《完結》異常な女に好かれた男

ぜらちん黒糖

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③動かぬ証拠

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経理課に配属された梅沢結菜の席は、西山の斜め向かいの席で、視線が合う位置に座っていた。

一応、業務内容は西山が教えたが、結菜は思いのほか、しっかりと仕事をやっていた。

西山も自分の仕事に集中していたが、時折、視線を感じることがあり、視線の先には必ず結菜がいた。

(う……やりにくい)

それでもなんとか午前中の仕事を終え、すぐに西山は席を立った。手には出勤途中で買ったコンビニのおにぎりとペットボトルのお茶が入っていた。

すぐにエレベーターに乗り、屋上へ向かう。

もう何人かの人がベンチに座ってお昼を食べていた。西山も空いていたベンチに座り、袋から取り出し、おにぎりを食べ始める。屋上から見える景色は、青空とビルだらけだった。

「こんなところで一人で食べてるんですかぁ?」

(え?)
西山が振り向くと結菜がバスケットを持って立っていた。結菜はすぐに西山の隣に座り、ベンチにお弁当箱を並べた。

「どうぞ、幸彦さん、食べてください」

西山は思わず声が詰まる。そばに結菜が立っていたのと、お弁当を並べ出したのと、そして、自分の名前を呼んだことに驚いた。

(い、今、彼女は俺の下の名前を呼んだ……)

結菜はお弁当の蓋を開けて、構わず話しかける。
「どうぞ、サンドイッチです。一つずつラップでくるんであるので、そのままどうぞ召し上がってください」

「……あ、でも、俺、おにぎり持ってきたから」

「それは後で食べればいいんじゃないですかぁ?それとも私の作ったサンドイッチは食べられませんか?」

そこまで言われるとさすがに断りづらい。西山がひとつ手に取ると口に入れた。

「あ、美味い」
「でしょう?」 

結菜もサンドイッチを食べ始める。そしていきなり予想外のことを口走る。

「いつですか?」
「え?何が?」

結菜は、頬を膨らませて西山を睨んだ。

「いつ幸彦さんのご両親に私を紹介してくれるんですか?」

「ゴホッ!」サンドイッチが喉に詰まる西山。すぐに結菜が紙コップにお茶を入れて西山に差し出した。

お茶を飲み干すと結菜にお礼を言う西山。

「あ、ありがとう」
「いいえ」結菜はにっこり笑って西山の返事を待っていた。

「あのさ、君には悪いけど、俺、君とどうにかなるつもりはないんだけどな」

優柔不断な西山にしてははっきりと言った。

もしかして結菜が泣き出すのではないかと思ったのだが違った。結菜はゆっくりとポケットからスマホを取り出すと、画面を見せてこう言った。

「あの時の私たちの全てを、スマホで撮影してあるんですよ?幸彦さん」

スマホから、動画と音声が流れてきた。

真っ青になってスマホの画面を見つめ、音声を聞いてみる。

抱き合う二人の映像と、喘ぐ結菜の声、そして、途切れ途切れの息遣い、西山の声にならない声が、延々と流れていた。

(う、嘘だろ!……行為の全てを録画していたのか)

結菜が持つスマホを取り上げようと、手を伸ばした瞬間、結菜がスマホを引っ込めた。

「駄目です。これは私の宝物なんですから……」

そして、結菜はスマホを操作すると違う画面を出し、西山に見せた。スマホから、信じがたい音声が流れてくる。

『ねぇ、幸彦さん。私のこと好き?』

『ああ、とっても』

『じゃあ、私にプロポーズしてくれる?』

『結菜、俺と結婚してくれ。これでいいか?』

『ダメよそんなの。もっと感情を込めて、気持ちを込めて言ってくれなくちゃ』

『結菜!愛している!俺と結婚してくれ!君を一生守り続けるからーーーっ!』

絶叫するように結菜にプロポーズをする、自分の声を聞いて真っ青になる西山。

西山の脳裏に微かにこの時の記憶が蘇る。

(あ、なんとなく記憶が……これは俺が、逝く時に放った言葉だ)

結菜の声は、甘ったるく、執着に満ちた声で西山に話しかけた。

「嬉しかったわ。一つになる瞬間にプロポーズをされて……」

西山と結菜は、絡み合っている時にそんな会話をしていたのだ。

窮地に立った西山は落ち込まないといけないのに、あの時の情景を思い出したのか、体を熱くさせていた。





午後の仕事が始まり、西山はもう、仕事どころではなかった。

(俺は、彼女と結婚しなければいけないのか?)

無意識のうちに目の前の席に座る結菜の顔を見ていた西山に、隣の席の葉山満里奈が声をかけてきた。

「西山さん」

「え?あ、なんですか?葉山さん」

「何見とれてるのよ!新人に手を出そうと思ってるの?」

小さな声で話しかけてきた満里奈に言い訳をする西山。

「そんなんじゃないよ、俺は指導係だから、気になって見ていただけだ」

「ふ~ん、ならいいけど」

そんな二人がヒソヒソ話をしているところを、結菜が下を向きながら上目遣いでじっと見つめていた。








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