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⑨逆襲
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チェルダは叫び声を上げて、隣で眠っているロバートに助けを求めたかったが、それは叶わなかった。
声が出ないのだ。全身が金縛りにあったように動かず、ただアリスが耳元で唸り続ける声を聞くことしかできない。
「絶対にお前を許さない」
「絶対にお前を許さない」
「絶対にお前を許さない……」
延々と続く呪詛の声に恐怖で身を震わせていた時、ようやくロバートがチェルダの異変に気づいた。
「おい! チェルダ!」
ロバートがチェルダの肩を揺さぶる。次の瞬間、呪縛が解けた。
「はあ、はあ……っ!」
「どうした? うなされていたぞ。悪い夢でも見ていたのか?」
「ロバート!」
しがみつくチェルダに、ロバートは「なんだよ、もう」と辟易した声を出す。
「アリスが出たの! アリスの幽霊が出たのよ!」
チェルダは震える指で虚空を指した。
「私の後ろに、あそこに立っているでしょう!?」
ロバートが仕方なく背後に目をやるが、そこには闇があるだけだった。
「誰もいないぞ」
「本当? 本当に?」
「ああ」
チェルダは恐る恐る、ゆっくりと振り返った。
「きゃああああああああああ!」
振り返った先、至近距離にアリスの顔があった。チェルダはそのまま意識を失った。
翌朝、チェルダが目を覚ますと、アリスの姿は消えていた。
「夢……だったのかな」
ふらつく足取りで食堂へ向かうと、ロバートが一人で食事をしていた。
「やあ、おはようチェルダ」
「おはよう……ございます……」
チェルダは食卓に並べられた豪華な料理を見て、目を剥いた。
「どうしたの、これ?」
「え?」
「ロバートが作ったの?」
ロバートは呆れたように肩をすくめる。
「馬鹿言ってないで早く食べろよ。せっかく君が作ったんだから」
「私が……?」
「ああ。今朝、君がキッチンで料理をしているのを私は見たんだ。包丁で指を切っただろう? 私が手当てをしたら、君は『ありがとう』と言ったじゃないか」
チェルダが自分の手を見ると、小指に切り傷があった。塗り薬のおかげか血は止まっていたが、彼女にはそんな記憶は一切ない。
「私は知らない……料理なんてした覚えはないわ!」
怯えるチェルダをよそに、ロバートは出かける支度を始めた。
「待って、ロバート! どこへ行くの?」
「どこへって……これでも一応公爵家の跡取りなんだが?今日は実家で仕事があるんだよ。君を連れて行きたいが、両親に嫌われている君を連れて行けば嫌な思いをさせるだけだろう?」
ロバートはそう言い捨てて、家を出て行った。一人残されたチェルダは、空腹に耐えかねて皿に手を伸ばした。
「うっ……!」
口の中に、ざらりとした異物の感触。吐き出してみると、それは濡れた長い黒髪の塊だった。アリスの髪だ。
(逃げなくちゃ。ここから逃げなくちゃ……!)
玄関へ走るが、扉はびくともしない。鍵は開いているはずなのに。居間の窓へ向かうと、今度は独りでに窓が閉まり、カーテンが勢いよく引き絞られた。
家中が暗闇に包まれる。チェルダの脳裏に、自らの過去がよぎる。男爵家の妾の子として虐げられてきた日々。アリスを虐めたのは、彼女のハスキーな声が、自分を苛めた正妻の声に似ていたから……。たったそれだけの理由で、彼女はアリスの命を奪う手助けをしたのだ。
(お……お金を持って逃げなくちゃ!)
チェルダは二階へ駆け上がり、寝室の机に向かった。持参金の入った金庫の鍵を探すためだ。引き出しを次々と開けていく。
そして一番下の引き出しを開けた瞬間、チェルダの心臓が止まりかけた。
「何よ、これ……」
中には、黒い塊が入っていた。触れた瞬間の冷たく濡れた感触。それは、人間の頭部だった。
悲鳴を上げて尻もちをつくチェルダの目の前で、引き出しから細長い白い指が、そして腕がゆっくりと這い出てくる。
右手、左手、そして垂れ下がった髪の間から顔が浮き上がる。四つん這いで抜け出したそれは、ゆっくりと立ち上がった。
アリスだった。憎悪の炎を宿した瞳が、チェルダを逃さぬよう射抜いていた。
声が出ないのだ。全身が金縛りにあったように動かず、ただアリスが耳元で唸り続ける声を聞くことしかできない。
「絶対にお前を許さない」
「絶対にお前を許さない」
「絶対にお前を許さない……」
延々と続く呪詛の声に恐怖で身を震わせていた時、ようやくロバートがチェルダの異変に気づいた。
「おい! チェルダ!」
ロバートがチェルダの肩を揺さぶる。次の瞬間、呪縛が解けた。
「はあ、はあ……っ!」
「どうした? うなされていたぞ。悪い夢でも見ていたのか?」
「ロバート!」
しがみつくチェルダに、ロバートは「なんだよ、もう」と辟易した声を出す。
「アリスが出たの! アリスの幽霊が出たのよ!」
チェルダは震える指で虚空を指した。
「私の後ろに、あそこに立っているでしょう!?」
ロバートが仕方なく背後に目をやるが、そこには闇があるだけだった。
「誰もいないぞ」
「本当? 本当に?」
「ああ」
チェルダは恐る恐る、ゆっくりと振り返った。
「きゃああああああああああ!」
振り返った先、至近距離にアリスの顔があった。チェルダはそのまま意識を失った。
翌朝、チェルダが目を覚ますと、アリスの姿は消えていた。
「夢……だったのかな」
ふらつく足取りで食堂へ向かうと、ロバートが一人で食事をしていた。
「やあ、おはようチェルダ」
「おはよう……ございます……」
チェルダは食卓に並べられた豪華な料理を見て、目を剥いた。
「どうしたの、これ?」
「え?」
「ロバートが作ったの?」
ロバートは呆れたように肩をすくめる。
「馬鹿言ってないで早く食べろよ。せっかく君が作ったんだから」
「私が……?」
「ああ。今朝、君がキッチンで料理をしているのを私は見たんだ。包丁で指を切っただろう? 私が手当てをしたら、君は『ありがとう』と言ったじゃないか」
チェルダが自分の手を見ると、小指に切り傷があった。塗り薬のおかげか血は止まっていたが、彼女にはそんな記憶は一切ない。
「私は知らない……料理なんてした覚えはないわ!」
怯えるチェルダをよそに、ロバートは出かける支度を始めた。
「待って、ロバート! どこへ行くの?」
「どこへって……これでも一応公爵家の跡取りなんだが?今日は実家で仕事があるんだよ。君を連れて行きたいが、両親に嫌われている君を連れて行けば嫌な思いをさせるだけだろう?」
ロバートはそう言い捨てて、家を出て行った。一人残されたチェルダは、空腹に耐えかねて皿に手を伸ばした。
「うっ……!」
口の中に、ざらりとした異物の感触。吐き出してみると、それは濡れた長い黒髪の塊だった。アリスの髪だ。
(逃げなくちゃ。ここから逃げなくちゃ……!)
玄関へ走るが、扉はびくともしない。鍵は開いているはずなのに。居間の窓へ向かうと、今度は独りでに窓が閉まり、カーテンが勢いよく引き絞られた。
家中が暗闇に包まれる。チェルダの脳裏に、自らの過去がよぎる。男爵家の妾の子として虐げられてきた日々。アリスを虐めたのは、彼女のハスキーな声が、自分を苛めた正妻の声に似ていたから……。たったそれだけの理由で、彼女はアリスの命を奪う手助けをしたのだ。
(お……お金を持って逃げなくちゃ!)
チェルダは二階へ駆け上がり、寝室の机に向かった。持参金の入った金庫の鍵を探すためだ。引き出しを次々と開けていく。
そして一番下の引き出しを開けた瞬間、チェルダの心臓が止まりかけた。
「何よ、これ……」
中には、黒い塊が入っていた。触れた瞬間の冷たく濡れた感触。それは、人間の頭部だった。
悲鳴を上げて尻もちをつくチェルダの目の前で、引き出しから細長い白い指が、そして腕がゆっくりと這い出てくる。
右手、左手、そして垂れ下がった髪の間から顔が浮き上がる。四つん這いで抜け出したそれは、ゆっくりと立ち上がった。
アリスだった。憎悪の炎を宿した瞳が、チェルダを逃さぬよう射抜いていた。
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