55 / 116
Love passion
5
しおりを挟む
「まったく、頭に来ているのはコッチだというのに――」
采はアレンに謝罪する気はないが、話の流れ如何によっては、こちら側が折れなければならない状況というのは腹が立つ。
だが、家のことと達実のことを考えると、業腹ではあるが……采はやはり強気になりきれない。
大切なモノの二つと、采のプライド一つを天秤に掛けると、自ずと答えは出る。
守らなければならないものは、絶対に譲れない。
自分のプライドなど、下らないと見切って捨てるしかない。
故に采は、アレンに対して拳を振るう事など不可能なのだ。
「クソッ」
小さく舌打ちをして、采はドアを開けた。
するとそこには、神妙な面持ちの立野林檎と、同じく硬い表情のアレン。
そして、状況は分からないが、何やらトラブルの気配に恐々とする様子のコンシェルジュが立っていた。
「ミスター・サイ……こんな早くにすまない」
口火を切ったのは、アレンだった。
「私は、とても大変なことを知ってしまったので、不躾だとは思うが――――直接、君のマンションへ伺ったよ」
「ほぉ? 何を知ったか分からないが、まずはアポイントメントを取ってから来てほしかったな」
不快気に眉をひそめて、采は続けて言う。
「オレは今回の騒動を昨日謝罪したが、やはり納得できなかったのか? それで、改めて直接抗議しに来たという事で、そう認識していいのだな? 」
「そういうワケではない」
「では、昨日の今日で、いったい何の用だ? しかも、オレの愛人を引き連れて」
「彼は――――あの騒ぎを起こしたのは自分だといって、私のところへ自首してきたんだよ。君は関係ないと言ってね。なんとも、健気なことじゃないか」
「なに? 」
チラリと見遣ると、林檎は目に涙をためてウルウルと采を見返してきた。
それはいつも、狙った相手を落とすために用いる林檎の手管の一つだ。
その林檎のあざとさを知っている采は、チッと舌打ちをする。
(相変わらず、芝居は上手いもんだな)
「……お前は、何を考えているんだ? 迷惑料を振り込むと言ったオレの言葉を信じられなかったのか? 」
「ち、違うんだよ、采! 」
そう言うと、林檎は大粒の涙をポロポロとこぼし、両手で顔を覆った。
「う、うぅ~」
「だから、何で泣く? ……やはりこいつに、無理に追及されたのか? 」
采は険しい表情になって、アレンを睨んだ。
「昨日も言ったが、今回のことは全てオレが指示した事だ。こいつはそれに従っただけで、関係ない部外者だ。慰謝料ならば、こちらは言い値を支払うつもりだ。そちらも裁判沙汰にはしたくないだろう? 示談に――」
と、言いかけたところで、アレンは『違う』と首を振った。
「私は金など興味はない。それこそ、遣い切れない程に幾らでも持っているからね」
「ほぉ? ならば、何の用件でここへ来た? こいつを連れて? 」
「それは――ああ、その前に、コンシェルジュの彼には退席してもらおうか」
アレンが促すと、隅の方で立ち尽くしていたコンシェルジュはホッとした様子で下がって行った。
それを確認して、アレンは改めてクルリと向き直り、采を真剣な表情でジッと見つめた。
「彼は、私の前で懺悔すると――――何と、その場に倒れてしまったんだ。相当、気を張っていたのだろう……可哀想に」
「言っておくが、林檎はそんなタマじゃないぞ」
采は冷静な口調で断言すると、仕方なしに来客用の部屋へ『ひとまず、こっちで話そう』と二人を案内する。
すると、アレンはゆっくりと首を振りながら口を開いた。
「君は、彼の事をちゃんと分かっていないようだ」
「なに? 」
「私は、倒れた彼を心配して医者を呼んだんだよ」
「だから、それが何だ!?」
奥歯に物が挟まったような言い回しに焦れて、采は怒鳴った。
采はアレンに謝罪する気はないが、話の流れ如何によっては、こちら側が折れなければならない状況というのは腹が立つ。
だが、家のことと達実のことを考えると、業腹ではあるが……采はやはり強気になりきれない。
大切なモノの二つと、采のプライド一つを天秤に掛けると、自ずと答えは出る。
守らなければならないものは、絶対に譲れない。
自分のプライドなど、下らないと見切って捨てるしかない。
故に采は、アレンに対して拳を振るう事など不可能なのだ。
「クソッ」
小さく舌打ちをして、采はドアを開けた。
するとそこには、神妙な面持ちの立野林檎と、同じく硬い表情のアレン。
そして、状況は分からないが、何やらトラブルの気配に恐々とする様子のコンシェルジュが立っていた。
「ミスター・サイ……こんな早くにすまない」
口火を切ったのは、アレンだった。
「私は、とても大変なことを知ってしまったので、不躾だとは思うが――――直接、君のマンションへ伺ったよ」
「ほぉ? 何を知ったか分からないが、まずはアポイントメントを取ってから来てほしかったな」
不快気に眉をひそめて、采は続けて言う。
「オレは今回の騒動を昨日謝罪したが、やはり納得できなかったのか? それで、改めて直接抗議しに来たという事で、そう認識していいのだな? 」
「そういうワケではない」
「では、昨日の今日で、いったい何の用だ? しかも、オレの愛人を引き連れて」
「彼は――――あの騒ぎを起こしたのは自分だといって、私のところへ自首してきたんだよ。君は関係ないと言ってね。なんとも、健気なことじゃないか」
「なに? 」
チラリと見遣ると、林檎は目に涙をためてウルウルと采を見返してきた。
それはいつも、狙った相手を落とすために用いる林檎の手管の一つだ。
その林檎のあざとさを知っている采は、チッと舌打ちをする。
(相変わらず、芝居は上手いもんだな)
「……お前は、何を考えているんだ? 迷惑料を振り込むと言ったオレの言葉を信じられなかったのか? 」
「ち、違うんだよ、采! 」
そう言うと、林檎は大粒の涙をポロポロとこぼし、両手で顔を覆った。
「う、うぅ~」
「だから、何で泣く? ……やはりこいつに、無理に追及されたのか? 」
采は険しい表情になって、アレンを睨んだ。
「昨日も言ったが、今回のことは全てオレが指示した事だ。こいつはそれに従っただけで、関係ない部外者だ。慰謝料ならば、こちらは言い値を支払うつもりだ。そちらも裁判沙汰にはしたくないだろう? 示談に――」
と、言いかけたところで、アレンは『違う』と首を振った。
「私は金など興味はない。それこそ、遣い切れない程に幾らでも持っているからね」
「ほぉ? ならば、何の用件でここへ来た? こいつを連れて? 」
「それは――ああ、その前に、コンシェルジュの彼には退席してもらおうか」
アレンが促すと、隅の方で立ち尽くしていたコンシェルジュはホッとした様子で下がって行った。
それを確認して、アレンは改めてクルリと向き直り、采を真剣な表情でジッと見つめた。
「彼は、私の前で懺悔すると――――何と、その場に倒れてしまったんだ。相当、気を張っていたのだろう……可哀想に」
「言っておくが、林檎はそんなタマじゃないぞ」
采は冷静な口調で断言すると、仕方なしに来客用の部屋へ『ひとまず、こっちで話そう』と二人を案内する。
すると、アレンはゆっくりと首を振りながら口を開いた。
「君は、彼の事をちゃんと分かっていないようだ」
「なに? 」
「私は、倒れた彼を心配して医者を呼んだんだよ」
「だから、それが何だ!?」
奥歯に物が挟まったような言い回しに焦れて、采は怒鳴った。
0
あなたにおすすめの小説
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
ずっと好きだった幼馴染の結婚式に出席する話
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>
はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ②
人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。
そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。
そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。
友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。
人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる