4 / 6
4.琥珀の悔恨と、母の誓い
しおりを挟む
心身ともに限界を超えていたはずなのに、イザベラはエドワードに言わずにはいられなかった。
「どうして……もっと早く言ってくださらなかったのですか? 私たちが、幼い頃に出会っていたことを」
震える声で尋ねるイザベラに、エドワードは痛みを堪えるように答えた。
「君の幸せを、私が壊すわけにはいかなかったからだ。愛する男と結ばれ、隣国で睦まじく暮らしていると聞き及んでいた。結婚してまだ1年の王太子妃に、過去の感傷を語って君を惑わせたくはなかった」
エドワードは視線を落とし、自嘲気味に言葉を継ぐ。
「人質としてこの国に来て間もなく、君の懐妊が分かった。……その時、私の中にあった微かな希望は完全に潰えたよ。だから、あえて君を避けていたんだ」
「陛下……」
「だが、イザベラ。正直に言おう。本当は、君の姿をずっと陰から見守っていた」
驚きに目を見開くイザベラに、彼は懺悔するように語りかける。
「窓辺で寂しげに外を眺める姿も、中庭で花に水をやる姿も……。本当なら一刻も早く真実を話し、君を本国へ送り返すべきだった。だが、私にはできなかった。どんな形であれ、君を近くに置いておきたかったんだ。すまない、イザベラ。私の身勝手だ」
エドワードの真っ直ぐな瞳に、イザベラの目から再び涙がこぼれ落ちた。
「私は……バーストの言葉を信じていました。けれど、あの人は私を欺き、金貨と引き換えに私を売った……」
イザベラは、足元で不安そうに服を掴む息子バーストンを抱きしめた。そして、涙を拭い、確かな意志を持ってエドワードを見据えた。
「国王陛下。私とこの子を、この国に置いてはいただけないでしょうか。もはや私たちに、戻る場所はございません」
エドワードは慈しむように微笑み、力強く頷いた。
「いつまででもいてくれて構わない。いや、心から歓迎しよう。イザベラ、君はもう人質ではない。わが帝国は、グラスト王国との協定を、今この瞬間を以て破棄する」
「え……? ですが、先ほどの馬車には金貨5,000枚が積み込まれていたのでは?」
「あの金は、今後そなたたちの身に一切干渉させないための『手切れ金』だ。その代わり、原油の出るエンゼル領は二度と返さぬ。わが帝国が全力で君たちを守り抜こう」
エドワードが差し出した手を見つめ、イザベラはその温もりの中に偽りがないことを確信した。彼女は迷うことなく、その手を取った。
「お願いします、エドワード様。どうか、私たちをこの国に置いてください」
その日、イザベラはオルカス帝国に留まることを決意した。しかし、彼女の瞳に宿ったのは、ただの諦念ではない。息子バーストンのために、彼こそが正当な後継者であることを証明し、バーストたちの裏切りを白日の下に晒すという、新たな炎だった。
(バースト……。私はあなたに売られた。けれど、あなたの知らぬ場所で、私たちはもう一度立ち上がる。いつか必ず戻り、すべてを明らかにしてみせるわ)
それは愛する息子の未来を守らんとする、母としての強き誓いだった。
時を置かずして、エドワードはグラスト王国へ親書を送った。エンゼルの共同管理を破棄すること。そして、精強なる帝国軍を以て、そのエンゼルの土地を完全に占領したことを。
「どうして……もっと早く言ってくださらなかったのですか? 私たちが、幼い頃に出会っていたことを」
震える声で尋ねるイザベラに、エドワードは痛みを堪えるように答えた。
「君の幸せを、私が壊すわけにはいかなかったからだ。愛する男と結ばれ、隣国で睦まじく暮らしていると聞き及んでいた。結婚してまだ1年の王太子妃に、過去の感傷を語って君を惑わせたくはなかった」
エドワードは視線を落とし、自嘲気味に言葉を継ぐ。
「人質としてこの国に来て間もなく、君の懐妊が分かった。……その時、私の中にあった微かな希望は完全に潰えたよ。だから、あえて君を避けていたんだ」
「陛下……」
「だが、イザベラ。正直に言おう。本当は、君の姿をずっと陰から見守っていた」
驚きに目を見開くイザベラに、彼は懺悔するように語りかける。
「窓辺で寂しげに外を眺める姿も、中庭で花に水をやる姿も……。本当なら一刻も早く真実を話し、君を本国へ送り返すべきだった。だが、私にはできなかった。どんな形であれ、君を近くに置いておきたかったんだ。すまない、イザベラ。私の身勝手だ」
エドワードの真っ直ぐな瞳に、イザベラの目から再び涙がこぼれ落ちた。
「私は……バーストの言葉を信じていました。けれど、あの人は私を欺き、金貨と引き換えに私を売った……」
イザベラは、足元で不安そうに服を掴む息子バーストンを抱きしめた。そして、涙を拭い、確かな意志を持ってエドワードを見据えた。
「国王陛下。私とこの子を、この国に置いてはいただけないでしょうか。もはや私たちに、戻る場所はございません」
エドワードは慈しむように微笑み、力強く頷いた。
「いつまででもいてくれて構わない。いや、心から歓迎しよう。イザベラ、君はもう人質ではない。わが帝国は、グラスト王国との協定を、今この瞬間を以て破棄する」
「え……? ですが、先ほどの馬車には金貨5,000枚が積み込まれていたのでは?」
「あの金は、今後そなたたちの身に一切干渉させないための『手切れ金』だ。その代わり、原油の出るエンゼル領は二度と返さぬ。わが帝国が全力で君たちを守り抜こう」
エドワードが差し出した手を見つめ、イザベラはその温もりの中に偽りがないことを確信した。彼女は迷うことなく、その手を取った。
「お願いします、エドワード様。どうか、私たちをこの国に置いてください」
その日、イザベラはオルカス帝国に留まることを決意した。しかし、彼女の瞳に宿ったのは、ただの諦念ではない。息子バーストンのために、彼こそが正当な後継者であることを証明し、バーストたちの裏切りを白日の下に晒すという、新たな炎だった。
(バースト……。私はあなたに売られた。けれど、あなたの知らぬ場所で、私たちはもう一度立ち上がる。いつか必ず戻り、すべてを明らかにしてみせるわ)
それは愛する息子の未来を守らんとする、母としての強き誓いだった。
時を置かずして、エドワードはグラスト王国へ親書を送った。エンゼルの共同管理を破棄すること。そして、精強なる帝国軍を以て、そのエンゼルの土地を完全に占領したことを。
206
あなたにおすすめの小説
【完結済】25年目の厄災
紫
恋愛
生まれてこの方、ずっと陽もささない地下牢に繋がれて、魔力を吸い出されている。どうやら生まれながらの罪人らしいが、自分に罪の記憶はない。
だが、明日……25歳の誕生日の朝には斬首されるのだそうだ。もう何もかもに疲れ果てた彼女に届いたのは……
25周年記念に、サクッと思い付きで書いた短編なので、これまで以上に拙いものですが、お暇潰しにでも読んで頂けたら嬉しいです。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
完結 女性に興味が無い侯爵様、私は自由に生きます
ヴァンドール
恋愛
私は絵を描いて暮らせるならそれだけで幸せ!
そんな私に好都合な相手が。
女性に興味が無く仕事一筋で冷徹と噂の侯爵様との縁談が。 ただ面倒くさい従妹という令嬢がもれなく付いてきました。
妹と王子殿下は両想いのようなので、私は身を引かせてもらいます。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラナシアは、第三王子との婚約を喜んでいた。
民を重んじるというラナシアの考えに彼は同調しており、良き夫婦になれると彼女は考えていたのだ。
しかしその期待は、呆気なく裏切られることになった。
第三王子は心の中では民を見下しており、ラナシアの妹と結託して侯爵家を手に入れようとしていたのである。
婚約者の本性を知ったラナシアは、二人の計画を止めるべく行動を開始した。
そこで彼女は、公爵と平民との間にできた妾の子の公爵令息ジオルトと出会う。
その出自故に第三王子と対立している彼は、ラナシアに協力を申し出てきた。
半ば強引なその申し出をラナシアが受け入れたことで、二人は協力関係となる。
二人は王家や公爵家、侯爵家の協力を取り付けながら、着々と準備を進めた。
その結果、妹と第三王子が計画を実行するよりも前に、ラナシアとジオルトの作戦が始まったのだった。
寵愛していた侍女と駆け落ちした王太子殿下が今更戻ってきた所で、受け入れられるとお思いですか?
木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるユーリアは、王国の王太子と婚約していた。
しかしある時彼は、ユーリアの侍女だった女性とともに失踪する。彼らは複雑な事情がある王国を捨てて、他国へと渡ったのだ。
そこユーリアは、第二王子であるリオレスと婚約することになった。
兄と違い王子としての使命に燃える彼とともに、ユーリアは王国を導いていくことになったのだ。
それからしばらくして、王太子が国へと戻ってきた。
他国で上手くいかなかった彼は、自国に戻ることを選んだのだ。
そんな彼に対して、ユーリアとリオレスは言い渡す。最早この国に、王太子の居場所などないと。
第三王女の婚約
MIRICO
恋愛
第三王女エリアーヌは王宮で『いない者』として扱われていた。
メイドからはバカにされ、兄や姉からは会うたび嫌味を言われて、見下される。
そんなある日、姉の結婚パーティに参加しろと、王から突然命令された。
姉のお古のドレスと靴でのパーティ出席に、メイドは嘲笑う。
パーティに参加すれば、三度も離婚した男との婚約発表が待っていた。
その婚約に、エリアーヌは静かに微笑んだ。
短いお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる