《完結》恋した天使は一途でございます。

ぜらちん黒糖

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第二章

⑫ヒナシスの本心

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 バルガンスとヒナシスはこの華やいだ場所にもだいぶ慣れてきて楽しんでいた。

ダンスなど普段は踊ったことなどなかったのに体が覚えいていた。

ダンスは高等部の授業で必須科目になっていたが授業の時に踊って以来のダンスだった。

ヒナシスはダンスを踊っていてバルガンスからの愛をひしひしと感じていた。

自分の手を握る時のあの力加減、さり気なく腰や背中に手を回す時の、あの大切に扱うような仕草、息遣い、眼差しに愛を感じていた。

彼は私を愛してくれていると……

その時ヒナシスの頭の中に声が聞こえた。

『お前は本当にバルガンスを愛しているのか?』

「え?何?」

ヒナシスの問いかけに返事をするバルガンス。

「ん?何も言ってないよ?」

「え?あ、ごめん、気のせいだったみたい」

バルガンスが立ち止まる。

「ちょっと休憩しようかヒナ」

「ええ、そうね」 

ダンスを止めてテーブル席に座る二人。

「ヒナ、ワインでも飲む?」

「ええ」

バルガンスはニッコリと笑うと席を立つ。

「ちょっと待っていてくれ」

そう言ってワインを取りに行った。

ヒナシスがそんなバルガンスの背中を見ながらテーブの上においてあったチョコレートのお皿から一つ摘んで口に入れた。

とろけるような甘さの美味しいチョコレートだった。

その時ヒナシスはまばたきをした。

いつものように自然と瞬きをしただけなのに……何かが違っていた。

周りを見渡してみたが、別に変わりがないように見えた。

「気のせいかな?」

ただなんとなくぼんやりとダンスをしている人たちを眺めていたが、ふと気づく。

「バルガンス、遅いな……」

ワインを取りに行った方向へ目をやるがそこにはバルガンスはいなかった。

「え?」

慌てて周りをじっくりと見つめるヒナシス。

「あ!いた」

バルガンスが出口へ向かっていた。

びっくりしてバルガンスを追うために立ち上がり出口へ急ぐ。

ヒナシスが出口から廊下に出ると、廊下の先にバルガンスの背中が見えた。

呼びかけるヒナシス。

「バルガンス!ねえ、バルガンス!」

しかし、バルガンスは振り向きもしない。

「もう、どこへいくつもりなのかしら」

ドレスの裾を持ち上げ走り出す。廊下の突き当りに来て、左右に首を向ける。

「いた!バルガンス!」

右の方向の奥にちらりとバルガンスの背中が見えて……バルガンスが部屋に入ったのが見えた。

ヒナシスはその部屋の前まで来た時、中から聞き覚えのない女性の声とバルガンスの声を耳にする。

考えてもいなかった場面に遭遇してとりあえず聞き耳を立てながら、そっとガラス窓から中を覗いてみた。

バルガンスは自分よりも若く美しい女性と手を握りあっていた。

カッとなり部屋へ入って二人を問い詰めてやろうと思った時、女性が口を開いた。

「奥さんと別れてバルガンス」

女性の信じられない言葉に中へ入るのを躊躇するヒナシス。

無言のバルガンス。

「奥さんは本当にあなたのことを愛してくれているの?」

「もちろんだ」

「あなたは奥さんから愛していると言ってもらったことはあるの?」

「それは……」

「心で思っているだけじゃなくて言葉で言ってもらったことはあるの?」

返事をしないバルガンス。

「相手を気遣うのはいつもバルガンス、あなたなんじゃないの?」

「あなたはただ、奥さんに便利に利用されているだけなのよ」

「奥さんはあなたを心の底から愛してなんかいないと思うわ」

苦渋の表情をするバルガンス。

「思い出してみてバルガンス」

「初めて出会った時のことを」

「挨拶をしても返事もしてくれなかったじゃないの!」

「勉強も面倒みてあげたのもあなた」

「学校の帰り道でクレバという男に奥さんが絡まれたときも助けてあげたのはあなた」

「そして告白をしたのもあなたの方からだったでしょ?違う?」

「この夜会もあなたは断ろうとしていた。なのに奥さんが勝手に花火を打ち上げ行くことになってしまった」

「あなたは奥さんに振り回されているだけなのよ?」

「そんなに奥さんがいいの?ねえ、バルガンス!答えてよ!」

じっと女性の言葉を聞いていたヒナシス。

「違う……私は……バルガンスを……愛してる」と呟く。

女性がバルガンスを誘惑し始める。

「ねえ、バルガンス、私なら奥さんよりももっとあなたを愛してあげられる」

「私と逃げて、どこか遠くへ行きましょう」

「あなたは働かなくて良いわ、私が働くから、私があなたを守ってあげるから!」

「私はあなたに身も心もささげるわ」

女性がバルガンスの手を引っ張り部屋の奥の扉を開けようとした。

ヒナシスは慌てて部屋へ飛び込む。

びっくりする二人にヒナシスが話しかける。

「バル、行かないで、さ、向こうに戻ろうよ、ね?」

だが女性も負けていない。

「バルガンス、行きましょう」

「待って!あなたは一体誰なの?私の夫に何をするつもりなの?」

「私の夫ですって?私の下僕の間違いじゃないの?」

女性がまくしたてる。

「あなたはバルガンスに愛していると言ったことはあるの?」

「それは……」

ヒナシスが口ごもる。覚えがあるようでなかったから返事ができなかった。

「本当に愛しているなら言えるはずよ!愛してるの一言を言うことがそんなに恥ずかしいの?」

女性が絶許する。

「バルガンスを愛しているのなら、愛していると言ってみなさいよ!」

「ヒナシス!愛していると言ってみなさーーーーーい!」

静まり返る部屋の中、ヒナシスが口を開く。

「バル……愛してる……愛してるから……私の傍にずっといて…」

ヒナシスは目を瞑って大きな声を出す。

「愛してるわ!バル!」

 

目をゆっくりと開けるとヒナシスの耳に音楽やダンスの靴音、人の会話をする声などが同時に入って来た。

「え?」

ヒナシスの目の前に顔を真っ赤にしたバルガンスがワインを手にして立っていた。

「どうしたの?ヒナ、急に愛してるだなんて……」

「え?何?え?」

ヒナシスはバルガンスがワインを取りに行って戻って来たところの場面に戻っていた。

まるで白昼夢のようだった。

呆然としているヒナシスにバルガンスが囁いた。

「ヒナの愛は言葉にしなくてもいつも感じているから」

と嬉しそうにバルガンスが言った。

そして、玉座のような大きな椅子にゆったりと座りながら女神フローラが優しく二人を見つめていた。



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