6 / 11
第6話
しおりを挟む
ガイたちは進んだ先で、景色がいいポイントを見つけ、そこで休憩を取った。
休んでいると、動いていた時には気にならなかった足の疲労感や、喉の渇きなどを自覚する。やはり、ダンジョン内の魔力にあてられていたのだと感じた。魔力が満ちることで身体能力などが上がる面もあるが、普段より疲労を感じづらくなっているのは、どこかで判断を間違えそうで恐ろしい。
今後もこまめに休憩は取ろう、と意識の端に留める。
ダンジョンの入口を考えると、地下になんでこんな空間が? と感じるような広大な自然と、急峻で、先端が白くなっている岩山の壮大さを楽しみつつ、水分を軽くとる。
「あの岩山って対象物があるあたりだっけ?」
「そう。イカイシャクナゲが採取できるはず」
今回納品と植生レポートが必要になる植物の一つ、イカイシャクナゲは、ダンジョン内で見つかったシャクナゲ、という感じの植物だ。
ガイはサトミの言葉にうなずいて、手元に取り出した地図を確認し、岩山がどの辺りになるのかすり合わせる。わかりやすいし、最初に目指す地点としては悪くなさそうだった。
「それじゃ、あの岩山を目指して進もう。到着後、付近でイカイシャクナゲを探す。見つけ次第レポート作成って流れで」
「了解」
とそれぞれの返事を聞きながら、1点付け加える。
「道中、魔物は警戒していこう。基本的には戦闘を避ける方針で」
それだけ言って、適当なタイミングで探索を再開した。
道中は順調と言えた。ただ一つを除いては。
「はっ!」
「ぎゃぎゃぎゃぎゃっ! ぐぎゃっ!?」
アカリが刀を抜き放つと同時に銀閃が伸びて、奇声をあげていた猿型の魔物の首をあっさりと斬り飛ばした。
「おらっ!」
「プギィィィィッ!」
その横では、リンが猪型の魔物を頭を、瓦割でもするかのように叩き割っている。ゴツイ籠手を武器代わりに装備しているとはいえ、彼女はほとんど素手みたいなものだ。
「つよっ……」
2人の戦いに、ガイは思わずそう口にしていた。
魔物は、「魔力障壁」という人間が使うシールドデバイスの元となった、天然のシールドを纏っている。これにより近代兵器を無力化し、現存する動物を凌駕する膂力を発揮する。一体でも都市部に現れただけで、壊滅しかねないような危険な異界の生物である。人間も魔力を扱えるようになったとは言え、基本戦術は「敵を囲んでぼこぼこにし、シールドを削ってから無防備となった魔物を仕留める」である。
そんな段階をすっ飛ばして倒せてしまう2人の強さは賞賛に値した。
(さすが剣聖と拳王。でも……)
とはいえ、あまり喜んでもいられなかった。突発的な戦闘であったとはいえ、2人はこちらの命令を明確に無視して飛び出していたのだ。チームの命令なんて、軍隊などと違ってそこまで強制力がある訳ではないが、事前に言って反対がなかったし、今後のことを考えると、一言いう必要がありそうだった。
「お疲れ様。でも、わざわざ戦う必要はなかったんじゃない?」
「判断を待つ時間がないと思いました」
とアカリ。彼女が一番先に魔物と接敵するので、判断を待つ時間ないの確かである。だが今回は、彼女が魔物を威嚇しており、実質的に先に仕掛けたのはアカリと言えた。
「自分のことは自分でやる、だろ。緊急時に一々指示を仰いでたら非効率ってやつだ」
リンが続く。2人の言う言葉は、冒険者としては正しい面もある。しかし、ガイは彼女たちから、「この件に関して、お前の言うことは聞かない」というメッセージを感じ取った。
(うーん、難しいぞ……)
ガイは2人の顔を交互に見た。どちらも悪いと思っている風でもない。
強く言って聞くことはないだろう。そもそも強制的に言うことを効かせる実力がガイにはない。かといって、ただ向こうの言い分に従っても、それがチームとしていい状態なのか、ガイには判断できない。
答えがだせずにいると、サトミの声が割って入った。
「猿の奇声で、仲間が集まってる。移動した方がいい。あいつらしつこい」
「うっ……今は移動しよう。魔物は魔石だけ回収する」
ガイはそう言って、近くに倒れていた猪の魔物の心臓付近にナイフを突き入れ、空いた傷口から手袋を突っ込んで魔石を回収する。
「自分が倒したのだろ、早くしろよ」
「解体はしたことがなくて……」
「ちっ、お嬢様が……」
猿の魔物の方はリンが回収してくれたようだ。遠くから、猿の魔物の複数の奇声が聞こえてきたので、声は小さく、手で『移動』と合図して、なるべく音を立てないように走りだした。
その後は敵の追跡を撒くため、川を見つけ魔石の血と匂いを洗い流し、見たところかなり水深と流れがある川の側を遡りながら、当初の目的である岩山を目指した。
さっきの話を切り出したいところだったが、周囲を気にしたり、移動に集中したりと、とても切り出せる状況にはなかった。黙々と目標地点に向かって進む。
休憩地点から数キロほど進んだところで、大きく気候が変化した。
『うっ……?』
『なんだ、寒っ!?』
通信デバイスから、前方の2人のそんな声が聞こえてきたころ、最後尾に居たガイも、肌寒さを感じた。
『防寒着に着替えよう』
『了解』
さっきまで蒸し暑かったというのに、今は足元の土には霜ができており、水たまりも薄く氷が張り、息が白い。
リンとサトミは自分のポーチから、防寒着を取り出そうとごそごそしていた。ガイはその様子をみながら自分の分を取り出そうとした時、アカリが困った様子でいるのに気づく。
「あれ、防寒着持ってない? 教科書にもあったよね?」
「うっ……まだ荷解きが……それと、シールドの設定で、どうにかなると聞いていたので……」
「ああ……」
それで、防寒着を荷物から外してきたと。アカリの言葉に、ガイは理解を示した。
防寒着は教科書にも載っている。が、載っているものは不要な物もある。だから荷物を減らしたくて、教科書通りに荷物を用意しない場合もあった。例えば、虫除けスプレーないし、はっか油が必要と教科書には記載されている。が、ダンジョン内の虫は地球の虫とは違うので全く効かない場合があるし、そもそもシールドデバイスで虫刺されは防げる。シールドの魔力を使うかどうかの判断は必要になるものの、確実に安全を求めるなら普通の冒険者はシールドを使う。
そして、シールドは設定次第で断熱材代わりになる。が、そっちはあくまで風を防げるくらいで、ウィンドブレーカー代わりにしかならないのだ。他にフリースやダウンジャケットといった装備がないと暖かさを維持できない。
「わかった。大きいかもしれないけど、俺のを着て」
ガイは話しながら、自分の荷物から、小さく丸められたダウンジャケットを取り出す。
「でも、それだとガイさんが……」
「一応獣人だから、寒さには強いんだ。それに、前衛の体力確保を優先したい」
「ですが……」
もしかしたら、さっき独断先行した手前、「自分のことは自分でやる」ということができないことに何か感じているのかもしれない。しかし、ガイにはその辺りはわからなかったし、そんな彼女の感情よりも、この行動がチームの連携として正しいとして信じて、頑としてダウンジャケットを差し出すのをやめなかった。
「……わかりました。すみません」
ダウンをガイの手から受け取ろうとしたアカリに、サトミが飛び掛かるような勢いで割って入ってきた。
「ずるい! ガーくんのダウン、私が着る!」
「いや、何言ってんだよ……」
「私の貸す、そうすれば……」
と、サトミは自分のダウンジャケットをアカリに押し付けた。そこで気付く。広げてアカリの上半身に重ねてみても、明らかにダウンジャケットは小さい。
「サトミのサイズだと、無理じゃない?」
「むぅぅぅ!」
サトミはむくれていたが、それ以上は何も言わず、しぶしぶ引き下がった。
アカリはガイのダウンジャケットを広げ、袖を通す。少し余っている様子だったが、そこは我慢してもらおう。
サトミとリンは、木陰でダウンジャケットにプラスしてレギンスタイプの防寒インナーも着用していた。ガイは上着を貸してしまっていたので、3人が防寒装備を整えたところで再出発。
「イカイシャクナゲあった」
サトミが指さした先に花が咲いているのが見えた。
「手早く採取して、レポートをまとめよう」
全員異論はないらしく、作業に入った。
「既に何度もレポートされてるはずだけど、意味あんのかねー」
作業に入って数分、採取が終わったのでレポートに移ってからしばらくして、リンがそんなことを口にした。
「この活動を通して、時折新種が発見されることもあるそうなので、無駄にはならないそうですよ」
アカリは自分のレポートから目を離さず、リンに答えた。どうやら彼女は、レポートに写真の他、自分の描いた絵をつけるらしい。かなりせわしなく手を動かしている。(サトミとガイは写真だけで済ませた)
ガイは手を休め、話に乗る。
「新種を見つけると、褒賞とかでるのかな?」
「でる。有用な効能とかあると、かなり稼げる」
「へぇー……」
感心したような、気のないような返事を返し、リンは自分の分のレポートを書き終えたようだ。立ち上がり、腰を伸ばすと、弾かれたように1点に顔を向ける。
「んで、新種ってのはさ……魔物でも褒賞でるんかね……」
リンの纏う空気が変わった。雑談している緩んだ雰囲気から、飛び掛かる直前の肉食獣のような。なんだろう、と思ったその時、ガイの鼻に強い獣臭を感じた。緊張が走り、リンが見ている方に、ガイも顔を向ける。
リンの見つめる先、木の奥からのそりと熊型の魔物が現れた。
「……でる。けど、あいつは既存種」
サトミもゆっくりと立ち上がり、道中ストック代わりにしか使っていなかった魔法杖を手にして戦闘態勢に入る。ガイとアカリも立ち上がり、各々武器を構えて戦闘態勢に入った。大熊は悠然と移動している。こちらに近づいてくるわけでもなく、横に移動しながら、様子を伺っているようだ。
左目に走る五本線の傷。あれには見覚えがある。間違いなく、前回出会った魔物だった。
「あいつ、別の地域にいたはず……」
「探してたのかも」
直接見たことがあるサトミとガイが言葉を交わす。その際も目線は魔物から離すことはなかった。
「君たち、下がりなさい。あれを相手にするには早い」
声を抑え、いつの間にか近づいてきていた自衛隊員が、コンパウンドボウで大熊に狙いを付けた。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉっ!」
熊が立ち上がり、威嚇する。その声に合わせ、自衛隊員が魔力を矢を放った。
目にもとまらぬ三連射。三本の矢が心臓めがけて飛ぶ。
が、熊は纏った魔力障壁と、身震いした分厚い毛皮で矢を全て逸らしてしまった。
あらぬ方向に飛んで行った矢が、川辺にあった岩や木を粉々にした。
(マジかよ……!)
自衛隊員が放った矢は必殺の威力があったはずだ。それは吹き飛んだ矢があたった岩や木を見ればわかる。そんな矢を受けてダメージがあるどころか無傷。魔力障壁を大きく損なった様子もない。
「みんな、逃げ……!」
「走って逃げれる相手じゃありませんよ!」
「ここで倒せばいいんだろうが!」
ガイが撤退を指示しようとした時、アカリとリンが駆け出した。足場の悪い川辺を飛ぶように移動し、左右に分れ、攻撃せんと振りかぶる。
「はっ!」
「らぁっ!」
アカリの刀は魔力障壁を切り裂いたようにも見えたが、分厚い毛皮に阻まれ肉には届いていない。リンの渾身のパンチも、魔力障壁と脂肪によって衝撃が分散したのか、ダメージを与えたように見えなかった。
「離れろっ!」
ガイが叫ぶ。動きが止まった2人を、熊はゆっくりにすら見える動きで、左右の前腕で交互に薙ぎ払った。
「っ!」
ガイが息を呑む。2人のシールドが激しい音を立てて削れたのが見える。アカリは近くの木に叩きつけられ、岩場に叩きつけられそうになったリンは、猫のように身を翻し、着地する。自分で跳んでいたのか、リンの方は動けている。
(動け……!)
すくみ掛けていた足を動かし、ガイはようやく走りだした。加勢せねば。勝つビジョンはないが、放っておいても彼女たちは死ぬ。ならば、どうにかできる余地がある内に、勝機を見いださなければいけない。
「加勢するっ!」
自衛隊員は、説得という無駄な時間を捨て、攻撃に時間を回す判断をしたようだった。ガイの動きに合わせ、矢を次々に放つ。
大熊はうっとうしそうにそれを受ける。隊員の魔力と、大熊の魔力がせめぎ合い、耳障りな音を何度も立てた。大熊の魔力障壁が削れている様子だったが、ダメージを与えるまでいかない。
大熊が気を取られている隙に、リンが再び大熊の懐に潜り込む。右拳が輝いて見えるほど、濃厚な魔力を込めた一撃。
「ああっ!」
裂ぱくの気合と共に放たれた攻撃は大熊の身体に浸透した。脇腹の辺りから、大きく波紋が広がるように衝撃が広がったのが肉眼でも見える。
大熊が悲鳴をあげ、リンに向かって前腕を振るった。リンはバックステップで大きく距離を取り、再び攻撃するため、走り出した。
次のリンの攻撃に合わせ、左右で挟む形にしなければ、リンが攻撃される可能性が増える。自分の火力はリンやアカリに及ばないが、自分が攻撃することで、こちらに大熊の注意を分散させる。
そうイメージを作りだし、即興でリンとの連携を考えたところで、ガイのプランは破算した。
「グォォォォッ!」
大熊の威嚇。しかし、その威嚇は先ほどのものとは別物だった。咆哮に魔力がたっぷりと乗ったそれは、ガイの心にあった恐怖心を何倍にも増幅させる。足がすくみ、倒れないように立っているのが精一杯になった。
「相手を……恐怖させる、魔法……!?」
魔物が魔法を使う、という知識があっても、完全に想定外だった。それはガイだけでなく、リンもまたそうだったのだろう、大熊の前で、足が止まる。
「あっ……」
リンの口から、恐怖が漏れた。無防備に見える状態で、大熊が振るった前腕を受け、リンが転がる。シールドが悲鳴じみた音をあげ、砕け散った。
動かなくなったリンに向かって、大熊が動く。止めをさす気だ。シールドのないリンが攻撃を受ければ、ひとたまりもない。
「うぁぁぁぁっ!」
ガイは恐怖を振り切って走りだし、倒れるリンに近づく。何か策があった訳ではなく、彼女を抱きかかえ、逃げる。それくらいしか考えられていなかった。
何とか、抱きかかえようとした時、ガイの身に衝撃が襲った。ガイのシールドが大きな音を立てる。サトミが悲鳴をあげる。
「ガイィィィッ!」
ガイはリンを抱きかかえたまま、大熊の一撃を受けてしまった。吹き飛ばされながら、川の中に落ちる。
上下もわからないような流れにもみくちゃにされながら、ガイはリンと一緒に流されていった。
休んでいると、動いていた時には気にならなかった足の疲労感や、喉の渇きなどを自覚する。やはり、ダンジョン内の魔力にあてられていたのだと感じた。魔力が満ちることで身体能力などが上がる面もあるが、普段より疲労を感じづらくなっているのは、どこかで判断を間違えそうで恐ろしい。
今後もこまめに休憩は取ろう、と意識の端に留める。
ダンジョンの入口を考えると、地下になんでこんな空間が? と感じるような広大な自然と、急峻で、先端が白くなっている岩山の壮大さを楽しみつつ、水分を軽くとる。
「あの岩山って対象物があるあたりだっけ?」
「そう。イカイシャクナゲが採取できるはず」
今回納品と植生レポートが必要になる植物の一つ、イカイシャクナゲは、ダンジョン内で見つかったシャクナゲ、という感じの植物だ。
ガイはサトミの言葉にうなずいて、手元に取り出した地図を確認し、岩山がどの辺りになるのかすり合わせる。わかりやすいし、最初に目指す地点としては悪くなさそうだった。
「それじゃ、あの岩山を目指して進もう。到着後、付近でイカイシャクナゲを探す。見つけ次第レポート作成って流れで」
「了解」
とそれぞれの返事を聞きながら、1点付け加える。
「道中、魔物は警戒していこう。基本的には戦闘を避ける方針で」
それだけ言って、適当なタイミングで探索を再開した。
道中は順調と言えた。ただ一つを除いては。
「はっ!」
「ぎゃぎゃぎゃぎゃっ! ぐぎゃっ!?」
アカリが刀を抜き放つと同時に銀閃が伸びて、奇声をあげていた猿型の魔物の首をあっさりと斬り飛ばした。
「おらっ!」
「プギィィィィッ!」
その横では、リンが猪型の魔物を頭を、瓦割でもするかのように叩き割っている。ゴツイ籠手を武器代わりに装備しているとはいえ、彼女はほとんど素手みたいなものだ。
「つよっ……」
2人の戦いに、ガイは思わずそう口にしていた。
魔物は、「魔力障壁」という人間が使うシールドデバイスの元となった、天然のシールドを纏っている。これにより近代兵器を無力化し、現存する動物を凌駕する膂力を発揮する。一体でも都市部に現れただけで、壊滅しかねないような危険な異界の生物である。人間も魔力を扱えるようになったとは言え、基本戦術は「敵を囲んでぼこぼこにし、シールドを削ってから無防備となった魔物を仕留める」である。
そんな段階をすっ飛ばして倒せてしまう2人の強さは賞賛に値した。
(さすが剣聖と拳王。でも……)
とはいえ、あまり喜んでもいられなかった。突発的な戦闘であったとはいえ、2人はこちらの命令を明確に無視して飛び出していたのだ。チームの命令なんて、軍隊などと違ってそこまで強制力がある訳ではないが、事前に言って反対がなかったし、今後のことを考えると、一言いう必要がありそうだった。
「お疲れ様。でも、わざわざ戦う必要はなかったんじゃない?」
「判断を待つ時間がないと思いました」
とアカリ。彼女が一番先に魔物と接敵するので、判断を待つ時間ないの確かである。だが今回は、彼女が魔物を威嚇しており、実質的に先に仕掛けたのはアカリと言えた。
「自分のことは自分でやる、だろ。緊急時に一々指示を仰いでたら非効率ってやつだ」
リンが続く。2人の言う言葉は、冒険者としては正しい面もある。しかし、ガイは彼女たちから、「この件に関して、お前の言うことは聞かない」というメッセージを感じ取った。
(うーん、難しいぞ……)
ガイは2人の顔を交互に見た。どちらも悪いと思っている風でもない。
強く言って聞くことはないだろう。そもそも強制的に言うことを効かせる実力がガイにはない。かといって、ただ向こうの言い分に従っても、それがチームとしていい状態なのか、ガイには判断できない。
答えがだせずにいると、サトミの声が割って入った。
「猿の奇声で、仲間が集まってる。移動した方がいい。あいつらしつこい」
「うっ……今は移動しよう。魔物は魔石だけ回収する」
ガイはそう言って、近くに倒れていた猪の魔物の心臓付近にナイフを突き入れ、空いた傷口から手袋を突っ込んで魔石を回収する。
「自分が倒したのだろ、早くしろよ」
「解体はしたことがなくて……」
「ちっ、お嬢様が……」
猿の魔物の方はリンが回収してくれたようだ。遠くから、猿の魔物の複数の奇声が聞こえてきたので、声は小さく、手で『移動』と合図して、なるべく音を立てないように走りだした。
その後は敵の追跡を撒くため、川を見つけ魔石の血と匂いを洗い流し、見たところかなり水深と流れがある川の側を遡りながら、当初の目的である岩山を目指した。
さっきの話を切り出したいところだったが、周囲を気にしたり、移動に集中したりと、とても切り出せる状況にはなかった。黙々と目標地点に向かって進む。
休憩地点から数キロほど進んだところで、大きく気候が変化した。
『うっ……?』
『なんだ、寒っ!?』
通信デバイスから、前方の2人のそんな声が聞こえてきたころ、最後尾に居たガイも、肌寒さを感じた。
『防寒着に着替えよう』
『了解』
さっきまで蒸し暑かったというのに、今は足元の土には霜ができており、水たまりも薄く氷が張り、息が白い。
リンとサトミは自分のポーチから、防寒着を取り出そうとごそごそしていた。ガイはその様子をみながら自分の分を取り出そうとした時、アカリが困った様子でいるのに気づく。
「あれ、防寒着持ってない? 教科書にもあったよね?」
「うっ……まだ荷解きが……それと、シールドの設定で、どうにかなると聞いていたので……」
「ああ……」
それで、防寒着を荷物から外してきたと。アカリの言葉に、ガイは理解を示した。
防寒着は教科書にも載っている。が、載っているものは不要な物もある。だから荷物を減らしたくて、教科書通りに荷物を用意しない場合もあった。例えば、虫除けスプレーないし、はっか油が必要と教科書には記載されている。が、ダンジョン内の虫は地球の虫とは違うので全く効かない場合があるし、そもそもシールドデバイスで虫刺されは防げる。シールドの魔力を使うかどうかの判断は必要になるものの、確実に安全を求めるなら普通の冒険者はシールドを使う。
そして、シールドは設定次第で断熱材代わりになる。が、そっちはあくまで風を防げるくらいで、ウィンドブレーカー代わりにしかならないのだ。他にフリースやダウンジャケットといった装備がないと暖かさを維持できない。
「わかった。大きいかもしれないけど、俺のを着て」
ガイは話しながら、自分の荷物から、小さく丸められたダウンジャケットを取り出す。
「でも、それだとガイさんが……」
「一応獣人だから、寒さには強いんだ。それに、前衛の体力確保を優先したい」
「ですが……」
もしかしたら、さっき独断先行した手前、「自分のことは自分でやる」ということができないことに何か感じているのかもしれない。しかし、ガイにはその辺りはわからなかったし、そんな彼女の感情よりも、この行動がチームの連携として正しいとして信じて、頑としてダウンジャケットを差し出すのをやめなかった。
「……わかりました。すみません」
ダウンをガイの手から受け取ろうとしたアカリに、サトミが飛び掛かるような勢いで割って入ってきた。
「ずるい! ガーくんのダウン、私が着る!」
「いや、何言ってんだよ……」
「私の貸す、そうすれば……」
と、サトミは自分のダウンジャケットをアカリに押し付けた。そこで気付く。広げてアカリの上半身に重ねてみても、明らかにダウンジャケットは小さい。
「サトミのサイズだと、無理じゃない?」
「むぅぅぅ!」
サトミはむくれていたが、それ以上は何も言わず、しぶしぶ引き下がった。
アカリはガイのダウンジャケットを広げ、袖を通す。少し余っている様子だったが、そこは我慢してもらおう。
サトミとリンは、木陰でダウンジャケットにプラスしてレギンスタイプの防寒インナーも着用していた。ガイは上着を貸してしまっていたので、3人が防寒装備を整えたところで再出発。
「イカイシャクナゲあった」
サトミが指さした先に花が咲いているのが見えた。
「手早く採取して、レポートをまとめよう」
全員異論はないらしく、作業に入った。
「既に何度もレポートされてるはずだけど、意味あんのかねー」
作業に入って数分、採取が終わったのでレポートに移ってからしばらくして、リンがそんなことを口にした。
「この活動を通して、時折新種が発見されることもあるそうなので、無駄にはならないそうですよ」
アカリは自分のレポートから目を離さず、リンに答えた。どうやら彼女は、レポートに写真の他、自分の描いた絵をつけるらしい。かなりせわしなく手を動かしている。(サトミとガイは写真だけで済ませた)
ガイは手を休め、話に乗る。
「新種を見つけると、褒賞とかでるのかな?」
「でる。有用な効能とかあると、かなり稼げる」
「へぇー……」
感心したような、気のないような返事を返し、リンは自分の分のレポートを書き終えたようだ。立ち上がり、腰を伸ばすと、弾かれたように1点に顔を向ける。
「んで、新種ってのはさ……魔物でも褒賞でるんかね……」
リンの纏う空気が変わった。雑談している緩んだ雰囲気から、飛び掛かる直前の肉食獣のような。なんだろう、と思ったその時、ガイの鼻に強い獣臭を感じた。緊張が走り、リンが見ている方に、ガイも顔を向ける。
リンの見つめる先、木の奥からのそりと熊型の魔物が現れた。
「……でる。けど、あいつは既存種」
サトミもゆっくりと立ち上がり、道中ストック代わりにしか使っていなかった魔法杖を手にして戦闘態勢に入る。ガイとアカリも立ち上がり、各々武器を構えて戦闘態勢に入った。大熊は悠然と移動している。こちらに近づいてくるわけでもなく、横に移動しながら、様子を伺っているようだ。
左目に走る五本線の傷。あれには見覚えがある。間違いなく、前回出会った魔物だった。
「あいつ、別の地域にいたはず……」
「探してたのかも」
直接見たことがあるサトミとガイが言葉を交わす。その際も目線は魔物から離すことはなかった。
「君たち、下がりなさい。あれを相手にするには早い」
声を抑え、いつの間にか近づいてきていた自衛隊員が、コンパウンドボウで大熊に狙いを付けた。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉっ!」
熊が立ち上がり、威嚇する。その声に合わせ、自衛隊員が魔力を矢を放った。
目にもとまらぬ三連射。三本の矢が心臓めがけて飛ぶ。
が、熊は纏った魔力障壁と、身震いした分厚い毛皮で矢を全て逸らしてしまった。
あらぬ方向に飛んで行った矢が、川辺にあった岩や木を粉々にした。
(マジかよ……!)
自衛隊員が放った矢は必殺の威力があったはずだ。それは吹き飛んだ矢があたった岩や木を見ればわかる。そんな矢を受けてダメージがあるどころか無傷。魔力障壁を大きく損なった様子もない。
「みんな、逃げ……!」
「走って逃げれる相手じゃありませんよ!」
「ここで倒せばいいんだろうが!」
ガイが撤退を指示しようとした時、アカリとリンが駆け出した。足場の悪い川辺を飛ぶように移動し、左右に分れ、攻撃せんと振りかぶる。
「はっ!」
「らぁっ!」
アカリの刀は魔力障壁を切り裂いたようにも見えたが、分厚い毛皮に阻まれ肉には届いていない。リンの渾身のパンチも、魔力障壁と脂肪によって衝撃が分散したのか、ダメージを与えたように見えなかった。
「離れろっ!」
ガイが叫ぶ。動きが止まった2人を、熊はゆっくりにすら見える動きで、左右の前腕で交互に薙ぎ払った。
「っ!」
ガイが息を呑む。2人のシールドが激しい音を立てて削れたのが見える。アカリは近くの木に叩きつけられ、岩場に叩きつけられそうになったリンは、猫のように身を翻し、着地する。自分で跳んでいたのか、リンの方は動けている。
(動け……!)
すくみ掛けていた足を動かし、ガイはようやく走りだした。加勢せねば。勝つビジョンはないが、放っておいても彼女たちは死ぬ。ならば、どうにかできる余地がある内に、勝機を見いださなければいけない。
「加勢するっ!」
自衛隊員は、説得という無駄な時間を捨て、攻撃に時間を回す判断をしたようだった。ガイの動きに合わせ、矢を次々に放つ。
大熊はうっとうしそうにそれを受ける。隊員の魔力と、大熊の魔力がせめぎ合い、耳障りな音を何度も立てた。大熊の魔力障壁が削れている様子だったが、ダメージを与えるまでいかない。
大熊が気を取られている隙に、リンが再び大熊の懐に潜り込む。右拳が輝いて見えるほど、濃厚な魔力を込めた一撃。
「ああっ!」
裂ぱくの気合と共に放たれた攻撃は大熊の身体に浸透した。脇腹の辺りから、大きく波紋が広がるように衝撃が広がったのが肉眼でも見える。
大熊が悲鳴をあげ、リンに向かって前腕を振るった。リンはバックステップで大きく距離を取り、再び攻撃するため、走り出した。
次のリンの攻撃に合わせ、左右で挟む形にしなければ、リンが攻撃される可能性が増える。自分の火力はリンやアカリに及ばないが、自分が攻撃することで、こちらに大熊の注意を分散させる。
そうイメージを作りだし、即興でリンとの連携を考えたところで、ガイのプランは破算した。
「グォォォォッ!」
大熊の威嚇。しかし、その威嚇は先ほどのものとは別物だった。咆哮に魔力がたっぷりと乗ったそれは、ガイの心にあった恐怖心を何倍にも増幅させる。足がすくみ、倒れないように立っているのが精一杯になった。
「相手を……恐怖させる、魔法……!?」
魔物が魔法を使う、という知識があっても、完全に想定外だった。それはガイだけでなく、リンもまたそうだったのだろう、大熊の前で、足が止まる。
「あっ……」
リンの口から、恐怖が漏れた。無防備に見える状態で、大熊が振るった前腕を受け、リンが転がる。シールドが悲鳴じみた音をあげ、砕け散った。
動かなくなったリンに向かって、大熊が動く。止めをさす気だ。シールドのないリンが攻撃を受ければ、ひとたまりもない。
「うぁぁぁぁっ!」
ガイは恐怖を振り切って走りだし、倒れるリンに近づく。何か策があった訳ではなく、彼女を抱きかかえ、逃げる。それくらいしか考えられていなかった。
何とか、抱きかかえようとした時、ガイの身に衝撃が襲った。ガイのシールドが大きな音を立てる。サトミが悲鳴をあげる。
「ガイィィィッ!」
ガイはリンを抱きかかえたまま、大熊の一撃を受けてしまった。吹き飛ばされながら、川の中に落ちる。
上下もわからないような流れにもみくちゃにされながら、ガイはリンと一緒に流されていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
合成師
あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。
そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。
男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます
neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。
松田は新しい世界で会社員となり働くこととなる。
ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。
PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。
↓
PS.投稿を再開します。ゆっくりな投稿頻度になってしまうかもですがあたたかく見守ってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる