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第9話
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ダンジョンには原則、安全地帯などは存在しない。
駐屯所とは、冒険者と自衛隊が協力体制を敷いて、拠点を作り、常に周囲の魔物を間引いて安全地帯を作りだしている場所のことだ。
そこではダンジョン内部の研究と、探索日程表を過ぎて消息不明となった冒険者の捜索や、長期間のダンジョン探索を行う冒険者に対して、休憩場所の提供や、物資補給(物資は有料)などの支援などを行っている。
冒険者の卵であるガイたちも、実際利用したことはなかったが、有事の際の避難所として知っていた。
「進路はあってる?」
「ちょっと待て、少し揺れないようにしてくれ」
ガイは背負ったリンに声をかけた。リンは折りたたんだ地図を片手に、現在地を推し量る。
昨晩休息した滝の近くから、日の出と共に移動を開始して、現在は既に午後を回っていた。あまり時間をかけると日が暮れてしまう。日が暮れる前に駐屯所に付きたいところだった。
「幾つか目印になる地点は越えてきたから、そろそろ道なりなんなり見えても良さそうなんだけどよ……」
「そっか。駐屯地まで付いたら、すぐに探索隊と討伐隊をお願いしよう」
ここまでの移動に体力を使っているのと、再びダンジョンの気候が温暖な地域に移動してきたため、額に汗を浮かんでいる。
かなり疲労していたが、自分が助かるのかという不安感や、はぐれてしまったサトミやアカリの安否が気になって、かなりハイペースで進んできていた。
藪を抜けたら、踏みならされた道が見えた。舗装された道とは程遠いような、ごつごつとした道だったが、それでも、人の痕跡を見つけられて、膝の力が抜けそうな程安堵する。
ガイは休みたくなる足に力を込め、歩みを進めた。
「……」
最初、笑顔を浮かべていたガイだったが、道を進むごとに、顔色が曇った。足は止まりはしなかったが、駆け出したい程弾んでいた歩みは、重くなる。
「なんだ、これ……」
ガイの言葉を代弁したのは、リンだった。すぐ耳元で聞こえる彼女の声は、震えている。
「大熊が……ここに現れたのか?」
ガイは残された痕跡を見て呟いた。
駐屯所へと続いているはずの道は、荒れ果てていた。何かにへし折られたのだろう木が倒れている。惨殺された猿の魔物が、何体も転がっていた。魔法での戦いの跡だろうか、地面が大きく抉れている箇所すらあった。
道や魔物の死骸に残った爪跡には、見覚えがあった。大熊がつけたものによく似ている。別の個体がここに来た、と考えるより、人間の痕跡を見つけた大熊が、駐屯所を襲ったと予想するのが自然だった。少なくとも、残された痕跡からは、多数の個体が居たとは思えない。
「嘘、だろ……」
それでも進んでいくと、半壊した様子の駐屯所が見えた。火の手が上がっていたのか、黒煙をうっすらとあげ、駐屯所周囲に作られた、丸太の柵は崩れ、ログハウス風の建物も損壊しているものが見受けられた。
そして、それらを片付ける人も、復旧しようとする人も見かけない。駐屯所は放棄されたのだろうと思われた。
駐屯所の中に入ってみても、やはり人の気配はなかった。
「……ガイ、あたしをおいてけ。あたしを連れてたら、逃げられないだろ」
リンの声は震えていた。肩を掴んでいた手にも力が入っている。こんな所で残るという危険がわからない訳ではないだろう。
「……異界の扉を目指して移動する」
リンの言葉を無視して、ガイは重く感じる足を動きだした。リンが肩を叩き始める。
「逃げろよ! あたしはこれ以上、自分のせいで誰かが死ぬなんていやだ!」
「2人はまだ死んでない! それに、俺に君を殺させようっていうのか!?」
確証はなかったが、まだ死体を見たわけではない。それに、リンを置いていくという選択肢も、とても取る勇気がなかった。
「っ……!」
ガイの言葉に、この危険な場に置いていくということがどういうことか気づいたリンが息を呑む。
「なんでだよ……学園を卒業するんだろ。いい会社に入ったりするんだろ……なら、置いていけよ」
リンの力ない声が、背中から聞こえてきた。ガイはそれには取り合わなかった。
「ダメだよ」
「なんで……」
「俺にはリンが、必要なんだよ」
そうしないと、きっと自分の中の「普通」が崩れてしまう。ガイにはそんな確信があった。
そうでなくても、ここでリンを置いていく、誰かを犠牲にして自分だけ助かる、なんていう手段を取れば、自分でいられなくなりそうだった。
「な、なぁ……!? こんな時に、何を言って……!」
「?」
背中から帰ってくる変な反応に、ガイは背負っているリンの様子が気になったが、首を回しても到底後ろが見れそうにないのであきらめた。
『おーい! 誰かいるのか!』
『居るなら返事をしてください!』
起動状態にしてあった通信デバイスから、音声が聞こえてきた。はっとなって辺りを見回すと、自衛隊員と思わしき迷彩服をきた男女が、声を上げていた。
「こっちです!」
ガイがその声に答えると、2人が駆け寄ってきた。
「よかった。学生の利用者が残っていたのか……」
「驚いたでしょうけど、もう大丈夫ですよ」
自衛隊員の2人はそう声をかけてくれる。
「あの、何があったんですか?」
「熊型の魔物が、駐屯所を襲ってね……魔力障壁を削って、何とか撃退したんだけど、被害が大きかったのと、学生や駐屯所に詰めていた研究員の退避を優先するため、ここを放棄することになったの」
女性隊員がガイの質問に答えてくれた。熊型の魔物、と聞いて、ガイとリンにはあの大熊の姿が脳裏に浮かぶ。
「あの、俺たちは大熊と遭遇して仲間とはぐれたんです! 仲間が無事かどうか、確認できませんか」
「もしかしてあなたたち、大上ガイくんと荒井リンさん?」
「そうです」
「仲間の日野アカリさんと、西園寺サトミさんは無事よ。2人からあなたたちの救助要請があったの」
「そうですか……!」
女性隊員の話に、ガイは喜色を浮かべた。背負っているリンからも、小さな声で、良かった……という涙声が聞こえていた。
「仲間は異界の門へ向かって移動中だ。案内するからついてきてくれるか?」
「はい。お願いします」
「あと少しだ、頑張ってくれ。佐藤、負傷者の移送を代わってやれ」
女性隊員にリンを引き渡し、女性隊員がガイと同じ様に背負い紐を使って背負う。リンは隊員に礼を言いつつ身を預けた。
「他に残留者がいないかだけ確認する。少し待っていてくれ」
「手伝います」
男性隊員の言葉に、ガイが申し出る。隊員は少し考えている様子だったが、
「……ありがたい。崩れそうな危険な場所には近づかず、建物の外から通信デバイスで声掛けをお願いしたい」
「わかりました」
と、ガイの提案を受け入れ、男性隊員、女性隊員&リン、ガイで手分けして駐屯所を回り、誰からも反応がないことを確認した後、ガイたちはその場を離れた。
それから日が暮れていき、夕日に染まるころ、ガイたちは駐屯所から離脱した集団に追いつくことができた。人の群れの最後尾が遠めに見えてきている。
ガイは遠目に目的地が見えたことで、足を止めていた。女性隊員が苦笑してガイを見る。
「……」
「大丈夫か?」
「なん、とか……」
リンの言葉に、追いつくためにかなりのハイペースで移動を強いられたガイは、息も絶え絶えになっていた。リンを背負って移動していて疲労がたまっていた、というのはあったが、それでもペースを落とさずに移動しきってしまった現役自衛隊員の体力に驚かされるばかりだ。
「少し待て。様子がおかしい」
男性隊員がポーチから双眼鏡を取り出して様子を見る。しばらくして、焦った声を上げた。
「なんてこった……大熊と戦闘している」
「!」
「戦闘員が総出で当たっている。佐藤、準備しろ」
「はい! ガイくん、リンさんをよろしくね」
女性隊員がガイにリンを引き渡し、槍を構えた。男性隊員も槍を構える。
「私たちは戦線に合流する。君たちは非戦闘員と合流して、すぐにこの場を離れるんだ。いいね」
「は、はい」
目配せだけして、2人の隊員はガイたちを置いて駆け出す。魔力で強化しているのだろう2人は、瞬く間に離れていってしまった。
「いい。体力限界だろ? 肩だけ貸してくれよ」
「わかった」
リンの左側に立って肩を貸してやり、移動を開始する。
「あいつら、無事、だよな……?」
リンの不安そうな言葉に、ガイは答えられなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(これ以上、前線を支えるのはムリ)
サトミは前で戦う自衛隊員を魔法で援護しつつ、冷静にそう考えていた。
前線を支える自衛隊員は、昨晩からほとんど戦い詰め状態で限界が近い。かくいう自分も、隊員たちと交代することで休ませてもらっていたが、疲れが抜けきるような休息が取れず、疲労感が濃い。
昨日、駐屯所に助けを求めた後、食事をとって数時間は休めたサトミたちだったが、駐屯所がサトミたちを追ってきた大熊と、大熊を追って来た猿たちによって襲撃を受けた。
深夜頃、戦闘員総出で大熊を撃退に成功するも、大熊の再襲来と駐屯所の破損状態などを鑑みて、自衛隊員たちは駐屯所を放棄する決定をくだし、移動した。
移動中、大熊が再び襲撃をかけてきた、という所だった。大熊は回復力も高いようで、昨晩ほとんど削ったと思われた魔力障壁が回復しており、逆に人間側はそれほど早く魔力が回復しない。
(学生はもう私とアカリだけ)
駐屯所を利用していた学生のほとんどは既に魔力が尽きて前線を離脱していた。その中には、勇者候補のタケルの姿もあった。特に勇者はアカリやリンと同じく、功績に目がくらんで矢面に立ったせいで、早々に魔力が尽きてしまい戦線離脱を余儀なくされていた。
おかげで他の学生は足が竦み、結果慎重になれたため、その後は自衛隊員と連携できたので無駄ではなかったが……。
だましだまし戦ってきていたが、壊滅までのカウントダウンが迫っていた。
「ん……?」
大熊が妙な行動をとったことにサトミは気付いた。顔を上げた熊が、匂いを嗅ぐような動きを見せたのだ。顔を巡らせた後、一点を見つめている。
(戦えない人を狙うつもり……?)
大熊の見ている視線の先には非戦闘員や戦線離脱をした学生が、最低限の戦闘員を連れて移動しているはずだ。
サトミがそう思い確認すれば、リンに肩を貸すガイの姿が見えた。ガイの無事な姿に喜びが沸き上がるが、そんな気持ちはすぐに吹き飛んで、サトミは叫んでいた。
「逃げて!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大熊と自衛隊員が戦っている中、その戦闘地域を迂回しようとしていたガイとリンは、非戦闘員の人たちと合流はできていなかったが、列に遅れるように後を進んでいた。
「逃げて!!」
サトミの声に振り向くと、大熊と対峙している自衛隊員らに交じって、サトミとアカリがいるのが見えた。2人の安否に喜びたい所だったが、大熊がガイとリンに気付いているのだとわかってしまった。
「グォォォォッ!」
ガイに気付き、喜ぶような咆哮をあげる大熊に、ガイは理解した。
「あいつはずっと、俺たちを追ってきてたのか」
ガイの言葉に、リンの身体が強張った。
正確には、前回の実習で大熊と出会った、ガイとサトミを。前回の実習から獲物として狙われ、ずっと探されていたのだろうと思った。
「くそっ……逃がす気はないっていうんだな」
大熊は自衛隊員からの攻撃を受けて鬱陶しそうにしながら、ずっとガイを気にしていた。ここでガイとリンが非戦闘員の方に逃げてしまえば、大熊はガイを追ってきてしまうだろう。
ガイは覚悟を決めた。
「なら、お前を倒して、伝説にでもなんでも、なってやる……!」
駐屯所とは、冒険者と自衛隊が協力体制を敷いて、拠点を作り、常に周囲の魔物を間引いて安全地帯を作りだしている場所のことだ。
そこではダンジョン内部の研究と、探索日程表を過ぎて消息不明となった冒険者の捜索や、長期間のダンジョン探索を行う冒険者に対して、休憩場所の提供や、物資補給(物資は有料)などの支援などを行っている。
冒険者の卵であるガイたちも、実際利用したことはなかったが、有事の際の避難所として知っていた。
「進路はあってる?」
「ちょっと待て、少し揺れないようにしてくれ」
ガイは背負ったリンに声をかけた。リンは折りたたんだ地図を片手に、現在地を推し量る。
昨晩休息した滝の近くから、日の出と共に移動を開始して、現在は既に午後を回っていた。あまり時間をかけると日が暮れてしまう。日が暮れる前に駐屯所に付きたいところだった。
「幾つか目印になる地点は越えてきたから、そろそろ道なりなんなり見えても良さそうなんだけどよ……」
「そっか。駐屯地まで付いたら、すぐに探索隊と討伐隊をお願いしよう」
ここまでの移動に体力を使っているのと、再びダンジョンの気候が温暖な地域に移動してきたため、額に汗を浮かんでいる。
かなり疲労していたが、自分が助かるのかという不安感や、はぐれてしまったサトミやアカリの安否が気になって、かなりハイペースで進んできていた。
藪を抜けたら、踏みならされた道が見えた。舗装された道とは程遠いような、ごつごつとした道だったが、それでも、人の痕跡を見つけられて、膝の力が抜けそうな程安堵する。
ガイは休みたくなる足に力を込め、歩みを進めた。
「……」
最初、笑顔を浮かべていたガイだったが、道を進むごとに、顔色が曇った。足は止まりはしなかったが、駆け出したい程弾んでいた歩みは、重くなる。
「なんだ、これ……」
ガイの言葉を代弁したのは、リンだった。すぐ耳元で聞こえる彼女の声は、震えている。
「大熊が……ここに現れたのか?」
ガイは残された痕跡を見て呟いた。
駐屯所へと続いているはずの道は、荒れ果てていた。何かにへし折られたのだろう木が倒れている。惨殺された猿の魔物が、何体も転がっていた。魔法での戦いの跡だろうか、地面が大きく抉れている箇所すらあった。
道や魔物の死骸に残った爪跡には、見覚えがあった。大熊がつけたものによく似ている。別の個体がここに来た、と考えるより、人間の痕跡を見つけた大熊が、駐屯所を襲ったと予想するのが自然だった。少なくとも、残された痕跡からは、多数の個体が居たとは思えない。
「嘘、だろ……」
それでも進んでいくと、半壊した様子の駐屯所が見えた。火の手が上がっていたのか、黒煙をうっすらとあげ、駐屯所周囲に作られた、丸太の柵は崩れ、ログハウス風の建物も損壊しているものが見受けられた。
そして、それらを片付ける人も、復旧しようとする人も見かけない。駐屯所は放棄されたのだろうと思われた。
駐屯所の中に入ってみても、やはり人の気配はなかった。
「……ガイ、あたしをおいてけ。あたしを連れてたら、逃げられないだろ」
リンの声は震えていた。肩を掴んでいた手にも力が入っている。こんな所で残るという危険がわからない訳ではないだろう。
「……異界の扉を目指して移動する」
リンの言葉を無視して、ガイは重く感じる足を動きだした。リンが肩を叩き始める。
「逃げろよ! あたしはこれ以上、自分のせいで誰かが死ぬなんていやだ!」
「2人はまだ死んでない! それに、俺に君を殺させようっていうのか!?」
確証はなかったが、まだ死体を見たわけではない。それに、リンを置いていくという選択肢も、とても取る勇気がなかった。
「っ……!」
ガイの言葉に、この危険な場に置いていくということがどういうことか気づいたリンが息を呑む。
「なんでだよ……学園を卒業するんだろ。いい会社に入ったりするんだろ……なら、置いていけよ」
リンの力ない声が、背中から聞こえてきた。ガイはそれには取り合わなかった。
「ダメだよ」
「なんで……」
「俺にはリンが、必要なんだよ」
そうしないと、きっと自分の中の「普通」が崩れてしまう。ガイにはそんな確信があった。
そうでなくても、ここでリンを置いていく、誰かを犠牲にして自分だけ助かる、なんていう手段を取れば、自分でいられなくなりそうだった。
「な、なぁ……!? こんな時に、何を言って……!」
「?」
背中から帰ってくる変な反応に、ガイは背負っているリンの様子が気になったが、首を回しても到底後ろが見れそうにないのであきらめた。
『おーい! 誰かいるのか!』
『居るなら返事をしてください!』
起動状態にしてあった通信デバイスから、音声が聞こえてきた。はっとなって辺りを見回すと、自衛隊員と思わしき迷彩服をきた男女が、声を上げていた。
「こっちです!」
ガイがその声に答えると、2人が駆け寄ってきた。
「よかった。学生の利用者が残っていたのか……」
「驚いたでしょうけど、もう大丈夫ですよ」
自衛隊員の2人はそう声をかけてくれる。
「あの、何があったんですか?」
「熊型の魔物が、駐屯所を襲ってね……魔力障壁を削って、何とか撃退したんだけど、被害が大きかったのと、学生や駐屯所に詰めていた研究員の退避を優先するため、ここを放棄することになったの」
女性隊員がガイの質問に答えてくれた。熊型の魔物、と聞いて、ガイとリンにはあの大熊の姿が脳裏に浮かぶ。
「あの、俺たちは大熊と遭遇して仲間とはぐれたんです! 仲間が無事かどうか、確認できませんか」
「もしかしてあなたたち、大上ガイくんと荒井リンさん?」
「そうです」
「仲間の日野アカリさんと、西園寺サトミさんは無事よ。2人からあなたたちの救助要請があったの」
「そうですか……!」
女性隊員の話に、ガイは喜色を浮かべた。背負っているリンからも、小さな声で、良かった……という涙声が聞こえていた。
「仲間は異界の門へ向かって移動中だ。案内するからついてきてくれるか?」
「はい。お願いします」
「あと少しだ、頑張ってくれ。佐藤、負傷者の移送を代わってやれ」
女性隊員にリンを引き渡し、女性隊員がガイと同じ様に背負い紐を使って背負う。リンは隊員に礼を言いつつ身を預けた。
「他に残留者がいないかだけ確認する。少し待っていてくれ」
「手伝います」
男性隊員の言葉に、ガイが申し出る。隊員は少し考えている様子だったが、
「……ありがたい。崩れそうな危険な場所には近づかず、建物の外から通信デバイスで声掛けをお願いしたい」
「わかりました」
と、ガイの提案を受け入れ、男性隊員、女性隊員&リン、ガイで手分けして駐屯所を回り、誰からも反応がないことを確認した後、ガイたちはその場を離れた。
それから日が暮れていき、夕日に染まるころ、ガイたちは駐屯所から離脱した集団に追いつくことができた。人の群れの最後尾が遠めに見えてきている。
ガイは遠目に目的地が見えたことで、足を止めていた。女性隊員が苦笑してガイを見る。
「……」
「大丈夫か?」
「なん、とか……」
リンの言葉に、追いつくためにかなりのハイペースで移動を強いられたガイは、息も絶え絶えになっていた。リンを背負って移動していて疲労がたまっていた、というのはあったが、それでもペースを落とさずに移動しきってしまった現役自衛隊員の体力に驚かされるばかりだ。
「少し待て。様子がおかしい」
男性隊員がポーチから双眼鏡を取り出して様子を見る。しばらくして、焦った声を上げた。
「なんてこった……大熊と戦闘している」
「!」
「戦闘員が総出で当たっている。佐藤、準備しろ」
「はい! ガイくん、リンさんをよろしくね」
女性隊員がガイにリンを引き渡し、槍を構えた。男性隊員も槍を構える。
「私たちは戦線に合流する。君たちは非戦闘員と合流して、すぐにこの場を離れるんだ。いいね」
「は、はい」
目配せだけして、2人の隊員はガイたちを置いて駆け出す。魔力で強化しているのだろう2人は、瞬く間に離れていってしまった。
「いい。体力限界だろ? 肩だけ貸してくれよ」
「わかった」
リンの左側に立って肩を貸してやり、移動を開始する。
「あいつら、無事、だよな……?」
リンの不安そうな言葉に、ガイは答えられなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(これ以上、前線を支えるのはムリ)
サトミは前で戦う自衛隊員を魔法で援護しつつ、冷静にそう考えていた。
前線を支える自衛隊員は、昨晩からほとんど戦い詰め状態で限界が近い。かくいう自分も、隊員たちと交代することで休ませてもらっていたが、疲れが抜けきるような休息が取れず、疲労感が濃い。
昨日、駐屯所に助けを求めた後、食事をとって数時間は休めたサトミたちだったが、駐屯所がサトミたちを追ってきた大熊と、大熊を追って来た猿たちによって襲撃を受けた。
深夜頃、戦闘員総出で大熊を撃退に成功するも、大熊の再襲来と駐屯所の破損状態などを鑑みて、自衛隊員たちは駐屯所を放棄する決定をくだし、移動した。
移動中、大熊が再び襲撃をかけてきた、という所だった。大熊は回復力も高いようで、昨晩ほとんど削ったと思われた魔力障壁が回復しており、逆に人間側はそれほど早く魔力が回復しない。
(学生はもう私とアカリだけ)
駐屯所を利用していた学生のほとんどは既に魔力が尽きて前線を離脱していた。その中には、勇者候補のタケルの姿もあった。特に勇者はアカリやリンと同じく、功績に目がくらんで矢面に立ったせいで、早々に魔力が尽きてしまい戦線離脱を余儀なくされていた。
おかげで他の学生は足が竦み、結果慎重になれたため、その後は自衛隊員と連携できたので無駄ではなかったが……。
だましだまし戦ってきていたが、壊滅までのカウントダウンが迫っていた。
「ん……?」
大熊が妙な行動をとったことにサトミは気付いた。顔を上げた熊が、匂いを嗅ぐような動きを見せたのだ。顔を巡らせた後、一点を見つめている。
(戦えない人を狙うつもり……?)
大熊の見ている視線の先には非戦闘員や戦線離脱をした学生が、最低限の戦闘員を連れて移動しているはずだ。
サトミがそう思い確認すれば、リンに肩を貸すガイの姿が見えた。ガイの無事な姿に喜びが沸き上がるが、そんな気持ちはすぐに吹き飛んで、サトミは叫んでいた。
「逃げて!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大熊と自衛隊員が戦っている中、その戦闘地域を迂回しようとしていたガイとリンは、非戦闘員の人たちと合流はできていなかったが、列に遅れるように後を進んでいた。
「逃げて!!」
サトミの声に振り向くと、大熊と対峙している自衛隊員らに交じって、サトミとアカリがいるのが見えた。2人の安否に喜びたい所だったが、大熊がガイとリンに気付いているのだとわかってしまった。
「グォォォォッ!」
ガイに気付き、喜ぶような咆哮をあげる大熊に、ガイは理解した。
「あいつはずっと、俺たちを追ってきてたのか」
ガイの言葉に、リンの身体が強張った。
正確には、前回の実習で大熊と出会った、ガイとサトミを。前回の実習から獲物として狙われ、ずっと探されていたのだろうと思った。
「くそっ……逃がす気はないっていうんだな」
大熊は自衛隊員からの攻撃を受けて鬱陶しそうにしながら、ずっとガイを気にしていた。ここでガイとリンが非戦闘員の方に逃げてしまえば、大熊はガイを追ってきてしまうだろう。
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