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第三章
第十六話 名を答えよ
しおりを挟む時を同じくして華翔国。ここは遥か昔、十六夜が統治していた国であり、現在夢幻八華が引き継いで納めている国である。
緑が茂る美しい草原は炎によって焼き尽くされ、亀裂が入った大地には死の気配が漂っていた。
そこに佇む男が一人。全身に裂傷と火傷を負い、酷く冷たい目で地面を見つめている夢幻八華。
「………」
彼の視線の先で地に付せているのは、彼と戦っていた筈の傲慢の悪魔だった。
時を遡り、少し前。
時間を稼ぐかのように戦っていた夢幻八華に好機が訪れた。
「先生」
何の音沙汰もなく突然現れた気配のない青年に、傲慢の悪魔は一瞬目を見張る。
感情の一切を読めぬような静かな雰囲気の男は、夢幻八華と並ぶと随分と背が高い。銀髪の間から見える柘榴色の瞳は、世界を平坦に映しているような冷静さも感じ取れる。
敵意も無く何も感じないその青年に、気味の悪さを覚えたのか傲慢の悪魔は距離を取った。
「少年、やっと来たか」
口元の血を雑に拭うと、後ろに控える男を一瞥して声を掛ける。少年と呼ばれた男は軽くお辞儀をした。
「頼まれていた処理は終えました。社に向かおうとしていた所、先生の気配を感じ取ったので見に来ました。………遅かったですか?」
「だいぶ」
「それはすみません」
今後気をつけますと謝る青年に、傲慢の悪魔は目を細める。
「なんだお前。どっから湧いてでたんだよ」
「どこって、普通にあちらから」
指で西の方を指す青年。
「…そんな事より、何故そんなにボロボロなんです?」
「うるせぇな」
夢幻八華はムッとした。不思議だとでも言いたげな青年は続ける。
「いつものあの腹立たしいほどの余裕はどうしたんですか」
「腹立たしいは余計だっつの。それにいつも余裕なのは違ってないだろ」
「それはそうなんですけど」
青年は悪魔の方をもう一度見る。
「そのいつものように名で制すれば良いのでは」
「そこが問題でな。お前の力が必要なんだよ」
夢幻八華がそう言うと、傲慢の悪魔は鼻で笑った。お前に何ができるとでも言いたげに。
「僕の、ですか」
青年はそう呟くと目を細めた。
「………成程。名を知らないってことですね。こんな事異例中の異例ですよ」
「そういうこった。早く見てくれ」
夢幻八華はまるでもう戦いが終わったかのような脱力の仕方で少年に指示を出した。その態度が気に食わなかったのか傲慢の悪魔が口を開く。
「何を勝ったつもりでいる。一人増えたところで同じだろ?」
「ところがどっこい、そうもいかねぇんだよな」
夢幻八華はそう言うと青年を指差す。
「こいつは俺の眷属。そのへんのボンクラと一緒にされちゃ困る」
「眷属だと?」
それがなんだ、そう口にしようとした瞬間何かから見られているような強い視線を感じた。身体を、と言うより、魂を覗かれているような感覚に寒気を感じる。
「少年、こいつの名はなんだ」
「待て…やめろ」
悪魔は何かを察して血相を変えた。そしてその剛腕を握りしめて少年へと飛び出す。
「彼の名は」
少年の口が動いた瞬間爆炎が広がった。亀裂が入っていた大地は更にヒビを伸ばし、空の雲まで焼き尽くす。
「炎よ」
どこからか聞こえた夢幻八華の声。時が止まったかのように火の揺らぎが止まり幻のように霧散した。
「てめぇは少年が来る前に、この国ごと俺を消滅させるべきだった」
夢幻八華は少年の前に立ち、深い碧色の瞳が真っ直ぐ傲慢の悪魔を捕らえる。悪魔は何かに囚われたような感覚に身動きが取れず、歯を食いしばった。
「我、幻想神夢幻八華が命ずる」
悪魔の充血した瞳は悪意と殺意が混ざり、どす黒く色が濁っていく。
「地に伏せよ、ルシファー」
その瞬間力なく自ら膝を着いた悪魔。声も出せず、濁った瞳は魂を抜かれたように虚ろになる。まるで幻でも見ているかのように。
「てめぇらは殺しても冥界に戻るだけで死なねぇが、何度挑んでこようと俺が居る限り現世でも天界でも好きにはさせねぇよ」
大太刀を片手にルシファーへと近寄る。氷のように冷たい瞳が彼の目とかち合った。
「じゃあな、もう二度と会わねぇことを祈る」
瞬間、太刀を容赦なく振り下ろす。ルシファーの首は体と切り離され、闇に溶けるように霧散した。声の一つも出せずに無残に散っていく悪魔を見て、少年は声を掛ける。
「お見事です、先生」
「おちょくるのはやめろ、少年」
パッと顕現した鞘に刃を納めると、夢幻八華は後頭部を掻いた。
「名前を知らねぇなんて、ふざけた奴だ」
「僕の力がこんなところで役に立つとは思いもしませんでしたけど」
少年、もとい夢境は淡々と呟く。
彼の力は魂に刻まれた情報を見る事ができる。それは本人が認知していようがしていまいが関係ない。だが基本的に夢幻八華の質疑応答で済んでしまう為、殆ど役に立ったことはないという。殆ど夢幻八華の保険のような立ち回りだ。
「おい、それより早く戻るぞ。転送陣を……」
ぐらりと目眩がして頭を押さえる夢幻八華。
「かなり傷が深そうです。癒やしてから動いたほうがいいのでは?」
「そうも言ってられん。今社には誰も居ねぇんだ。また襲撃が来たら死にかけの三大神族の坊っちゃん達がみんなあの世行きだ」
頭を振って気力を持ち直すと印を結んで転送陣を描く。
「急ぎだ。捕まれ少年」
「はい、先生」
夢幻八華の肩に少年が手を置くと二人の姿は忽然と消えた。
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