《完結》私の愛した夫には、秘密がありました。

ぜらちん黒糖

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⑥店主の過去

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「どうしたの? おじさま」

 リアナが店主の顔を覗き込んだ。店主は急いで涙を拭うと、努めて平静を装った。

「いや、何でもないよ」

 そう言ってお弁当を食べ始める店主を見て、リアナもマリカも、ようやく安心したようにお弁当に手をつけた。

「美味しいよ、リアナ」

 マリカが笑顔で言うと、リアナも嬉しそうに目を細めた。

「ありがとう褒めてくれて。朝早く起きて作った甲斐があったわ」

「卵焼き、美味しいね。塩味なんだね」

「うん、美味しいでしょ?」

 マリカは小声でリアナに尋ねた。

「小さいお弁当も作っていたのね」

「うん、マリカ用に作ったの。外で何か食べても、あの大きさのお弁当なら食べられるかなって」

 マリカは一瞬、考え込み、そしてハッと目を見開いた。

「じゃあ、あの文字は……私に?」

「うん」

 三人はその後、あまり言葉を交わさずにお弁当を食べ終わった。

 静かに、しかし互いの存在を感じながら、穏やかな時間が流れた。

 食べ終わった店主がお礼を言う。

「お嬢さん、美味かったよ。どうもありがとう」

「いいえ、どういたしまして」とリアナが答えた。

 リアナは、食べ終わったお弁当箱をバスケットにしまった。あとはお茶の代金を払うだけとなった時、店主が二人に声をかけた。

「なあ、お二方。団子を食べていかんか。まだお腹に入るだろう?」

「え? いいんですか? ありがとう、おじさま!」

 リアナは目を輝かせたが、マリカは、

「ちょっとリアナ、図々しいわよ」

と慌てるマリカをよそに、店主は店員を呼び、団子と熱い麦茶を持ってくるように言った。

 しばらくすると、店員が三人に団子と熱い麦茶を置いて、店に戻って行った。

 遠慮を知らないリアナは、マリカが目を離した隙に、すぐに団子を口に放り込んでいた。

「美味しい、この団子!」

 マリカも団子を食べる。

「本当だ、美味しい」

 団子を食べ終わり、熱いお茶をすすりながら、マリカが言った。

「お茶も美味しいね、リアナ」

「うん、なんだか落ち着くわね」

 その時、店主が、すーっと息を吐き、静かに口を開いた。

「さっきは、見苦しい姿を見せてすまなんだのう」

 リアナは無言で首を横に振った。

 その瞳には、店主への温かい眼差しが宿っていた。

「私の話を少しの間、聞いてくれるか?」

「はい」

 リアナが神妙な面持ちで返事をした。マリカは、リアナって、本当に優しいなと、その横顔を見つめた。
 店主は語り始めた。

「私の父親は、私が五歳の時に再婚してな。継母は四歳の男の子を連れて嫁いできた。突然、私に弟が出来たんだが……」

 店主の声は、遠い記憶を辿るように、ゆっくりと紡がれていく。

「弟は見た目も可愛らしくて、まるで女の子のような奴だった。料理も好きでな、私のためにたまにお団子を作ってくれた」

「中等部までは学校で給食が出たんだが、高等部からは給食がなくなり、弁当持参になった」

「そんな私のために、弟は毎日お弁当を作ってくれてな。一日も欠かさずにだ」

「私が高等部の二年生、弟が一年生になって、同じ学校に通うことになった。弟は私の分と、自分の分を毎日作っていた」

「そして月日は流れ、あっという間に私も三年生になっていた。弟は二年生だ」

「三年生になって一ヶ月経った頃、いつものように弟がお弁当を作ってくれた。弟がお弁当を手渡そうとしたとき、弟の指が私の指に触れたんだ」

 店主はそこで言葉を区切り、遠い目をした。

「その時、私の心臓がドキドキした。弟の指に触れただけで、たったそれだけで私の心臓が……」

 マリカはそっとリアナの右手を軽く握った。リアナは、握り返すように、そっとマリカの指に力を込めた。

「私はそれから妙に弟を意識するようになり、弟と目が合うと顔が熱く感じることもあった」

「自分のこの症状の理由が分からず困っていたとき、医務室の先生と話をすることがあって、他人の相談を装って聞いてみた」

「先生は言ったよ。『それは恋よ』って……」

 店主は少し顔を歪めた。

「私は慌てたよ。男の俺が男に恋をするわけがないじゃないか、しかも弟だぞ?と。この先生は何を言ってるんだってね」

「だが、それから私は、弟を避けるようになっていた。お弁当も、『作らなくていい』と言ったんだ」

「弟は寂しそうな顔でただ一言、『わかった』、そう言った」

「家でも弟とはなるべく口を利かなくなっていた。父も母も私に聞いてきたよ。『お前たち、喧嘩でもしたのか』って」

「両親に本当のことは言えないだろう? 弟に恋をしてしまったので、恋心を持たないようにしている最中です、だなんて」

「高等部を卒業して、私は遠くの街へ就職することになった。家を出る日の朝、弟に呼び止められた」

「『お兄ちゃん、これ食べて』ってお弁当を渡された」

「俺は口も利かなかったのに、弟の奴、俺のためにこんな物作りやがって、なんて心で思いながらも、私の心は喜びでいっぱいだった」

「途中、馬車が休憩で少しの時間止まることになって、その時、弟の作ってくれたお弁当を食べることにした」

「私は馬車から降りて、道の端に陣取り、お弁当箱を開けた」

「ご飯の上に海苔で『スキ』、そう書いてあった」

「手紙も添えてあった。『切々と私への愛』が綴られていた」

 店主の声が震え始めた。

「私と弟は結婚は出来ないが、もっと一緒にいる間は優しくしてやれば良かったと、その時、後悔したよ」

「どうしてあんなに冷たい態度をとってしまったのかと……」

「世間体や常識にとらわれて、私は弟を避けてしまった」

「弟は次の年、高等部を卒業して、王国騎士団に入った。しかしその翌年、隣国と戦争になって、弟は最前線に派兵され戦死した」

 店主の目が、再び涙で光る。

 リアナとマリカは、ただ静かにその言葉に耳を傾けていた。

「知らせを受けた私は、すぐに駆けつけ、弟の亡骸と対面した。弟の所持品を渡され、一つ一つ見ていくと四つ折りの紙が入っていた」

「広げるとそこには私の似顔絵が描いてあった。血が付いていたので、きっとポケットに入れていたんだろう」

「弟は私の似顔絵を持って戦場へいったんだ」

「今でも私は考えることがある。あの時、どうすればよかったのかって。弟への気持ちに気づいた時に、私が取った行動は間違っていたんじゃないかとね」

「そして家を出る時に、お弁当箱と一緒に受け取ったあの手紙を、弟は勇気を振り絞って書いたに違いない。一度でもいいから弟に会いに行ってやればよかったのにと思わずにはおれんのだ」

「私たちは両想いだったのに……なぜ行動しなかったのかって」

 しばらくの静寂が中庭を包んだ。池の金魚だけが、時折水面に波紋を広げる。

 店主は立ち上がり、静かに言った。

「麦茶のお代はいらないからね」

 店主は二人を店の外まで見送ってくれた。別れ際に、リアナではなくマリカに向かって、どこか吹っ切れたような表情でこう言った。

「私も女装してみようかな」

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