竜皇女と軟弱王子

くじらと空の猫

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選択という刻

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「まぁ、皇女様ったらそんなことがおありになったんですの?」
「ええ。まさか王城の番犬とは知らず、部屋に連れ込んでしまい怒られてしまいました」
「皇女様は子犬がお好きですの? 私の家でも先日子犬が産まれましたのよ、良ければ見に来られませんか?」
「それはとても魅力的なお誘いですね」
「まぁまぁ! ずるいですわ、皇女様わたくしの家ではとても珍しいお菓子をとりよせたばかりですのよ、ぜひ私の家にも来てくださいませ!」



「……ヒールリッド、あれはなんだ」
「……最近貴族の令嬢をよくお見かけするなと思ってはいたんですが……」

 兄であるレイドリックからの呼び出しを受け、急きょ執務室へと向かっていた二人。近道だと庭園の中を抜けて行こうと思ったのが悪かったのか、そこには予想だにしない光景が広がっていた。

「皇女さま、こちらもお味見くださいませ、わたくしの家の料理人が皇女様のために作ったものですのよ」
「あら、それなら私だって…!」

 きゃあきゃあとルエンでも名前を知る、ラグレーン国の令嬢たちが取り囲んでいる人物。
 黒い髪を風に吹かれるまま肩へながし、着ている服は昨日みた騎士服をは違う、ひざ丈まである裾の長い服だった。その黒い布地に浮かび上がる胸元の赤い大きな花の刺繍はよく目立ち、彼女の赤い瞳を引きだたせる。

「ありがとう、いただく」

 ばくりとこちらまで聞こえてきそうな音をだして、小さな菓子を口に入れた途端、令嬢たちがいきり立つ。そんな中で楽しそうに笑っているフェリアーデに…

「…ヒールリッド、あれは…あれでいいのか? 私にはどこからどうみても、見目の良い皇子を囲む令嬢にしか見えないのだが…」
「…同感です。先日までドレスを着ていた方にみえません…いえ、むしろ似合っています…」
「…私もそう思う…」

 2人がそう思うのも無理はない。
 もともと、フェリアーデは剣術などの武器全般を扱うことのできる戦士だ。体も鍛えているため、女性とはいえ腕も体も引き締まっている。加えて種族特有の長身。ドレスをやめ、動きやすい服装にしてしまえばそこらへんの男たちより頼もしく、加えて性別が女性だとわかっているため安心して令嬢たちも近づけるのだろう。

「男としての自信を失いそうな絵柄だな…」

 加えて王族として女性へのマナーは完璧。
 顔立ちも良い彼女が微笑めば、令嬢たちが見惚れるのも無理はない。

(うわぁ、なんか気落ちしそうな状況…)

 男である自分より、フェリアーデの方が男らしく見えるのはかなり情けない。
 いやいや、彼女が男に見えるわけではない、だけど…自分より頼りがいがあるのは確実だ。

(…私は何もかも、彼女にかなわない)

 
アルゼール国はみな、身長が高く、体格が良い。武芸に優れ、それを極めるものも多く、かの国が強いと言われるのは何も竜に乗れるからだけではない。しかもフェリアーデは皇女なのだから、将来の王となるための教育もかなり厳しく、そしてそれをやり遂げているのだろう。
 王族としての自信と彼女の培ってきた知識、それが周りを引き付ける力になっている。


 だけど、自分は違う、その努力を怠ってきた。
 だからいま、自分をこんなにみじめに感じてる。
 それを、先日竜の背に乗せてもらったときに思い知らされたのだ。

(私は…何も答えられなかった。彼女の質問に何も答えられず、知らなかった)


 フェリアーデはラグレーン国を美しい国だと褒めてくれた。
 だが、彼女はこの国のこともよく知っていた。

 五年ほど前から、国の小麦の収穫量が増えたこと、毎年湖の水が氾濫し森を湿地帯となってしまい困っている村のために治水の工事をしてきたこと、街の商売をしやすくするための方策などを新たに打ち出したことなど。

(それは、みな兄上が行ってきた実績だ。私は…何一つかかわっていない、それどころかそんなことをしていたなんて知らなかった)

 答えられなかったルエンに、フェリアーデは申し訳なさそうな顔をした。
  
(違う、それは私の無知さが悪い、あなたのせいじゃない)

 今までヒールリッドに指摘されていたはずだった。レイドリックにも、あの無言の眼差しで伝えられているはずだった。公爵令嬢のメディーセカにだって散々言われたはずなのに。

 
 恥ずかしかった。
 周りと自分の弱さを言い訳にして、何もかもから逃げていた自分に。
 こんな気持ちを持ったのは初めてだった。


「ルエン様、そろそろ行きませんと」
「ああ、うんそうだな」

 ヒールリッドに促され、ルエンは彼女らに声をかけることなくその場を去った。
 花が咲き乱れる背丈の高い緑の門の中に消えていく彼らの姿を、赤い瞳が見送っていたことに気付かずに。




-------------------------------------



 最近ルエン王子の様子がおかしい。
 
 ヒールリッドは鍛錬所に向かう道すがら、一人苦悶していた。
 見かけはいつもと変わりなく、自分でなければ気付かないほど些細なことだが、何かを悩んでいるような…考えているような感じだ。

(あの竜に乗った日から…か)

 あれには本当に驚いた。
 自分の目の前でいきなり赤い竜にルエンがかっさらわれたのだ、ヒールリッドが激怒したのも仕方がないと思う。アルゼール国の皇女の近衛騎士のザルバから何度も大丈夫だと言われたが、レイドリックの許可がでていると聞かなければおさまりつかなかっただろう。

 まぁ、でもそれは終わった話だからいい、問題はやはりルエン王子だ。
 自分に相談してくれれば一緒に考えられるのだが、自分の主はそうしてくれない。いつもは大したことのないことでも話してくれるのに、今回はなぜだかそれを選ばない。

「はぁ」

 思わず出たため息は、誰もいない回廊に思ったよりも大きく響いた。
 鍛錬所で一汗流したので、体はすっきりしたが、気持ちははれなかった。いや、むしろ疲れだけが増したのかもしれない。そんなふうに気を抜いていたから、そのお方がくすくすと笑い声を響かせるまで、全くその存在に気付かなかった。

「いつも気苦労が絶えないわね、ヒールリッド」
「……!! ミシャール第二妃様!!!」

 ばっと風のごとく速さで、ヒールリッドが跪く。
 呆けていた自分に叱咤しながら頭を下げる彼に、ミシャールは先ほどと同じ軽やかな笑い声を上げた。

「そんなにかしこまらなくてよくてよ、ヒールリッド」
「は…、ありがとうございます」

 頭を上げたヒールリッドの目に飛び込んできたのは、長い銀髪。
 それは自分の主と同じ、まるで精霊の贈り物だと謳われたこの国でも数人しかもたないものだった。

 ミシャール第二妃。
 その呼び名の通り、ラグレーン国の第二妃であり、ルエンの実の母親。
 17歳であるルエンを生んだとは思えないほど、未だに少女のように幼い顔立ちとルエンより明るい青い瞳を持っている。首や手の甲まで覆う長く白いドレスはとても清楚で、精霊が紛れ込んだと噂された美しさは健在だった。

 だが、彼女が第二妃となりルエンを産んでから、彼女は王都から少し離れた別宅を望んで、そこで一年の大半を過ごしており城へをやってくるのは滅多にない。小さいころはルエンも城と屋敷を行き来していたのだが、15歳の成人を越してからあまりミシャールのもとへも行かなくなり、二人は時折手紙でやりとりする関係になっていた。

「いつもあの子の面倒をみてくれてありがとう。ヒールリッド、感謝してます」
「い、いえ。とても光栄なことです」

 立つように促され、ヒールリッドは戸惑いながらその命令に従う。
 向かい合えば、ミシャールの背は彼の胸元辺りしかない。しかし、彼女の青い瞳はいつも何を考えているのかわからず、ヒールリッドとしてはこういった形で向かい合うのをとても苦手としていた。

「き、今日は陛下にお会いになりにきたのですか?」

 なぜだか自分を見つめたままの沈黙が嫌で、ついこんな質問をしてしまったが、王族の行動を聞いてしまうのは無礼だったかもしれない。さっと顔を青ざめたヒールリッドにミシャールは軽く首を振った。

「いいえ、今日は貴方に会いにきたのよ、貴方に聞きたいことがあって」
「聞きたいこと…ですか?」
「…ええ。そういえば今は騎士団からの帰りだったのかしら?」
「あっ…お見苦しい姿をおみせして申し訳ありません!」

 汗をかいたあとだったので胸元ははだけ、首にはタオルをかけたまま。どこもかしこも汗まみれなこの姿は女性…ましてや主の母親に会う姿ではなかった。だが、ミシャールがこの状況を口にしたのは何も彼の非礼をとがめるためではない。

「ヒールリッド。あなたは騎士団へ戻りたいと思っているの?」
「…え?」
「先ほど…いえ、前から騎士団長からあなたのことを聞いていたわ。彼の貴方の評価は高い。もし可能なら騎士団に戻してほしいと何度も言われていたわ。貴方にその気がなさそうだったから改めて聞きはしなかったけど…貴方ももう22歳。騎士団に戻るにはよい頃合いよ」
「ま、待ってください!! それは…ルエン様がそうおっしゃられていたのですか!?」

 だから最近様子がおかしかったのか。
 自分のあずかり知らぬところで、ルエンがそんなことを考えていたなんてショックだった。こんなに長い間仕えていたというのに、自分をそばから離してよいと思っていたなんて。

「落ち着きなさい、違うはあの子は…自分から貴方を離そうなんて考えていません。むしろ、離れていく方を怖がっているのだから」
「…え?いえ、では今のこの話は一体…」

 わけがわからない。
 ルエンが望んでいるわけでもないのに、なぜミシャールがこんな話をするのか。
 彼女の意図がわからず、ヒールリッドは隠せない不信感を見せてしまった。だが、ヒールリッドをみるミシャールの目は相変わらず何を考えているのかわからない。不敬にもその姿に苛立ちを感じ、疑問を口にしようとしたときだ。


「貴方がこのまま、ルエンのもとにつくのか否か。私はそれを聞きたい。もし、将来騎士団に戻りたいと少しでも思っているのなら、ルエンには当家…私の実家であるファイア家から騎士を出してつけたいの。あの子がどこにいっても付き従う、あの子だけの騎士を」



 それは緩やかに様々な人へと選択のときを告げる言葉だった。







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