《完結》私の愛した夫には、秘密がありました。

ぜらちん黒糖

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⑧さよならリアナ

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「リアナ、お風呂、入って。着替えは出しておくから」

 マリカが食卓から風呂場へ向かうリアナに声をかけた。リアナは真面目な顔で振り返る。

「ね、一緒に入らない?」

「え? 結構です。リアナ、ゆっくり入ってきて」

「そう……」リアナはしょんぼりと肩を落とした。

「なに? どうしたの? 急に元気なくなって」

 リアナはゆっくり立ち上がると、マリカの方を向いた。

「あたし、女同士でお風呂入ったことなかったから、聞いてみただけ」

 そう言って、少し寂しげな背中を見せ、お風呂場へ入って行った。

 マリカはほんの少しだけリアナに悪いことをしちゃったかなと、考えた。

(だって、私、夫のコーネルとだって一緒に入ったことないし、仕方ないよね?)

 自問自答するマリカ。でも、小さくため息をつくと、お風呂場へ向かった。

 リアナが頭を洗っていると、お風呂場の戸が静かに開いた。マリカが顔を出す。

「リアナ、私も一緒に入るわ」

「え! 本当?」リアナの顔がパッと輝いた。

「今、頭洗ってるのね」

「ええ」

「ちょっと待ってね」

 マリカはそう言うと、浴槽のお湯を洗面器ですくって自分にかけ、それから、リアナの頭を優しく濯いであげた。

「うわ~、ありがとう~!」

 頭を洗い終わると、リアナは満面の笑みで言った。

「じゃ、次はマリカの番ね。はい、座って」

「いいわよ、自分でやるから」

「だーめ。あたしに背中を向けて座ればいいじゃない、ね?」

 マリカは少し照れながらも、「うん」と頷いてリアナに背を向けた。

 マリカは自分で頭を洗い、リアナがお湯をかける。そして顔を洗って、次は体を洗う番になった。

「マリカ、背中洗ってあげるから」

「いいわよ」マリカは遠慮した。

「いいじゃない、洗わせてよ」

 リアナはそう言うと、泡立てたタオルでマリカの背中を洗い始めた。

「マリカの背中、小さいのね……」

「そうかなあ、普通だと思うけど」

「はい、おしまい。前は自分で洗ってね?」

 マリカの背中にお湯をかけながら、マリカは呆れたように「当たり前でしょ! もう」と笑った。

「はい、次はリアナの番よ」

 今度はマリカがリアナの背中を洗う。その広い背中を洗いながら、マリカは心の中でそっと呟いた。

(男の人って、背中、広いのね)

 体も洗い終わり、二人は一緒に湯船に浸かった。

「この家の浴槽広いわね、二人でも余裕よね」

「まあね」

 急に二人の間に、無言の時間が流れる。湯気が立ち上る浴室で、二人の心は言葉なく繋がっているようだった。

 そして、リアナが口を開いた。

「マリカ、今日はどうもありがとう。これであたしも思い残すことないわ。マリカとも最後に一緒にお風呂にも入れたしね。じゃ、お先に」

 そう言うと、リアナは湯船から出て行った。

「……私、とっても貴重な体験をしてるのよね、きっと」

 マリカは湯船に浸かりながら、しみじみと呟いた。

「でも、体が一つなんて、可哀想……」

 マリカも湯船を出た。

 脱衣所で肌着をつけて寝巻きに着替え、キッチンへ行ってみる。リアナはいなかった。寝室へ行ったのだろう。マリカも二階へ上がる。

 寝室に入ると、リアナは自分のベッドに入って横になっていた。

「もう寝たの?」マリカが尋ねる。

「うーん、まだ起きてるわよ」

 リアナは、どこか寂しげな声で言った。

「ねえ、マリカ、一つ質問なんだけど」

「ん?」

 マリカは自分のベッドに入りながら答えた。

「どうしてベッド別々にしてるの?」

「どうしてって……このベッドの中は唯一私が寛げる場所だから」

 リアナは静かにマリカの言葉を聞いていた。

「だから、ベッドの中までずっと誰かといたくないの。夫のことは大好きよ、でもそれとこれは別問題なの」

「ふーん、夫婦って言っても、もとは赤の他人だしね」リアナは妙に納得したように言った。

「そこまではっきりとは言ってないけど?」マリカは苦笑した。

「ねえ、マリカ、何か面白い話してよ」

「面白い話?」

「何かないの?」

「ごめーん、何も思いつかないわ」

「ふぁ~」リアナはだるそうにあく
 びをした。

「あ、眠くなってきたんじゃない?」

「うん、そうみたい。今日は歩いた
 からね」

「じゃ、寝ましょうか。お休み、リアナ」

「うん、マリカお休み」

 どれくらい経ったのだろうか。

 マリカがうつらうつらしていると、隣のベッドからリアナが誰にともなく話し始めた。

 その声は、どこか夢見心地で、独り言のようだった。

「あたし、今度生まれ変わったら、絶対に天然の女の子になるの」

 マリカは思わずクスッと笑ってしまった。

「それでね、絶対に結婚するんだ」

 リアナは言葉を続けた。マリカは、じっと聞き耳を立てる。

「相手はねえ、背が高くて、肩幅がっしりした人で、顔はね、イケメンに越したことはないけど、どんな人でもいいの、優しければ」

 リアナの、純粋で切実な願いが聞こえてくる。

「次こそは、私だけの体がほしい」

 その言葉は、マリカの胸に深く響いた。

「美人に生まれなくてもいい、かわいくなくてもいい、女に生まれたい」

「あたし、贅沢は言ってないと思うわ」

「でもね、あたし、自分専用の体はなかったけど、あたしと、コーネルとレオンの三人暮らし、別に嫌じゃなかったわ。楽しかった……」

 リアナの声が、少しずつ小さくなっていく。

「来世は一人一つの体でお願い~」

 リアナはそう言うと、静かな寝息を立て始めた。

 リアナもマリカも、目尻が涙で濡れていた……。

 朝、マリカが目覚めると、隣のベッドにはリアナはいなかった。布団を触ってみたが、冷たかった。

 服を着替えて階下へ下りていくと、夫がいた。マリカは挨拶をした。

「おはよう、リアナ」

 夫は一瞬、バツの悪い顔をして、少し困ったように口を開いた。

「おはよう、マリカ」

「戻ってきたのね」

 マリカは、その言葉の奥に、少しの安堵と、複雑な感情を込めていた。

「うん。あの、あいつらのこと、黙っててごめん」

「もう! なんでもっと早く言ってくれなかったのよ!」マリカは思わず声を荒げた。

「だって、言えないよ? 普通は」

 夫は、困ったように肩をすくめた。

「それは……そうだけど」マリカは、やはり反論できなかった。

「まあまあ、とにかく朝ご飯を食べよう」

 マリカがテーブルの上を見ながら、パンに目をやった。

「パンか……これ、あなたのためにリアナが買ったのよ」

「うん」夫は、パンの並んだ皿を見た。

 マリカが丸いパンを夫のお皿に置こうとしたのを見て、夫が言った。

「あ、俺は丸いのはいらない」

「どうして?」マリカが尋ねた。

「べつに、なんとなく」夫は曖昧に答えた。

「ふーん」

 マリカは、夫がパンを食べるのをじっと見ながら、自分もパンを食べていた。

 夫は、長細いパンばかりを食べている。

「ねえ、お昼ごはんのパンはどれにするの?」マリカは、何気なく尋ねた。

「その三角のパンにするよ」

「丸いのは?」

 夫は、少し顔をしかめた。

「甘いから、それ食べたら、眠くなっちゃうよ」

 マリカは、何も言わなかった。ただ、じっと夫の顔を見ていた。

「あ、俺、もう行くよ。昨日休んでいるから、早く行かなきゃね」

 夫は立ち上がると、マリカは玄関まで一緒についていった。

「じゃあ、マリカ、行ってくるよ」

 夫がそう言って戸を閉める直前、マリカはそっと、しかしはっきりと声をかけた。

「いってらっしゃい、リアナ」

 一度閉まった戸が、ゆっくりと、しかし確実に開いた。

 そこに立っていたのは、驚きと、少しの寂しさ、そして何よりも感謝の入り混じった、リアナの表情だった。

「どうして、わかったの~? マリカ~」

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