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⑧貞淑な妻の死と、怨霊の産声
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アリスは階段から転げ落ち、激しい痛みの中でお腹を守るように抱えていたが、徐々に意識が遠のいて行った。
アリスが目を覚ますと、そこは寝室のベッドの上だった。
傍らでは、ロバートが椅子に座ってアリスを見つめていた。だが、その表情は妻を労るようなものでは決してなかった。
「なぜだ! なぜもっと早く私に言わなかった! 大事な公爵家の継承者だったんだぞ!」
ロバートは、アリスの心身の苦しみや流産の原因に思いを馳せることなく、ただ自分の後継者を失ったことだけを嘆き、彼女を罵倒し続けた。
アリスは流産のショックに加え、夫の冷酷な言葉によって完全に体調を崩してしまった。日に日に衰弱していく彼女を、ロバートもチェルダも気にかけることはなかった。
チェルダは暇を見つけてはアリスの枕元に現れ、自分のお腹を擦りながらこう囁いた。
「アリス様。ご自分を責めないでくださいな。ロバート様のお子は、私がしっかりと産んで差し上げますから」
アリスの受けた精神的ダメージは計り知れなかった。もはや食欲もなく、一切の食事を受け付けなくなっていた。かつて社交界で評判だった、あの美しく健康的だったアリスの面影は、もうどこにもなかった。
やがて、アリスはやせ細り、静かに息を引き取った。
アリス亡きあと、チェルダは堂々と家に居座り、ロバートと夫婦同然の暮らしを始めた。二人はアリスの持参金を伯爵家に返すこともなく、贅沢三昧な生活を送り続けた。
ロバートの父である公爵も、二人を徐々に認め始めていた。それは、チェルダが単なる平民ではなく、ある男爵家の妾腹の娘であったと調べがついたからだ。不遇な出自とはいえ、貴族の血を引いているのであればと、公爵は妥協したのである。
チェルダは今、この世の春を謳歌し、幸福の絶頂にいた。しかし、他者を不幸のどん底に突き落として得た幸せが、長く続くはずもなかった。
ある夜、二人はベッドに入っていた。ロバートは隣でぐっすりと眠っている。
ふと、異様な気配を感じてチェルダが横を振り向くと、そこには白いドレスを着た女性が立っていた。
(え……?)
一瞬、恐怖よりも戸惑いが先にあった。しかし、それは即座に凍り付くような恐怖へと変わった。
そこには、憎しみのこもった眼差しで、目を細め、じっと自分を見つめるアリスがいた。アリスはそっとしゃがみ込み、チェルダの顔に自身の顔を近づけると、あのハスキーな声で叫んだ。
「お前を、絶対に許さない!」
その顔は、もはや生前のおしとやかなアリスのものではなかった。
アリスが目を覚ますと、そこは寝室のベッドの上だった。
傍らでは、ロバートが椅子に座ってアリスを見つめていた。だが、その表情は妻を労るようなものでは決してなかった。
「なぜだ! なぜもっと早く私に言わなかった! 大事な公爵家の継承者だったんだぞ!」
ロバートは、アリスの心身の苦しみや流産の原因に思いを馳せることなく、ただ自分の後継者を失ったことだけを嘆き、彼女を罵倒し続けた。
アリスは流産のショックに加え、夫の冷酷な言葉によって完全に体調を崩してしまった。日に日に衰弱していく彼女を、ロバートもチェルダも気にかけることはなかった。
チェルダは暇を見つけてはアリスの枕元に現れ、自分のお腹を擦りながらこう囁いた。
「アリス様。ご自分を責めないでくださいな。ロバート様のお子は、私がしっかりと産んで差し上げますから」
アリスの受けた精神的ダメージは計り知れなかった。もはや食欲もなく、一切の食事を受け付けなくなっていた。かつて社交界で評判だった、あの美しく健康的だったアリスの面影は、もうどこにもなかった。
やがて、アリスはやせ細り、静かに息を引き取った。
アリス亡きあと、チェルダは堂々と家に居座り、ロバートと夫婦同然の暮らしを始めた。二人はアリスの持参金を伯爵家に返すこともなく、贅沢三昧な生活を送り続けた。
ロバートの父である公爵も、二人を徐々に認め始めていた。それは、チェルダが単なる平民ではなく、ある男爵家の妾腹の娘であったと調べがついたからだ。不遇な出自とはいえ、貴族の血を引いているのであればと、公爵は妥協したのである。
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ある夜、二人はベッドに入っていた。ロバートは隣でぐっすりと眠っている。
ふと、異様な気配を感じてチェルダが横を振り向くと、そこには白いドレスを着た女性が立っていた。
(え……?)
一瞬、恐怖よりも戸惑いが先にあった。しかし、それは即座に凍り付くような恐怖へと変わった。
そこには、憎しみのこもった眼差しで、目を細め、じっと自分を見つめるアリスがいた。アリスはそっとしゃがみ込み、チェルダの顔に自身の顔を近づけると、あのハスキーな声で叫んだ。
「お前を、絶対に許さない!」
その顔は、もはや生前のおしとやかなアリスのものではなかった。
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