねー」
どうしましょう、と態とらしく首を傾げたマモン。獅伯は何も言わなかった。
現在獅伯の力は半分になっている。彼の力である式神は今薫子の守護に当たっており、破壊されるか命令を解除するまで戻っては来ない。まだマモンが遊び感覚で戦っている内に終わらせる算段だったのだが、予想以上に戦闘が長引いている。
(久々にまずいなこれは)
獅伯は顔に出すこと無く状況を読み解いた。ここにマモンが居るように、恐らく極西にも同じように敵襲が来ているだろう。結界の均衡が崩れていない所を見るに寿鹿はまだ無事なはずだ。しかし、それもいつまで続くかは分からない。
(もし俺等を無視して結界を狙われたら護りきれるかどうか)
的は巨大だ。悪魔がそちらに意識を向けたら最後、守り切るのは難しい。
どうするべきか。そう考えていた時だった。炎の鬣を揺らめかせた巨大な獅子が結界から勢い良く飛び出した。
「!」
「獅子…?」
獅伯の隣に着地したのは薫子に預けたはずの式神である。獅伯は血の気の引いた顔で獅子を見上げた。
「…お前薫子はどうした」
式神は何か言いたげに獅伯を見つめ返す。薫子の伝言を読み取ったのか、徐々に獅伯の顔色が曇っていった。
「無茶なことを。そんなとこまで茜鶴覇に似なくたって良いだろアイツ」
苦虫を噛み潰したような顔でそう呟くと、獅子に手をかざす。光の粒となって獅伯の体へと戻っていく様子を見ていたマモンは、キラキラと目を輝かせた。
「それが貴方のもう半分の力ですか…!なんて美しい…」
狂気とも取れるその笑顔でマモンは獅伯へ手を伸ばす。
「貴方の瞳を、髪を、腕を、力を。それら全てを奪って貴方の仲間に見せてあげたら、どんな顔を見せてくれるんでしょうね」
力が戻ったことで獅伯は本来の神力を体内に宿した。手足に纏った炎は火力を上げ、灰色の瞳が赤く染まる。
「気色悪いんだっつの、さっきから」
牙を向け獅伯は走り出した。マモンも闇を纏った拳で迎え撃つ。風圧と熱風が大地を駆け抜けた。
激しい攻防戦になっても勝つのは守るモノの無い自分だと、マモンはそう信じて疑わなかった。
だがふと何かに足を取られ、体が下へ沈む。体勢が大きく崩れ、地面に這いつくばった。何かが燻る匂いと共にに。
「あ…え?」
迎え撃つはずだった拳は虚空を切り、地面を叩く。
足元一体の地面が溶けて岩漿と化し、マモンの力で出来た鉱石もまるで雪のように溶けてゆく。ドロドロと全てを焼き尽くしながら流れていく溶岩はマモンの体を蟻地獄に嵌めるかのように飲み込んだ。
「な、んですかこれは…」
抜け出そうにも岩漿の重さで身動きが取れず、体の節々が燃え始める。
「俺を、誰だと思ってやがる」
目の前に立った獅伯は刀に手をかけた。
「俺は火神、獅伯だ。全ての炎は俺に従属する」
大気を無情に切り裂き、陽炎が揺れる。闇に溶けていくマモンは岩漿に飲まれ、跡形もなく消滅した。
「………」
刀の顕現を解いた獅伯は西の方角を見る。胸に刻まれた薫子の気配が消えてないことに安堵を覚えつつ、正体不明の嫌な予感を感じていた。
時を同じくし、極西。
「ふむ、どうやら何人かが持ち場を取り替えられたようだね」
顎に手を当てて結界内を見つめる寿鹿。凪いだ海面に立ちながら神央国全土の様子を伺っていた。
「あの女性、アスモデウスと言ったか。思ったよりも冷静さを欠かなかった。あのまま戦闘が長引いていたらちょっと面倒な事になっていたかもしれない」
少し前、色欲の悪魔アスモデウスと戦っていた寿鹿。元々敵方の狙いは各地に散った上級神の撃破と、結界の破壊だったのだろう。だが寿鹿を倒すには、想定よりも遥かに時間を要すると判断したアスモデウスは大人しく冥界へと引き下がった。
(賢い。あそこでヤケにならず引いてみせるあたり余裕がまだありそうだった)
七つの大罪と言われるだけの事がある。もしかしたら一番状況を見て立ち回るのが上手いのかもしれない。
寿鹿はアスモデウスが立ち去った後死角からの襲撃を警戒したが、本当に現世から立ち去ったようだった。
(兎に角、僕の手が空いたのは運が良かった。結界が無事ということは恐らくあの獅子の小僧も無事だね)
一応心配してあげるよと言いたげに東の方角を見やる。
「…中も外も大変な事になってるなぁ。全く、やってくれるよ爪雷」
彼の今後は茨の道だろう。天界を裏切ったということは、全ての母と父である天照大御神と月読尊に背を向けたということ。戻る場所はもう無い。待ち受けるのが何であれ、彼が隣に立つことはこの先望めないだろう。
「嫌な空気だね」
寿鹿はため息を吐き、数体の式神を結界内へと放り込んだ。
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