伝説のレジェンドサーガ

フセ オオゾラ

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第7話

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 少しの間、気を失っていたようだ。アカリは痛む頭を押さえながら立ち上がる。

「状況は……?」
「ガイィィィッ!」

 サトミの悲鳴が聞こえ、そちらを確認すると、吹き飛ばされ、川への流れへに消えるガイとリンが見える。大熊を前にしても、サトミは放心したような状態でいる。

「サトミさん!」

 アカリがサトミに向かって声をかけるが、サトミに反応はない。大熊が流されたガイとリンではなく、残ったサトミと、弓を引く自衛隊員に興味を移す。

「グォォォォォッ!」

 大熊が立ち上がり、威嚇した。

「なっ……!?」

 咆哮に乗った魔力に威圧され、足がすくむ。アカリは焦りを覚えた。見れば、自衛隊員の動きも鈍い。
 大熊の方向に反応したのか、サトミがゆっくりと杖を構え、大熊へと向けた。

「許さない……」

 何か呟いている様子だったが、アカリの位置からではサトミが何と言ったのか聞こえなかった。

「ガイの指示を待つべきじゃなかった。経験を積ませるいい機会だと思ってたのに……」

 ぶつぶつと呟きながらも魔力が高ぶり、可視化していく。青白い魔力の光が、幾何学模様を描き、多数の魔法陣へと姿を変える。

「ファイアボール・マルチバースト」

 魔法陣が一斉に火を噴く。砲弾のように打ち出された小さな火球が、大熊に次々と撃ち込まれる。大熊から外れ、地面に着弾した火球は、土砂を大きくえぐり地形を変えていく。しかし、大熊は魔力障壁が削れただけ。それでも火球に怯んだ様子で、動きを止めている。

「っ……!」

 ファイアボールは学園の教科書にも載るような基礎魔法だったが、サトミによって大胆にアレンジを加えられていた。威力も精度も学園では見たことがないような魔法に、アカリは息を呑む。そして、そんな魔法を持ってしても、大熊にはダメージを与えられていない。
 完全に、自分は戦力を読み違えたのだ。道中があまりにあっけなかったため、油断していた。強いとは言っても、せいぜいが手こずる程度だと、どこかで高を括っていた。が、あの大熊は明らかに格が違う。

(功名心に焦ったばかりに……!)

 アカリは自分の判断に後悔していた。家から独立して、冒険者として自立を認めさせるために、わかりやすい結果が欲しかった。その勝手な判断のせいで、仲間2人を巻き込み、安否不明の状態になっている。しかし、自分を責めている時間はなさそうだった。
 大熊が威勢を取り戻し、巨体をぶるりと震わせた後、サトミに狙いをつけて走りだした。

「倒せない。面倒……」

 言葉とは裏腹に、サトミはすでに次の魔法を準備していた。大きな魔法陣がひと際強く輝く。

「エア・カノン!」

 また、アカリの知らない魔法を放つサトミ。不可視の風の砲弾が、大熊を直撃し、その巨体を地面に転がした。これもまた魔力障壁を削っただけだったが、サトミは大熊相手にアカリたちよりよっぽど上手く立ち回ることができていた。
 アカリは状況をコントロールしているサトミに、近づきつつ判断を仰いだ。

「どうします!?」
「前が足りない。勝負にならない」

 その短い言葉から、アカリは正確に意図をくみ取る。

(私では力不足、ということですか……)

 前、とは前衛のことだろう。勝負にならないというからには、大熊相手に勝ち目は薄いとサトミは見ている様子だった。そして彼女は、アカリを戦力扱いしなかった。
 サトミは言葉を続けた。
 
「だから逃げる。そのために……」
「ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっ!」
「あいつらを使う」

 森の方から奇声が聞こえる。現れたのは猿型の魔物だ。猿の数は10を超えている。そんな猿たちはサトミたちに向かって、敵意をむき出しにしていた。

「あれは、先ほど倒した猿の仲間……!?」
「囲まれている……逃げ場がない」

 アカリと自衛官が青い顔で呟いた。しかし、サトミはその言葉に対して答える。

「あれで作る。問題ない」

 サトミの言葉に反応した訳ではないだろうが、状況が動き始めた。最初、サトミたちに敵意をむき出していた猿たちだったが、大熊の存在に気付き、警戒している。
 そして大熊もまた、猿たちが自分の獲物を横取りしようとしていると感じたのか、猿たちに向かって威嚇を始めていた。
 大熊の注意は猿に向いている。猿は数が多いため、サトミたちの様子を伺っている数匹と、大熊を取り囲もうとしている数匹に分れた。
 サトミたちの様子を伺っていた数匹のうち一匹が、サトミらに向かって走りだした。サトミはそんな猿に向かって魔法を放つ。

「エア・カノン」

 狙いすました一撃が猿を気持ちよく吹き飛ばした。吹き飛んだ猿は、こちらを見ていなかった大熊に命中する。

「グォォォォォッ!」

 突然飛んできた猿がぶつかり、大熊が激怒した。そして、激怒した大熊は飛んできた猿を一撃で叩き潰した。サトミの魔法によって魔力障壁も随分消費していたのだろうその猿は、悲鳴を上げる間もなくこと切れ、びくびくと痙攣していた。

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」

 猿たちが一斉に不快な声をあげた。仲間の死に怒りを覚えた猿たちが、全て大熊に注意を向ける。

「今のうち。猿が時間を稼ぐ」

 静かにそう言って、サトミは乱闘を始めた魔物たちから逃げるため、静かに移動を始めた。自衛隊員とアカリもそれに続く。

「……最初から、君が指揮を執るべきだったんじゃないか?」

 少し離れたところで、周りを警戒しっつ、自衛隊員がそう言った。多少の非難が混じっているようなその言葉に、サトミは前を向いたまま答えた。

「それだとガイの実績にならない。チームとしての経験を積んでもらいたかった」
「しかし……いや、何でもない」

 自衛隊員は彼女を責めても仕方ないと考えたのだろう、喋るのをやめ、周囲を警戒し始める。
 アカリはいたたまれない気持ちになった。リーダーを押し付けたのは自分だというのに、自分勝手な理由の精で彼の命令を無視したのだ。チームとしての実績より、個人としての実績を優先させたかった。そんな傲慢が、ことの発端になっている。

「ガイは伝説になる……これくらいで、死んだりしない」

 自分に言い聞かせるためなのか、サトミはそう呟いた。そんな彼女に何が言えるのか。アカリはますます顔をあげることができず、淡々と足を動かした。 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 前後がわからなくなるような水流に揉まれながら、ガイは何とか水面を目指す。

「ぶはっ! はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

 急流に流されながら、自分が水面に顔を出せるように姿勢を作り、片手で何とかリンの顔を水面に出してやる。彼女に気を使えたのはそこまでだった。
 冷たい水と、速い流れに手足が重い。何とか泳がないと岸にたどりつけない。必死になって手を動かす彼の耳に、ドドドドドド……という音が聞こえてくる。それは段々と近づき、大きくなっているようだ。川の流れの先は見えなかった。

(なんだ……?)

 勢いを増す水流に、先の見えない川。そして段々と聞こえてくる大きな音。

(まさか、滝……!?)

 地図を思い出そうと思ったが、滝はあったような気がする、程度であったしその規模なんて思い出せない。思い出せたら覚悟ができたかもしれないが、逆に怖気づいた可能性もあったので、それ以上考えるのはやめた。

(岩肌に叩きつけられなければ、シールドで何とかできるかもしれない……)

 リンは大熊の攻撃を受けてシールドが存在しない。自分が盾にならないと、溺死する前に叩きつけられた衝撃で死にかねない。

「はっ、はっ、はっ、はぁ、はぁっ……!」

 恐怖と緊張におかしくなりそうになる呼吸を何とか深くできるように努めながら、水面に浮いていることに集中する。流れに乗って泳ぎ、勢いを付けながら滝へと突入する。

「っ……!」

 水から投げ出され、宙に放り出される浮遊感に恐怖を覚え、リンの小さな体を抱きしめる。少女の柔らかさを感じているような余裕はなく、自分が下になり、シールドを使って衝撃を受け止めることだけに集中する。

 大きな水音と共にガイとリンは水面へと叩きつけられた。少しして、ガイはリンを抱えて水面へと浮かび上がる。

「ぶはぁっ! はぁ、はぁ……」

 ガイは賭けに勝ったようだった。シールドのおかげで水面に叩きつけられた衝撃も大したものではなく、リンを抱えたまま、何とか岸へと泳ぎ着いた。
 冷たい水から何とか身体をあげ、リンを岸辺に引きずり上げた。

「けほっ、けほっ……」

 リンが小さくせき込み、少量の水を吐き出す。気を失っていたおかげで、変に水を飲まずに済んだのか、自分で呼吸はできているようだ。しかし、体温が下がっているのだろう、顔色が悪い。

「どこまで、流されたんだ……? おかげで、離れることはできたけど……」

 しかし、そんな疑問も、リンの介抱も一旦横に置くことにした。

「さ、寒い……」

 早く暖を取らなければ、2人とも凍死しかねない。
 ガイは震える手で、ポーチからメタルマッチと火種を取り出す。震える手が上手く火花を出せないが、何とか緊急用の火種に火が付く。適当にレポート用のノートを切って火を大きくした後は、近くに落ちていた木々を薪にする。
 ガイは濡れた制服の上着とシャツを脱ぎ捨てて、近くの岩の上に適当に置いた。そうすると、冷たく濡れていた体に直接火の熱が当たり、ぬくもりを感じ始めて、少しだけ安堵する。
 と、そこで一つ気付いた。

(やばい、脱がさないと……リンの体力が持たないかもしれない)

 火のあたる位置に移動させたリンは、まだ気を失ったままだ。それも、全身びしょ濡れのまま。彼女の体温を維持するために、彼女の装備を脱がし、タオルなどで拭いてやる必要がある。意識があれば着替えも含めて彼女自身にお願いできるが、今は難しい。服を着替えることはできずとも、身体を乾かして温める必要はあるように思えた。
 濡れたダウンと、制服、そして、防寒用のレギンスタイプのインナー。これらは脱がしておかないと彼女の体温をどんどん奪うだろう。

「これは、救命行為だから……」
 
 異性の衣服を脱がせる、という行為を意識してしまうと、手が完全に止まりそうだ。それに、こんなところで興奮・・してしまう。
 ガイは自分に言い聞かせ、リンの着るダウンと上着をなんとか脱がせたあと、問題のレギンスに取り掛かる。レギンスはスカートの中だ。スカートを脱がすか、スカートの中に手を直接入れる必要がある。スカートを脱がせば簡単なのだろうが、スカートは最後の一線な気がした。とても脱がす気になれない。
 手を入れるのにもかなり躊躇したが、そんな恥ずかしいからなどという理由で、彼女の命を危険にさらす訳にはいかない。

「くっ……」

 意を決してスカートの中に手を入れ、彼女の身体の熱を感じながら、レギンスを掴む。そして、ゆっくりと脱がし始めた。
 レギンスを膝辺りまで何とか脱がせた、というところで、リンが身じろぎした。

「んっ……」

 薄っすらと目を開け、ぼんやりとした瞳が辺りを確認している。
 リンは即座に自分の状況を確認した様子だった。服を脱がされている自分と、その服を脱がしにかかっている半裸の男であるガイの姿。

「てめぇ……んなにしやがるッ!」
「んなんっ!」

 体のバネを使い、上体を起こすと同時に放たれた右ストレートは、ガイの顎を的確に捉え、彼の残り少ないシールドを砕き割った。
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