《完結》傲慢な公爵令息が踏みにじった貞淑な妻の愛と、怨霊が果たした魂のざまぁ。

ぜらちん黒糖

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⑩最終回

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​仕事が終わり、ロバートは自宅に向かって歩いていた。外はすっかり薄暗くなっている。
 
「チェルダも少しノイローゼ気味だな。彼女はアリスに少し意地悪をしていたから、罪悪感でアリスの幻でも見えているのかもしれない」
 
そんな呑気な分析をしながら歩くロバート。公爵家の本宅からはそう遠くない距離のため、ゆっくりと歩いてきたが、すぐに家が見えてきた。
 
小さなドアノッカーを叩く。音は十分に響いたはずだ。しかし、チェルダは出てこない。
 
「あいつも外へ出ているんじゃないだろうな」
 
ドアを引いてみると、鍵はかかっておらず、ゆっくりと開いた。その瞬間、家の中の蝋燭に火が灯ったような気がしたが、ロバートは気のせいだと自分に言い聞かせた。
 
「チェルダ! 今帰ったぞ!」
 
返事はない。不審に思いながら玄関の右端にある階段へ視線を移したロバートは、息を呑んだ。
 
階段の登り口に、チェルダが倒れていたのだ。かつてアリスが転落した、あの時と同じように。
 
慌てて駆け寄り、チェルダを抱き起こしたロバートだったが、彼女の顔を見た瞬間に悲鳴を上げて手を離してしまった。
 
「な……なんだ、これは……!」
 
チェルダは、何かに怯えきった、見るに堪えない形相で絶命していた。
 
 

 
 
妻と愛人を立て続けに失い、一人になったロバートはすっかり気落ちしていた。そんな息子を見かねた公爵は、ロバートに本宅へ戻るよう命じる。ロバートもあの忌まわしい家には居たくなかったため、逃げるように実家へ戻った。
 
それから一ヶ月が経った頃、父が再び縁談を持ってきた。
 
「次は、妻を泣かせるような真似は絶対にするな。女遊びも禁止だ。さもなければお前を勘当する」
 
気力を失っていたロバートは、ただ父の言葉に従い、新しい妻を迎えることにした。
 
初夜の日。新しい妻を抱こうと、緊張しながらその顔を覗き込んだ瞬間、新妻の顔は悲しみに満ちたアリスの顔へと変貌した。
 
「あああああ!」
 
驚愕したロバートは部屋を飛び出し、誰も使っていない空き部屋に逃げ込んだ。
 
部屋の中央には、アリスの幽霊が立っていた。彼女は微動だにせず、ただ真っ直ぐにロバートを見つめている。そして、あのハスキーな声が響き渡った。
 
「うううううううううううううう……」
 
その怨念のこもった声に、ロバートは意識を失った。
 
 

 
 
ロバートは夢を見ていた。夢の中で、彼は走馬灯のように生前のアリスの姿を見た。
 
自分のために尽くし、どんな無茶を言っても耐え忍んでいた妻。そこには、彼女に暴言を吐く無残な自分の姿があった。
 
『君を抱いても……虚しくなるんだ。もう君とは寝屋を共にしたくない』
 
「ああ、酷いことを言ってしまった……」
 
自分が外泊し、チェルダの店へ向かった後、一人残されたアリスが涙をこぼしていたことを、彼は初めて知った。
 
淋しく一人、大きなベッドの片隅で丸くなり眠るアリス。そして、愛人に突き飛ばされ、苦痛に顔を歪めて流産するアリス。それを見ていた自分は、労るどころか彼女を罵倒していた。
 
「許してくれ、アリス……! 私はなんて酷い言葉を投げかけていたんだ……!」
 
心からの懺悔が漏れた瞬間、ロバートの意識は現実に戻った。彼は、自分が部屋の窓際に立っていることに気づいた。そして、何かに憑依されたかのように、そのまま二階の窓から飛び降りた。
 
ドンッ、という鈍い音と共に、ロバートの体は庭の地面に横たわった。
 
 
魂が体から抜け出ると、目の前には五、六歳ほどの少女が立っていた。
 
「君は……あの時の」
 
それは、幼い日の社交パーティーで出会ったアリスだった。テラスのベンチでケーキを食べていた彼女に、ロバートは恋をしたのだ。
 
『大人になって再び出会ったら、結婚しないか?』
 
あの日、小指を絡ませて交わした約束。ロバートはすぐに忘れてしまったが、アリスはその純粋な約束を信じ、ずっと温めていた。過酷な結婚生活に耐えられたのは、あの優しいロバートが「本当の彼」だと信じていたからだった。
 
気がつくと、ロバートも子供の姿に戻っていた。二人は自然と手をつなぎ、歩き出す。目の前に天へと向かう階段が現れ、二人はかつての信頼を取り戻したかのように、ゆっくりと登り始めた。
 
しかし、最上階に手が届こうとしたその時、アリスがロバートの手を離した。
 
「アリス?」
 
アリスは一人で先に最上段へ登り、振り返った。
 
ロバートが足をかけようとした瞬間、階段は砂のように音を立てて崩れ始めた。
 
「うわあ! アリス! 助けて!」
 
手を伸ばすロバートに対し、アリスはただ静かに見つめていた。その目にはもはや憎しみはなく、ただ深い悲しみと、冷厳な裁きだけが宿っていた。
 
ロバートは、氷のように冷たい、黒く大きな渦の中へと吸い込まれていった。
 
「アリスーーーーーッ!」
 
アリスはもう、振り返らなかった。
 
彼女の表情から、怨念は消えていた。目の前に現れた大きな門がゆっくりと開かれる。アリスは清々しい表情で、光の射すその門をゆっくりとくぐって行った。



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