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一章
1、クビ
しおりを挟む「新人だな?」
団長のガンツが腕を組む。新人を見つめる視線は厳しい。
ガンツの筋骨隆々の腕から解き放たれる攻撃は一度に多くの魔物を薙ぎ払う。彼は魔法騎士団の中でもトップに君臨する騎士だ。
そんな団長に新人はビシッと姿勢を正した。
「はい!! ジンです!! よろしくお願いします!!」
頭を下げたジンの黒髪が目を惹く。程よく筋肉のついた体は必死に訓練してきた賜物だ。彼の瞳は輝き、これからの任務と自分の魔法騎士としての人生に胸を高鳴らせていた。
憧れていた魔法騎士になれたんだ。これからどんどん魔物を倒していくぞ!! そして俺も父さんみたいな魔法騎士になるんだ!
「元気いっぱいだな。……でも……あの黒髪か。……まあ、近年は魔法騎士不足だから仕方ないのか?」
ガンツが新人を蔑む様に笑う。その嘲笑と共に言われた言葉に、ジンはぐっと拳を握った。
「まあ、いい。これからタナブの森に向かう!! みな、俺について来い!!」
「はっ!!」
ロレアル王国の王都から北西にあるタナブの森。そこには魔物がよく出現する。今回の任務もその森での魔物の討伐だ。
タナブの森に足を踏み入れれば、森の中は木々が茂っており薄暗い。気を抜けば根に足を取られるだろう。細心の注意を払いながら先へ進む。
すると。
「つーかよぉ、黒髪のいる隊はもれなく死ぬっていう噂だぜ? 他の小隊も全滅したらしいし? 本当に黒髪って死神だよな」
騎士隊のメンバーであるヘンリーが、ジンに聞こえるように大きな声で話しだす。それに加勢するように「でも、どうしてこの隊に配置されたんだよ」と、もう一人の魔法騎士のイアンが文句を言う。
「本当それな。しかもさ、人手不足つってもよ、最近魔物が急増しただけだろ。それに他の魔法騎士連中が雑魚過ぎるから大量に死ぬんだろ」
「だから弱い黒髪の人間を雇わなきゃいけないんだろ? てか、俺、死神の巻き添え食らうの嫌なんだけど」
確かに近年魔物の量が急増し、魔法騎士の死者数が増えている。それもあり魔法騎士の志願者が少ないというのはある。
しかしそんなお喋りの過ぎる騎士たちは「採用、配属、その全てに王が携わっている。あまり軽口を叩かない方がいいぞ」というガンツの一言で閉口した。
ロレアル王国では黒髪は魔力がないとされている。他の髪色の人たちと比べると魔力のない人間の比率は断然多い。だから黒髪の人が髪の毛を染めるということはよく聞くことだ。
今思えばジンは人員確保として採用されたのかもしれない。それに自分がこの魔法騎士団の中で死神と呼ばれているのは知っていたし、あまり歓迎されていないというのも感じていた。
嫌な雰囲気に溜息がこぼれる。
「いたぞ、笑いリンゴだ!!」
ガンツの声にはっと頭上を見上げる。木の枝の先にはリンゴがぶら下がっている。それはこちらを見下ろして、ケタケタと不気味に笑っていた。
「こんなの楽勝ッスよ~」
背後でヘンリーが鼻で笑う。
今回の任務は、そう、超低ランクの笑いリンゴの討伐、というよりかは駆除だ。この笑いリンゴが繁殖すれば、木の枝から幹を通り根へと毒を流し、地面を汚染する。
そして場合によっては他の場所の植物も枯らしてしまい、作物が育たなくなるという弊害が生じてしまうのだ。つまり弱いが存在しているとやっかいな魔物なのだ。
「じゃ、団長、まずは毎回恒例の新人のお手並み拝見と行きましょうか?」
「そうだな、まあ、こんな低レベルじゃ、実力なんて測れないだろうがな」
行け、と言われてジンは地面を強く蹴った。恐るべき速さで飛翔し、剣を引き抜く。
「黒い煌き!!」
切り上げると同時に黒い火花が飛び散った。背後では「おお!」と歓声が上がる。
そしてジンが見事に真っ二つにリンゴを切った、と思ったが、カンッと虚しい音を響かせて笑いリンゴに剣を弾かれてしまった。
「あれ?」
弾かれたジンは地面に降り立つ。三人の騎士たちの視線が背に突き刺さった。冷や汗がこめかみを流れる。
確かに、俺は魔力がなかった。
けれど魔力がなくても、それを凌ぐだけの剣の技量があれば魔物を倒せると思っていた。だが、ジンの考えは甘かった。超低ランクの魔物でさえも、微力の魔力では弾き返されてしまうのだ。
ショックすぎてジンは唖然としていた。笑いリンゴは頭上で見下すように「ケケケッ」と笑っている。
「おいおい、こいつ、激弱じゃんっ!! 魔力、本当にねぇの!?」
「魔力がなきゃ、魔物は倒せねぇぞ!? くそ、なんでこんなクズがうちの隊にいるんだよ」
「おい、今は笑いリンゴを倒すのが先だ」
ガンツはジンの横を通り、笑いリンゴに向かってただ一閃する。その斬撃だけで笑いリンゴは吹き飛んで姿を消した。魔力があれば、なんて呆気ないのか。
「どうして魔法騎士になれたのかは知らないが、残念ながらこの隊に弱い騎士はいらない。……団長命令でお前をクビにする」
ガンツはそれだけを言い残してその場を立ち去ろうとしたが。
「おい!! ケルベロスだ!!」
木の陰からぬっと姿を現した、巨大な体躯。怒りに満ちた顔が三っつ、こちらを睨んでいる。それらが牙の隙間から今にも炎を吐き出さんとしていた。
いつのまに……!? 気配なんてなかったぞ……!!
「おいマジかよ。ケルベロスが出るなんて聞いてねえぞ!!」
「とにかく今は戦うな!! この人数では適わない!! 撤退だ!!」
ジンを置いて逃げる騎士たちに、声を上げる。
「待ってくれよ! おい!!」
「お前は犠牲にでもなって、そのままケルベロスの気を引いておけ!」
「なんだよ、それ! 団長!! 仲間は助けるんじゃないのかよ!?」
「お前はもう仲間じゃない」
もう騎士の姿は遠くに離れて肉眼では見えない。ジンは拳を握った。
「なんなんだよ……」
魔力がなけりゃ、倒せないのかよ。魔力がなけりゃ、仲間でもないのかよ。魔力魔力魔力……!! 魔力が無くても魔法騎士になれたんだ。だったら、倒せるって証明してみせる!!
ジンは立ち上がり剣を構える。ケルベロスという高ランクの魔物を前に、不思議と手は震えなかった。
普通に考えて無理だと思う。でも、なぜか事を成し遂げられると思った。
「だって俺は、まだ死にたくねぇんだよ!! くそがああああああああ!!」
ジンはケルベロスに向かって突進する。切り上げるジンの剣と、振りかぶったケルベロスの爪がぶつかった。
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