竜皇女と軟弱王子

くじらと空の猫

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「なんか、ずいぶんと辛気臭い顔をしているな」
「…放っておいてくれ」

 ぎゃう!
 その通りだと、ランバートの相棒であるサジュールが同意するかのような声をだしたので、ルエンはがっくりと肩を落とす。

(まぁ、その通りなんだろうけどね)

 はぁと思わずついてしまったため息は、自分ひとりで考えても解決できない悩みを抱えていた。自分の不甲斐なさを理解したとはいえ、はっきりいえば何をすればよいのかわからない。一人でしようと思ってみた勉強も、王族らしく振舞う教養も…もうとうの昔に教師たちは匙を投げていて、ルエンへ時間を割いてくれるものはこの城にいない。

 兄上に相談してみようか。
 そんなことも考えたのだが、兄上へはとても忙しい。自分と朝食をとっているのが不思議なぐらい、多忙な日を過ごしているので、わざわざ時間をとってはくれないだろう。

(…違うな、私は怖いのかもしれない)

 恥を忍んでレイドリックに願っても、こんなことも知らないのかと呆れた顔をされるのが。
 …失望されるのが怖いのだと、ルエンは一応気づいてはいたのだ。だからこそ、こうやってうだうだと考えて動くことができないでいる。



 再びはぁとため息をついたルエンに、ランバートは自分の頭を乱暴に掻いた。

 そんなによくいろいろと考えるものだと正直思う。
 ランバードは口よりも体が先に動いてしまう性分だ。まぁ、それでルエンと初めて会ったときも、失敗したのだがそれでも考えて動けないよりマシだと思っている。ルエンは今までみた様々な国の王子のどれとも違っていた。あいつらときたら、自分の大切な皇女にべたべたとまとわりつき、心にも思っていないような歯の浮く台詞を呟き、滑稽に思えるほど皇女の気を引こうと必死だった。だが、同時に気付いていた、そんな言葉を吐きながらも彼らは皇女に選ばれることを望んではない、彼らの目には必ず畏怖と怯えの色があったということを。

 皇女が彼らを選ばない理由もそこにある。
 そんな腑抜けた気持ちで気を引こうとする王子たちより、国のために忠義を貫こうと皇女の縁談を断る臣下の方が筋の通った覚悟をもっている。アルゼール国は強さを尊ぶ国だ。だがそれは何も武術の力だけを指すのではない。剣の力がなくても、自分の気持ちをきっちりと定めているものは心が強い、意思が揺らがない。そんな人たちこそ他国から迎える価値があるというのに、武力の国という言葉が一人歩きして力の強さが一番だと思われているのがランバートも悔しいと思う。

 だからこそ、ルエンは新鮮だった。
 今まであってきた王子とは違う、皇女よりも竜に興味がある王子。自分を弱いのだとはっきり認めている。本人はそれをコンプレックスのように感じているようだが、それを口にできる。自分の弱さを認めることを厭わない。

(だから放っておけないんだろうな)

 足掻きたい。
 もどかしい。

 最近特に感じるルエンの心。
 でも、一歩踏み出せないのは、彼の言う心の弱さのだったとしたら。


「なら、動いてみればいい。悩んでいても何も変わらないぞ?」
「ぐ…そう簡単に言うが…」
「簡単だろう。なら、俺が教えてやるよ」
「え?」

 きょとんとした、まるで幼子のような無防備さ。
 三つしか違わないのに、弟のように感じてしまうのは無礼だとわかっているけど、放っておけない。
 
 ランバートの言葉に同意するかのように、サジュールがぎゃうと一声ないた。
 賛成してくれた相棒の声にランバートも心を決める。

「座学とか、帝王学とかそういうったことはわからない。けど剣の扱いだとか戦術とかそういったことは教えてやれる。教えてもらえる者がいないなら、俺が教えてやるよ。…俺でいいならだけど」
「…で、でも…」
「あとはルエンが決めればいい。それだけだよ」

 すぐ即答できないのは、頭でいろいろ考えているからだ。
 ランバートはそれがあまり理解できない。



 したいなら、するといえばいいのに。



 だけど、彼にしては珍しく根気よくルエンの返答を待ってみた。
 ほかの者がみたら驚く光景なのだが、幸いにも今この場に二人しかいない。

「…お願いしていいか?ランバート」

 そしてそのかいは会った。

「もちろんさ」

 ランバートは決意を秘めた青い瞳をみて、満足げに笑った。


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