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一章
7、初めての仕事
しおりを挟む「で、どうして俺が人参を体に括り付けてないといけないんだよ」
ジンはセドリックに文句を言う。そう、ジンは腰に人参を大量に巻きつけていた。側から見ればかなりおかしい人に見える。ここにセドリックしかいないことが少しの救いだった。
「餌で釣るんだ。田畑を荒らすって事は、人参の香ばしい匂いにつられて、きっと出てくるはずだ。出てきたら速攻で叩けよ。できるならば俺は召喚獣は召喚しねえから」
「なんで召喚しないんだよ」
「初めから召喚獣がいたら、魔物に気づかれるだろうが。それに、召喚しきるまでに魔物に逃げられる可能性があるだろ。だから、ジン、お前が頼りだ」
もっともらしく言っているが、恐らく彼は召喚獣を魔物と戦わせることで、召喚獣に怪我を負わせたくないのだろう。そんな気がしたが、ジンはとりあえず頷いておく。
「……わかった。でも、一体何が出て来るんだよ」
タナブの森と小さな集落の間で二人は魔物の待ち伏せをしていた。ジンはどんな魔物が現れるのか聞いていない。セドリックもあやふやらしく、田畑を荒らす魔物としか聞いてないらしい。
こんなんで大丈夫かよ……? ていうか、本当にこんな人参作戦で魔物が誘き寄せられるのか……?
半信半疑で待つ事数十分。もう現れないのでは、と諦めかけたその瞬間。
フーッ、フーッ、と鼻息の荒い魔物が現れた。それは桁違いに大きいワイルドボアだ。気配が禍々しく、その牙は一体何人人を殺したのか、というほど太く長い。ざっざっと地面をかいて、フン! と鼻を鳴らしたかと思えば、いきなりジンの方へ突進して来た。
「うわ!!」
その突進のド迫力に、思わず逃げる。
「おい! ジン! 早く倒せって!!」
「え、ちょ、待って……!」
振り返って見てみるが、涎を垂らしながら、目を血走らせて、逃げる餌に一心不乱に食らいつこうとする巨体はまさに恐怖だ。
こ、これが人参効果か……!?
だがこのままでは、攻撃も上手く当てられない。ジンはとにかくワイルドボアの突進の直線上から逃れようと跳躍する。木の枝に捕まってワイルドボアの視界から消えると、そのまま一直線にワイルドボアは駆けて行った。
ど、どこかに行った……。
ホッとしていれば。
「うあああああ!」
どうやらワイルドボアの走っていった先に人がいたらしく、ジンは慌てて後を追いかける。
おいおいマジか。こんな森の奥に人がいるのは想定外だ。だったら逃げずに倒しておけばよかった。
ワイルドボアのあまりの迫力に怖気付いたのは嘘じゃ無い。でも、自分がそれを逃した事によって他に被害を出してしまうのは、いたたまれない。
もう、魔力がない自分ではないのだから、怖気付く必要はない。それに、少しでも活躍していかなければ到底自分の掲げる目標には到達できない。
ジンは駿馬の如く駆けてゆく。
「いた!」
一人が地面に倒れ、もう一人は剣を構えてワイルドボアに立ち向かっている。倒れている人を置いては流石に逃げられないのだろう。
「クソ! なんでこうなるんだよ!! 取り残しのリンゴを狩りに来ただけなのによ! それに、今日は団長いねえんだよ!! この前といい、今日といい……!! クソ!!」
何か聞き覚えのある遠吠えだ。しかしそんな事より、ジンはワイルドボアの背後から気配を悟られる事のないように、接近する。剣を鞘から引き抜けば、集中力が一気に高まり、黒いオーラがジンを包んだ。
すると怒りに満ちたワイルドボアが勢いに任せて男に突進する。鋭い牙がその男の体に風穴を開けようとした直後。
ジンは今だ、と跳躍して真上から、一気に剣を振り下ろした。
「黒い煌き」
落雷の如く黒い輝きが直下したかと思えば、直撃したワイルドボアは真っ二つに分断され、近くにいた男たちにもその衝撃波が飛散した。
「うわああ!?」
ジンは立ち上がり、襲われていた人達を見た。
「大丈夫ですか? って、あ」
ワイルドボアと対峙していたのは魔法騎士のヘンリーとイアンだった。しかもかなり傷だらけだ。このワイルドボアでそこまで傷を負うとは。実はこの二人、鈍臭いのだろうか。
そんな事を思っているが、実の所、先程のジンの攻撃による衝撃波が原因だ。でも、本人はその事に気づいていない。
「クソ、お前、本当に覚えておけよ……!! おい、イアン、起きろ!!」
「う、ううん……」
起きたイアンはチラッとジンを一瞥し、ゆっくりと立ち上がる。すると、どこからともなく鳩が飛んできた。
「ポロッポー」
二人の頭上をぐるぐると飛び回ったかと思えば、ぽと、ぽと、と何かを頭の上に落としてどこかへ去ってゆく。おっと、今のは……。
「うわ、鳥のフンじゃねえか!!」
「汚ない!! 最悪だ……!! これも、さっきの魔物といい、全部、お前のせいだからな!! 死神め!! 覚えておけよ!!」
口々にそう言いながら、ヘンリーとイアンがジンから離れていく。すると、ヘンリーの腰からヒラっと何かが落ちた。一体何だろう、と思ったジンは何となくそれを拾った。布切れみたいなもので、お金のようなものが刺繍されている。
何なんだ、これは?
よく分からなかったが、とりあえずポケットにしまっておく事にした。
「おい、大丈夫か? あのワイルドボアは流石にやばかったな。ジンがいてくれて助かったぜ。ありがとよ」
そう言いつつセドリックが駆け寄ってきた。そして、なぜかセドリックの肩に先ほどの鳩が止まっている。
「いや、いいよ。全然余裕だったし。というかその鳩って、セドリックの召喚獣?」
「いや、ハカセの飼い鳩」
「あの人……鳩を飼っているのか」
「そう。でも、ただの鳩じゃないから」と頭を撫でれば、ポロッポー、と嬉しそうに鳴く。
「そうか? どう見ても普通の鳩だろ」
じろじろ見ていれば、鳩が「あ、ちゃんと二人の所に着いたわね」とハカセの声で話し始めた。「うわ、キモっ」とジンが思わず呟く。
「ちょっと失礼ね、伝令鳩のルルちゃんに謝りなさい。頭にフン落とすわよ」
「え、あ、ごめん。……というか、これ一体どうなってるわけ?」
ジンはルルちゃんとやらを手に持ち、体中を見る。しかし音が出るような拡声器などはどこにも着いていない。「やだ、えっち! どこ見てんのよ~」となぜかハカセはノリノリだ。すると不機嫌になったセドリックに鳩を取り上げられてしまった。
「おい、そんなにもべたべた触るな。鳩が可哀相だろ」
「あ、ごめん」
「ハカセはこの鳩を通じて、自分の意思の伝達ができるらしい」とセドリックは説明する。
「もう、そんな説明はいいから。あなたたち、ちょっと大変なのよ。早く戻ってきてくれない?」
ハカセはかなり慌てているようで、ジンとセドリックは顔を見合わせる。
「どうかしたのか??」
「どうもこうも、大変なのよ!! 盗まれたのよ!!」
「盗まれた??」
「え、ハカセ、一体何が盗まれたんだよ?」
二人の質問に、ハカセは金切り声をあげる。
「そんなの、決まってるじゃない!! 私のパンティよ!!」
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